第2話:契約完了
球体の雷が徹司へと迫り、徹司は悲鳴を上げながら目を閉じる。
雷に打たれたことなどないが、確実に死ぬのは間違いない事くらい誰だって分かる。
耳が痛いほど雷の音は辺り一帯へと轟渡っていたが、それも一瞬だった。
発光していた雷の球が膨れ上がったかと思うと弾け飛び、徹司に届く前に綺麗に消えてしまった。
何時まで経っても訪れない痛みに恐る恐る徹司が目を開く。
すると、目の前にいた少女はおらず、動けない徹司が辺りを見回すと少女は身を乗り出しながら下を覗き込んでいた。
「おい、人間」
「・・・俺の事か?」
「お前以外に誰がいる。この匂いは何だ、とても私の腹を刺激するぞ」
「刺激って・・・、匂い?」
徹司は鼻で匂いを嗅いでみる。
近くの家からだろうか、カレーのいい匂いが鼻に届き、その匂いは徹司の腹を鳴らす。
「カレー・・・の事か?」
「ほう、カレーと言うのか。それはなんだ、食べ物か?」
「カレーを知らない?」
「知らん!そんな物、見たことも聞いたこともない」
ふんぞり返るように威張って少女は言う。
知らない割に偉そうに言うなよな。
心の中ではそう思う徹司だったが、命を握っているであろう少女に突っ込めない。
「カレーってのは食べ物だ。野菜や肉を煮込んでそこに色々なスパイスを入れたルーをご飯の上にかけて食べる。インド発祥だが日本じゃポピュラーな食べ物だ」
「なるほど。じゃ、人間、それを私に食べさせろ。そうすればお前の命は助けてやる」
「・・・はい?」
「カレーを食わせろ!」
どういう事なのか徹司には理解が追い付かない。
1分前には自分を殺そうとしていた少女が、カレーを食わせたら助けてやるという。
つまり、彼女にとってはカレー>徹司の命。
「俺の命はカレー以下か!」
「そうは言わんがさっさと食わせないと命は保証せんぞ~?ほれ」
少女が手を振ると徹司の足が動くようになる。
急に動くようになったためにバランスを崩した徹司だが、その徹司の前に嬉しそうな顔をしている少女が立っていた。
その心中はカレーという初めて食べる物への興味で一杯の様だ。
だが、逆に徹司は思った。
カレーを食べさせる振りをして逃げればいいんじゃないのかと。
人混みに混ざって逃げればいくらおかしな能力を持っていても逃げ切れるだろう。
これでいこう、と心の中で徹司は決意した時だった。
「言っておくが、逃げても私はお前をすぐに捕まえられるからな」
その釘を刺すような言葉に徹司の足も止まる。
まるで考えを見透かされているかのようだ。
「そ、そんな事考えてるわけ」
「目が泳いでるぞ」
「・・・」
一体、コイツは何なんだ!?
素直に徹司はそう思う。
得体の知れない力さえなければ声を大にして叫び、そしてさっさと逃げ出したい徹司だったが、それはできそうにない。
今や徹司には、目の前の大人びた口調を使うゴスロリ少女が化け物に見えていた。
「・・・あのな、1つ聞きたいんだが」
「なんだ?」
「お前は一体何者なんだ?」
そう言うとゴスロリ少女はキョトンとした顔をする。
「説明してなかった?」
「全然」
「ああ、そうか、うっかり忘れていた。いや~、まいったまいった」
おどけて軽く笑う少女に徹司は軽く殺意を覚え、自然と手はグーに握られていた。
そんな徹司に少女は向き直り、胸を張って言った。
「こほん、それでは・・・、我は魔界を統べる魔王サタン!召喚に応じ人間界へと参上した。さぁ、人間よ、貴様の命を代償とし、望みを言うがいい!」
「・・・・・・は?」
ふんぞり返ってフフンと鼻を鳴らして得意げに話す魔王サタン。
だが、徹司はまず内容を確認し、次に自分の耳に問題が無いか疑い、その次に聞き間違えたか確認し、それでも間違いないならと頭を抱えた。
どうしよう、頭のおかしな子だ!!
