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第4話:貧乏からの脱出

 物が乱雑に散らばる狭い部屋の中で買ってきたコンビニ弁当を不満そうに食べる徹司。

逆に既に腹が一杯で暇そうなサタンは案の定、部屋の中を物色していた。

徹司がチビチビと弁当を食べる手を止め、お茶で口の中をすっきりさせる。

どうやら上の空で食べているため、コンビニ弁当に味を感じていないらしい。

原因は既に分かっていた。

カレー屋を出て言われたこれからもずっと一緒に住むという、どう見ても犯罪者扱いされそうな話だった。

しかも離れれば徹司だけが死ぬと言う。

それをはっきりさせようと徹司は目をキラキラさせながら物色中のサタンを向く。


 「なぁ、さっきの話は」


 「本当だ、何なら試してみても良い。身を持って試して死んでもいいならな」


 「・・・あっそ、遠慮しとく。その、離れるっていうのはどれくらいなんだ?」


 「さぁてな。聞いている限りでは100m、1km、5kmだとか言っていたな」


適当な感じで答えているサタンに徹司は食べかけのコンビニ弁当を置いて問い詰める。


 「ちょっと待て。なんでそんなに幅があるんだ!?」


 「契約と言うのはお互いの信頼関係が成り立っているべきだろう?契約の距離はその信頼関係の深さで決まるらしい。信頼が深ければ深い程それに比例して距離は延びる。逆にお互いが信頼してないなら」


 「縮む訳ね」


 「そういうことだ。ちなみに私はお前を全く信頼してないからな」


それは俺も同じですけど!!

ニッコリ笑うサタンに笑い返す徹司だが、その胸中は怒りで一杯だった。

若干、いやかなり笑顔も引きつっている。


 「一応言っておくが、私がいなくなってもすぐに死ぬ訳じゃないらしい。1時間は猶予があるとかないとか」


 「ないんかい!」


 「これも詳しくは分からん。なんせ、契約した者の中で自分から死のうとする奴なんか誰もいなかったからな。いや、お前が初だな。富士の樹海とやらでさまよって死ぬのだろう?」


サタンはニヤニヤと楽しげに笑いながら口元を歪める。

そう言えばそうだったと、今になって死ぬと公言した事を徹司は思い出した。

積み重なる不幸がたまりにたまってもう嫌になった訳だが、ついさっきのカレー屋の出来事が今も忘れられない。

『666秒の奇跡』を使えば、あんな事がまだ起こせるのだ。

最も不幸な運命は変わりないらしく、不幸が消える訳ではない。

ただ、ああいう事が何度も起きるなら生きられるだけ生きてみようと思いなおしかけていた徹司だが、目の前の小憎たらしいガキの手前、言った事を引き下げるのはできなかった。

まぁ、そういった事情もサタンはお見通しの様だが。


 「お、おう、死んでやるんだ。だから邪魔すんな」


 「邪魔なんかせん。ただ、ここでご飯と風呂と寝室をくれれば文句は言わ・・・」


言葉が途切れたままサタンは室内を見回す。

明らかに狭い室内、安いボロアパートには1室しかなく、浴室どころかトイレだけしかなかった。

しかもその1室は徹司が寝転がると明らかにスペースは無くなる。

 

 「浴室は?」


 「よく・・・ああ、風呂か。風呂は近所の銭湯だ。簡単に言えば共同で使う巨大な浴室だ」


 「ほう、巨大か。それは楽しみだな。それで寝室は?」


 「あるか、そんなもん」


 「何!?じゃ、私はどこで寝ればいいんだ!」


 「・・・ちょっと待ってろ」


徹司はふすまを開くと押入れの中から入っていた布団を取り出す。

すると、ちょうど人1人分が入れるだけのスペースが空き、小柄なサタンなら易々と入れるほどだった。


 「ほれ」


 「ほれ、ってお前、私をこんな所で寝させる気か!?この魔王サタンを!」


 「んなこと言っても場所が無いんだからしょうがな」


 「ええい!『奇跡』を使え!もっと住みやすい住居の1つや2つすぐに住めるようになる!」


 「ここも長い間いるから愛着が」


そこまで言った所で徹司は口を抑える。

サタンの目が細くなり、見る者を震え上がらせる殺気を放っていたからだ。


 「・・・何か・・・言ったか?」


逆らえば殺される!

本能的にそう感じた徹司は首を何度も横に振り、快適な住居を願って『666秒の奇跡』を使う。

すると、突然ドアがノックされ、徹司は返事をしながらドアを開けると目の前に立っていたのは黒い高級そうなスーツを着込んだ老人だった。


 「こちらは詩丘徹司さんのお宅でよろしかったでしょうか?」


 「ええ、そうですけど」


 「この度は貴方のおかげで助かりました。主人に代わりましてお礼申し上げます」


 「・・・はぃ?」


老人はいきなり深々と頭を下げるが徹司には何の事だかさっぱりと分からない。

思い当たる節を考えてみる徹司だが、少なくともここ最近見た覚えのない老人だ。

知り合いかとも考えたがこんなに高級感溢れる人物などまるで想像もつかなかった。


 「あの、できれば説明を・・・」


 「ああ、これはうっかりしていました。私、月沼正一の使いの者です」


ふとその名前を聞いて、徹司は裸足で外に出ると老人の前である方向を指差した。

その指の先には地殻変動でも起きたかのようなそびえ立つ丘があり、その上に一般的な民家の何倍になるか見当すらつかないほど巨大な屋敷が立っていた。


 「あれ・・・ですか?」


 「ええ、その通りです。月沼家当主、月沼正一から貴方をお招きするよう仰せつかっております」


 「あの屋敷に、ですか?」


 「あの屋敷に、でございます」


また老人は深々とお辞儀をする。

だが、何の話かさっぱり分からない徹司はまるで話が見えず、戸惑うだけだった。

そこに奥から出てきたサタンが徹司に蹴りを入れる。


 「いたっ!な、何するんだよ!」


 「いいからさっさと行け、招かれているんならいけばいい。中々、立派な屋敷じゃないか」

 

 「ありがとうございます。ではこちらへ」


言われるがままに道路に止めてあった黒塗りの高級車に乗せられる。

頭から腰にかけてペンキの線がついた埃まみれの徹司が乗るにはあまりにも違いすぎる様な車だった。

中もまた本革張りの広い座席があり、広々とした空間が車の中とは思えない。

小型テレビや小型の冷蔵庫まで常備されており、運転席とは不透明な黒い板で遮られていた。

下手すると徹司の部屋よりも居心地が良いかもしれない。

戸惑う徹司の隣にはいつの間にかちゃっかりサタンも乗り込み、車は屋敷を目指して走り出した。


 「一体、どうなってるんだ?俺、何かしたかな?」


 「さぁてな。お前の『奇跡』は時に人間の常識の範疇程度では考え付かない様な事も平気で起こす。今回もそういった類かもしれん」


 「あ、まずい!切っておくの忘れてた!」


慌てて徹司は『奇跡』を切るが、既に頭の中のカウントは483秒を表示していた。

契約してからまだ3時間ほどしかたっていないが、予想以上のハイペースにサタンは早めに帰れそうだと徹司に隠れて笑う。

自分が脅迫まがいに使わせていたのは全く気にしていないようだ。

その間に車は市街地を抜け、森の中を走っていた。

しばらくすると森が開けていき、木々が無くなったかと思うとそこにはそびえ立つ巨大な門があった。

車は一旦停止し、運転していた老人がリモコンを操作すると重い扉が迎え入れる様にゆっくりと開いていく。

見たこともない様な光景に徹司は目が離せないが、その隣でサタンは冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを飲んでいた。

1日10本しか出荷しないという巷では幻のオレンジジュースと言われるものだ。

当然、そんな事など知りはしないサタンだが、そのたかだか果物を絞っただけとは思えぬうまさに魅了され、一気に瓶の全部を飲んでしまう。


 「ぷはぁ!これもうまい、人間界というのはおいしい物が多いな。いいことだ」


 「い、何時の間にジュースを!?駄目だろ、勝手に飲んじゃ!」


 「気にするな」


 「お前が言うな!」


そんなやり取りの間に門は完全に開き、その門の先にはアパートから見たので想像できる大きさとは別次元なほど巨大な屋敷が建っていた。

いくら遠くから見たのとは違うとはいえ、近くで見るのはその範疇を超えるほどでかい。

下手すると野球ドーム並みにでかいんじゃないか?