徹司は途端に頭痛を覚えた。
「おい、ほら自己紹介してやったぞ」
「え?あ?うん。ソウデスネ」
徹司は明後日の方向を向きながら棒読みで答える。
「なんだ、その返事は?まぁいい、ついでだからカレーとやらの前に契約に戻るぞ。ほら、お前の望みを言ってみろ」
「望み?」
「むう、聞いてたんじゃなかったのか!?・・・簡単に言うと私がお前の望みを1つだけ叶えてやるということだ。ほら、何か望みはないのか?」
「と言われても」
「そういえば今から死のうとしていたな。なら死ぬ前の贅沢だと思えばいい、望みを言えば私が叶えられる範囲で叶えてやる」
聞いているだけだと非常においしい話だった。
当然、絶望のどん底にいた徹司も本当ならどんなに嬉しいかと心の中で呟く。
徹司が頭の中でパッと考えただけでも叶えて欲しい願いなどいくらでも出てくる。
頭のおかしな子とは思うが不思議な力がある以上、徹司はどことなく胡散臭さを感じながらも一応は信じてみる気だった。
だが、徹司の頭にサタンが最初に言った言葉がよぎる。
「さっき、さりげなく俺の命を代償とか言ってなかったか?」
「っち、しっかり聞いてたか」
「おい!?」
「冗談よ、そもそも取引するなら交換物が互いにそれ相応の価値を持っていなければならないのは基本でしょ。お前は願いをかなえてもらう、私は願いがかなったお前の命をもらう。どうだ、悪い取引ではな」
「ふざけんな!!」
徹司は激怒する。
望みを叶えてやるから死んでくれなど、普通に生きていた人間には無理な話だ。
まぁ、今の死のうとしていた徹司にはいい話かもしれなかったが、彼でもそれはないと思ったらしい。
「死ぬつもりだったならちょうどいい話じゃないのか?最後にやりたい事をやって未練なく死ねるんだぞ?」
「いらない、俺は自分が死にたい時に死ぬ。確かにあんなへんてこな力を持ってるならいくらでも望みをかなえられるかもしれんが、俺はお断りだ。他を当たれ・・・って何してる?」
徹司が後ろを向いて顔を隠したサタンに問いかける。
すると、サタンは後ろへ振りかえり、わざとらしく驚くように両手を小さく上げる。
「ああ、何と言う事。もう契約してしまったというのに今更それを取り止めるなんて・・・、契約を破棄すると即、死なのに、ううう」
サタンがその可愛らしい容姿で涙を拭く仕草をしているが、見た目と言っている内容とのギャップが激しすぎる。
徹司はそれを聞いて体中から血の気が引いていくのを感じた。
「待て待て待て待てっ!俺が、何時、何処で契約した?それに契約破棄でも死ぬだと!?」
「そう契約破棄は重大な違反行為よ。破ったなら何をされようが文句は言えないの。それと契約したのを覚えてないみたいだけど、アンタがどうやって鎖から逃げだせたか覚えてない?」
言われて徹司はあの時の事を思い出すが、サタンに弄ばれ、最後には契約するのを懇願していたのは覚えていた。
徹司は立ちくらみのように足元がふらつくが、その場に踏みとどまるとサタンに向かって叫ぶ。
「た、確かに契約するとあの場では言った!だが、契約書にサインした覚えはない!」
「残念、契約は召喚者が問いに答えた段階から始まっている。つまり、お前が『契約してください』と言った所からだな。今も契約の儀式は続行中ということだ」
サタンはニヤニヤと笑いながらそう告げる。
やっぱり俺はこのゴスロリ少女に殺されるのか!?
さっきの雷は気まぐれで助かったが、さすがに今度は契約をするとなったら死ぬがしなくても死ぬというあまりにも理不尽。
徹司は目の前のゴスロリ少女に心底怯えていたが、ふと頭の中に何かがよぎる。
もしかしたら、どうにかなるかも!