その巨大な屋敷の敷地内にいると言うだけで徹司は自然と身震いしていた。

程なくして車が止まるとドアが開き、徹司が外に出るとそこには見たこともない光景が広がっていた。

赤いじゅうたんが屋敷にまでひかれ、その両隣りにはメイドや執事らしき人達が並び、全員が頭を下げている。


 「・・・なんだこれ?」


驚きがあまりにもでかすぎるために徹司からはまともな言葉が出ない。

その立ち止まる徹司の側をサタンは慣れたように歩いて入口へと向かう。

徹司は慌ててサタンの肩を持ち、引っ張るようにして止めた。


 「ちょ、待てって!」


 「なんだ?どうかしたのか?」


 「お、お前、なんでそんなに普通なんだよ!?誰だってこんな光景見たら驚くだろ?」


そう言われてサタンは少し考える様な素振りを見せたかと思うと、何かに気付いた様に言う。


 「悪いが私はこんなのは日常だからな。いや、これよりももっと出迎えは多いかな。庶民とは違うんだよ、庶民とは」


ニヤニヤと馬鹿にするように笑うサタンに徹司は苛立ちを覚える。

そうだった、こいつは魔界を納める魔王だった!

いまだに信頼できるかどうか怪しい話だが、少なくとも今の所、おかしい所はない。

魔王という割にただの少女にしか見えないの以外は、だが。

このやけに堂に入った感じも魔王だからこそ、なのだろうか。

とりあえずサタンの後ろについていくように徹司も入口へと入っていく。

するとそこは巨大なホールでこの場所だけでも家1軒程度の大きさがあった。


 「広い」


 「そうか?まぁまぁだがな」


 「ようこそ、よく来てくれたな、詩丘徹司く・・・女の子?」


声のする方を2人が向くとホールの奥に純白のガウンを着た老人が立っていた。

白髪で結構歳を取っているようだが、体はガッシリとしているようで病気には掛かった事がなさそうなほど元気だ。


 「俺、じゃなかった、私が詩丘徹司です」


 「おお、徹司君!よく来てくれたな!夕食がまだなら一緒にどうかね?」


ふと頭に家で食いかけになっているコンビニ弁当が浮かぶ。

チビチビ食っていたためかあまり腹の中には溜まっていないし、弁当も4分の1くらい食べてほったらかしだった。


 「夕食は途中でしたけど」


 「そうかそうか、それは悪い事をした。ここで存分に食べてくれ。その君の連れの・・・」


 「サタンだ」


何の迷いもなく自分の名前を名乗ったサタンの口を徹司は慌てて塞ぐ。

何しろ、誰だって聞いた事があるそんな怪しげな名前を名乗れば変に思うからだ。


 「サタ、何だって?」


 「む、むがっ!」


 「サ、サ、サラです、サラ」


 「ほう、サラちゃんか。外国人の様だが、徹司君は中々顔が広いのかな、ハッハッハッ。君も一緒にこっちに来なさい」


老人は笑いながら奥の部屋へと付いてくるよう促して先に中へ入る。


 「ふぅ、危ない所だった」


 「ふがっ!」


 「ん?ああ、悪い悪い」


暴れる寸前だったサタンから手を放すと、途端にその離れた手にサタンが噛みつく。


 「いてぇぇぇぇっ!何しやがる!」


サタンを無理やり手から引っぺがすように離す徹司。

手には小さい歯型がクッキリと残り、痛みは次第にひいていくが徹司の怒りは収まらない。

サタンに続けて一言言ってやろうとしたが、先手を奪ってサタンが言った。


 「貴様、誰がサラだ!私はサタンだ!」


 「そりゃ悪かったな!でもな、噛みつく事はないだろうが!大体、お前の名前なんか聞いたら皆怪しむにきまってるだろ!」


徹司はカレー屋での店員の怪訝な視線が思い浮かぶ。

ここでまた魔王なんて話をしたら同じような事になるのは間違いなかった。


 「なぜだ!私が名乗って何が悪い!」


 「そりゃ、だって・・・。あ~もう!めんどくさいからサラだ、人間界にいる間はお前はサラだ!いいな?」


 「ぬぬ!ことわ」


 「カレー5杯」


 「私はサラだ」


案外あっさりと折れたサタンに徹司は安堵のため息をつく。

一方、サタンもといサラになった少女は上機嫌に老人の招く部屋へと進んで行った。

徹司もそれについていくが、ふとさっきの老人が誰なのかと考える。

というより、どう考えてもさっきのが自分を招いたという月沼正一だ。

招かれた理由もいまだに分からないが、徹司を迎えに来た老人が言う所では助けたと言っていた。

そう言われても徹司には思い当たる節などまるでなかったが、とりあえず奥へとついていく。

開かれたドアの中に入ってみるとそこは10mはあろうかという長いテーブルが部屋の中央に置かれ、その上には見たこともない様な料理が所狭しと並んでいた。

老人は既にテーブルの一番端にある椅子の上に腰かけ、サタンもその近くの席に座っていた。

カレーを2杯食べていたはずなのだが、まだ食べる気のようだ。

徹司も老人に促されて座ると、ワイングラスには年代物の高級ワインが側に控えていた執事の手により注がれる。


 「では、私の命を救ってくれた徹司君に」


グラスを掲げる老人に釣られて慌てて徹司もグラスを掲げるが、今言われた言葉がどうにも分からないでいた。

とりあえず乾杯してグラスに口を付けたものの、普段飲んだ事のない様な深い味わいのワインを口惜しみながら離し、すぐにグラスをテーブルの上へと置いた。


 「あ、あの、よく分からないんですが」


 「うん?何がだね?」


 「いや、貴方の命を救ったというのが」


すると老人は忘れていたという様に、頭に手を当てた。


 「ああ、そうかそうか、君にはまだ説明していなかったな。まぁ、大体察してくれているだろうが、私は月沼正一、この家の当主じゃ。君に命を救われたという話だが、実は2日前の話だ。その日私は1人で散歩していてね、久しぶりの休日を街中を歩いて堪能していたんじゃ。すると、そこでたまたま不良な連中と出くわしてね。あまりにもマナーが悪いから注意していたら頭に来たのか、ナイフを持って私を脅してきたんじゃ」


 「ナイフ・・・あ」


そこまで聞いて徹司は大体の事情を察した。

実は数日前、それに近い体験を徹司もしていたからだ。


 「・・・なんか、分かりました」


 「おお、そうかね。まぁ、続けて話すと私がそれでも注意していると、彼らは頭に来たのか襲いかかってきた。さすがに何人もいるんじゃ勝てないし、下手すると殺されかねなかったが、そこに偶然」