土壇場で閃いた方法に徹司はあくまでポーカーフェイスを浮かべながら心の中でガッツポーズをしていた。
「おい、その願いってのは出来る限りなら何でもできるんだよな?」
「まぁね、私がその気になれば人間くらいの願いなら可能よ」
「そうかそうか、なら願いは」
「この契約自体を無かった事にしろ、だとか、俺から命を奪わない様にしろなんてのは無理だからね。契約の対価として命がかけられる以上、当たり前でしょ?そうそう、俺を不老不死にしろなんてのも当然なしだからね」
「・・・」
こいつ、本当に俺の心を読んでいるんじゃなかろうか。
徹司はせっかくの名案が打ち砕かれたと地面に両手をついてうなだれる。
サタンはその打ちひしがれた姿を見るのが心地いいらしく、得意げに鼻を鳴らしながらふんぞり返っていた。
「ふふん、お前に出来るのは願いを言う事だけだ。カレーが待ってるんだ、早くしろ」
「俺の命がかかってるんだろ!?そんな簡単に言えるか!」
「やれやれ死にたがってた割に往生際の悪い。そもそもお前の人生を少し覗いたが、お前、中々ひどい人生だな」
魔王?にまで同情されながらそう言われ、徹司は耐えきれずにその場に横たわった。
そのままボンヤリと子供の時からの事を思い出してみるが、実際、サタンの言うとおりだった。
子供の時から事故にちょくちょく出くわし、事あるごとにどういう訳か徹司に責任が回ってくる。
更にガムを踏む、何も無い所で不思議とこける、お釣りを間違えられるなどなど、日常の小さい不運は常人の人生5回分程は既に体験していた。
それに付け加え、数日前から始まった不幸の絨毯爆撃と言うほどの立て続けに起こった不幸。
決して、本人が何かしているわけではないのだが、何をやっても不幸がつきまとうという人生を徹司は送っていた。
「魔王にまでそう言われるのか、俺の人生は」
「まぁ、生まれた時から人の運命はきまる以上、これはお前の運命だからどうしようもない。不運を引き起こすような悪魔も付いていないようだし」
「そうか、俺の不運は死ぬまでか。は、ははは、はははははっ・・・」
徹司は横たわりながら目の前に広がる夜空を前に呆然としながら、乾いた笑い声を上げる。
その目には諦めからか、それとも悔しさからか涙が滲んでいた。
するとサタンはそんな徹司を見ていて何かを思いついたらしく、反射的に手を叩いた。
「あぁ、そうだ。お前にピッタリの力があった」
「力?」
「そうだ、お前の不幸を弾き飛ばすような力だ。それをお前に渡して使わせてやる。どうだ、これならいいだろ?と言うか、めんどくさいしこれに決定!」
「え、ちょっ!」
サタンが両手の平を徹司へと向け、何か得体の知れない紫色の光がその前に集まっていく。
サッカーボール大の大きさにまで光が集まると、首を全力で振り続けて拒否し続ける徹司へと向かって飛んだ。
「うおおおぉぉぉっ!?」
光は手で遮ろうとした中をすり抜け、徹司の心臓目がけて吸い込まれる様に飛んでいく。
光が完全に徹司の中へと消えていくと彼の体の中でちょうど心臓と重なり合い、心臓へと力を注ぎこむように光は小さくなっていき、最後には消えてしまう。
「・・・あれ?」
確実に光は徹司の中へと入ったが、派手さの割には徹司の体が変わったりするような事はなかった。
胸の辺りを何度も見て触ってみる徹司だが、特に何か変わっている様子もなく拍子抜けしていた。
「終わり?」
「終わり」
首をかしげて聞く徹司に、可愛く頷いてサタンは答えた。
そして言葉を続ける。
「契約により力、『666秒の奇跡』は与えられた」
「な、なんだそりゃ?奇跡?魔王が?神様じゃないのに?」
「ええい、うるさい!いいか、お前に与えた力はその名の通り、666秒間の奇跡を起こせる力だ。うまく使えば今までの不幸人生をひっくり返すほどの幸運にもなりえる。お前がどう使おうがそれは自由だがな!」
そう言われても徹司にはまるでピンとこない。
なにしろ奇跡と言われてもどういうものなのかが分からないからだ。
ダンプにはねられても傷一つ負わないだとか、旅客機が墜落しても生き残っているなんて事か?