 「俺が落ちてきたと」


 「そういうことじゃ」


月沼はニコニコと笑っていたが、それとは対照的に徹司は遠くを見つめる様に引きつりながら笑っていた。


 「おい、どういうことだ?」


サタンは何のことかは分からなかったようだが、珍しい食べ物に食べる手を止めない。

そんな彼女に呆れながら徹司は2日前の事をこっそりと話し出した。





 ~2日前~

 強い夏の日差しは人の歩みを邪魔するかのように地面へと降り注ぎ、熱中症にもなりかねない暑さに商店街の人通りはほぼ0に近かった。

時間としてはお昼前だったが、会社にいるはずの徹司はどういう訳か商店街のど真ん中を歩いていた。

アスファルトから上る熱気と上から降り注ぐ熱気でいるだけでも滝の様に汗を掻く。

だが、徹司の意識は違う所へ行っている様にまるで暑さは気にしていなかった。

というよりも頭の中は無くなってしまった物の事で一杯だったため、他の事を気にしている余裕がなかった。

順を追って説明するならば朝、彼はいつもと変わりなく通勤し、変わりなく貸しビルのドアを開くとそこはもぬけの空だった。

あったはずのファイルやPCは全てなく、どうでもいい書類だけ机の上にほったらかしにされていた。

何が起こったのか徹司には分からなかった。

茫然としているといつの間にやら隣に同じ会社の先輩が立っていた。

一足先に会社に出ていた先輩が言う所では、社長達が夜逃げしたのではないかというのだ。

そもそもこの会社は社長と従業員10名程度の規模の小さな会社だったが、不況の波にすぐに押しつぶされるほど経営はうまくいかず、既に給料も1カ月滞納している状態だった。

先輩は諦めたように適当に使えそうな物を拾い、少しでも退職金の代わりにしようとしていた。

突然の出来事に徹司は動揺が隠せないまま、会社を後にしようとすると電話が鳴る。

徹司は反射的に電話を取ると相手は聞き覚えのある声だった。

間違いない、社長だ。


 「社長!一体これは!?」


 「見ての通り夜逃げだ。すまんな、詩丘君。皆にも伝えといてくれ」


 「ちょっ!すまんじゃなくて!」


 「もう会う事もないだろう、それじゃ」


 「えっ、社長!社長!」


切られた電話からは空しく機械音が鳴っていた。

電話でのやり取りを先輩に話すと、もう先輩の中では整理がついていたのか徹司の様にとりみだす事もなかった。

そんな先輩とは裏腹に徹司は当てもなく外へと出る。

そのまま近くの公園へと歩くと、往来を行き交うサラリーマン達の視線を余所に芝生の上に横になった。

ちょうど日差しを遮るように木が生い茂り、快適な日陰にいながらまだまともに働かない頭で考えだす。

貯金は少なくとも2カ月は生活できるだけある。

その間に収入源を確保しなければ徹司は干上がってしまう。

音信不通で頼れない両親は最初から考えの外であり、結局出たのは2カ月の間に新しい就職を探す事だ。

最もな選択肢ではあるが、この就職難の時代に就ける仕事はないかもしれない。

最悪、バイト生活か。

ため息交じりに起き上がった徹司は体を起して、家へと向かった。

とにかく今日から別の仕事を探すしかないのだ。

一旦出直してから色々回ろうと、オンボロなアパートのドアを開こうとした時だった。


 「・・・ん?あれ?」


徹司は目の前のドアを不思議に思った。

彼がそう思うのも無理はない。

なぜなら鍵を閉めて出たはずのドアが小さい隙間分、開いていたからだ。

嫌な予感を感じた徹司は、ドアをそっと開けて中を覗いてみる。

だが、中には誰もおらず、徹司はホッとしたがそれはほんの一瞬の安堵でしかなかった。

床にしまってあったはずの衣服や小物などが散らばっているのを見るまでの。

徹司は青ざめた顔で中へと入り、よく見て回るとタンスや本棚、冷蔵庫が全て開けられていた。

その中の物は掻きだされたのか辺りに散らばり、足の踏み場もないといった状態だった。


 「泥棒かよ・・・、まさか!?」


徹司は何かを思い出したように走り、ベッドと布団の間を探ってみる。

そこに隠してあったはずの物を手で何度も探してみるが、まるでそれらしい感触が無い。

業を煮やした徹司は布団をひっくり返すが、その下は金属の地肌を見せるベッドしかなかった。

腰が抜けたように徹司はその場に座り込み、両腕をついて頭を項垂れる。


 「お、俺の貯金がっ!!・・・そうだ、早く銀行と警察に連絡しないと!」


無くなった貯金をまず使われないよう銀行へと電話をかけたが、既に遅かったらしく残高は0だった。


 「・・・終わった」


人生が終わったと徹司はその場に横になる。

無気力ながら警察への通報もし、家まで来た警察官と話したがやはりお金は戻ってこないだろうということだった。

そのまま現場検証が始まったが、徹司は言われた事をロボットのように返して答えるだけで気がつけば辺りは昼飯時だ。

いつの間にか警察も撤退していた。

・・・とにかく何か食べよう。

朝から何も食べていなかった徹司は起き上がり、フラフラと酔っ払っている様な足で商店街へ向かう。

ただ畳みかけるように仕事や金まで失ってしまい、腹は減っているがまともに食べたい物すら思いつかない。

そのまま、ボンヤリとしながら商店街を歩き始め、今に至る。