今までの不幸経験からか、徹司はそういう様に奇跡を解釈していた。
それがまるで分かっているかのようにサタンは呆けている徹司の前へと立った。
「おい、お前が考えているのもあながち間違いじゃない。だが、その力はどんな場面でも使用者に奇跡の様な幸運をもたらすというのが基本だ。その場でお前が強く望む事を奇跡の様に起こしてくれる便利な力だ。と言っても分からんだろうし物は試しだ、頭の中でスイッチを入れる様な事を思い浮かべろ」
「スイッチ?」
「何でもいい、ボタンを押しこんだりとか、レバー切りかえるだとかそんなものを頭の中で考えてみろ」
徹司は言われたとおりに自宅の壁についている電灯のスイッチを入れるのを頭の中で想像する。
その間にサタンはキョロキョロ辺りを見回し、屋上に置いてあったドラム缶を見つけると徹司に向かって蹴りつけた。
普通なら少女には運ぶことすらできない重さだが、あっさりとドラム缶は飛び上がり、徹司へと向かっていった。
「ド、ドラム缶!?」
殺人的な速度で飛んできたドラム缶に徹司は回避しようとするが、とても間に合いそうにはない。
後もう少しで徹司に直撃すると思われた瞬間だった。
死にたくない!
死を覚悟しながらもそう強く願った徹司の目の前でドラム缶に向かって巨大な雷が落ちた。
ドラム缶は雷によって表面を焼き切られ、真ん中から2つにわかれて徹司を避ける様に左右に分かれて転がる。
「い、い、生きてる?お前が何かしたのか!?」
「違うな、それはお前に渡した力のおかげだ。今、お前は生きたいと願っただろ?それによって奇跡が起こった訳だ。今のは予行演習としてやってみたが、力は本物だと分かっただろ?」
予行演習と言う割には割と本当に死んでしまいかねなかったのに徹司は冷や汗を掻く。
だが、何かしら不思議な力を本当にもっているという実感が少しだけ湧いていた。
「これが『666秒の奇跡』、か。・・・ん?そういや奇跡は分かったが、666秒ってのはなんだ?」
「それはね、お前の命のカウントよ」
「ああ、俺の命の・・・ってなにぃっ!?一体、そりゃどういう事だ!」
「簡単に言うとお前とかわした契約は、そのカウントを全て使い切るとお前が死ぬということだ。力を使っている間はカウントが進み、それが0になったその瞬間、お前は死んでその魂は私の物になる」
一時は凄い力に感動していた徹司だが、それを聞かされるとテンションも急激に落ちる。
結局、俺は死ぬのか。
ふと、徹司は頭の中に3桁の数字が浮かぶのに疑問を覚えた。
元は666だったようだが段々と少なくなっていき、今は630、629と減少していく。
嫌な予感を感じた徹司は少女に聞いてみた。
「な、なぁ、この力ってのは残り秒数とか分からないのか?」
「さっきから頭の中でカウントしてない?それが残り時間よ」
「何!?ってことはこの616とか言うのはもう50秒経ったって事か!っていうか、俺は後10分しか生きられないのか!?止め方を教えろ!」
焦る徹司に対してサタンは小さくつぶやいた。
「っち、気付かなければすぐに終わったものを」
「お前、今何て・・・」
「止め方はさっきスイッチを入れるのを想像しろと言ったでしょ?今度はあれを切るようにイメージしなさい」
徹司はすぐさま頭の中でスイッチを切るのを思い浮かべる。
すると、頭の中の数字カウントが止まり、残りはちょうど600秒となっていた。
どうにか停まったのに気が抜けたように徹司はその場に座り込む。
それを見ていたサタンは悔しそうな表情を浮かべていたが、気持ちを切り替えたのかため息を1つつくとへたり込む徹司へと言う。
「さて、カレーを食べに行くぞ」
どんだけカレーに興味深々なんだよ!
さっさと移動するサタンに向かって声を荒げて叫びたい徹司だったが、最早その気力すらもなかった。
徹司の残りカウント:600秒
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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