徹司はおもむろに立ち止まり、財布を開いてみるとあるのはなけなしの1万円札1枚と5000円札が1枚。

夢も希望も持てる金額ではない。

とにかく節約するしかない。

そう考えていた徹司に突如、突風が吹き荒れる。

風の強さに徹司は反射的に目を閉じて、その場に踏みとどまる。


 「なんだって、今頃こんな風が・・・ああっ!」


不意に開きぱなしだった財布に目をやると、ついさっきまでそこに収まっていたなけなしの1万円札が消えていた。

どこにいったのかと辺りを見回すと、1万円札は風に乗って空を飛んでいた。


 「なぁぁっ!待てぇ!」


慌てて1万円札を追いかけるが、うまい具合に風に乗っているのか下に落ちてこない。

そのまま風に流されてビルの隙間に入り、徹司もそれを追って入る。

すると、いきなり1万円札が急激に上へと上っていく。

いや、実際は徹司が下へと落ちていたのだ。


 「ええっ!?」

 

ビルの合間は階段になっており、勢いよく飛び出した徹司はいつの間にか地面から離れていた。

そのまま勢いよく下へと落ちていき、階段の登り口に体を打ちつけながら徹司は着地する。

1万円札を慌てて目で追ったが、どこにもその姿はなく、もう探す事は不可能に近いと徹司は悟った。


 「俺の1万円・・・」


 「おい!てめぇ、何してくれてんだよ!」


 「はひっ!?」


しょぼくれようとしていた徹司にその間を与えないように野次が飛ぶ。

見れば、そこにはナイフを持ったいかにもチンピラ風な若者が3人立ち、徹司を睨みつけていた。


 「てめぇ、孝司をよくもやりやがったな!」


 「こ、孝司?誰の事だ?」


 「ふざけんな、てめぇの下にいるそいつだよ!」


徹司は慌てて自分の下を見てみると、そこには確かに太った男が倒れていた。

やけに落ちた割には痛くなかったなとおもっていた徹司だが、これで合点がいった。

どうやら彼らはこの事で怒り心頭になっているらしい。


 「あ、ああ~、これは上から落ちたらたまたまこの人がいたんです。偶然です、事故です!」


 「ざけんじゃねぇよ!だったら孝司からさっさと降りろ!そんで慰謝料払いやがれ!まずは孝司に10億、親友をやられて心の痛む俺らに5億ずつだ」


 「・・・どこかの企業の御曹司とか、国の王子様か?と言うか、なんで見てただけの奴にも払わないと」


 「はぁ!?ふざけた事ぬかしてんじゃねぇよ!さっさと払え!」


話ではどうにもならないと徹司は逃げ出す事を決めると、一気に走り出した。


 「ごめんなさ~い!」


 「っち!?てめぇ!逃げんじゃねぇ!」


その後を3人が追いかけ、徹司は必死になって走り続けた。

そこに誰もいなくなったかと思うと、建物の陰からこっそりと老人が出てくる。

彼は徹司のおかげで助かったと感謝しながら後を追おうとしたが、その老体では彼らほど速く走る事は出来ない。

とりあえず携帯電話で警察に通報し、家に帰ろうとしたが道路に何かが落ちているのを見つけて足を止める。

老人が拾い上げたそれは名刺であり、そこには徹司の名前と潰れた会社が明記されていた。

老人はせめてもの恩返しができるかもしれないとそれを懐にしまい込み、その場を後にした。

これが2日前の出来事だった。


徹司の残りカウント:483秒

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。


 とりあえず、ストック分終了です。

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