第1話:さらなる不幸?の始まり
「ごめんなさい」
そう呟くように言った女はただ茫然としたままの男の前から逃げる様に走り去っていく。
男は今の出来事があまりにも信じられないためか、女を追う様に右腕だけは上がっていたが足は1歩たりとも動かない。
まるで足元が崩れ落ちたかのように男は宙に投げ出されたような感覚を覚えながら一つの事を自覚していた。
俺の恋は終わった、と。
彼の中で5年にわたる募った思いは一瞬にして真っ白な灰へと変わっていく。
酔っ払いのような足付きで近くのベンチへと腰かけた男は起きている気力もなく、もうどうでもいいという様に夕焼けの空を見ていた。
突然、茫然としていた男の頭に何処からともなく飛んできたサッカボールが激突する。
抵抗する気力すらない男はその勢いに押され、ベンチへと倒れるように横たわる。
すると、水溜りを踏んだような時と同じ液体の音がベンチから男の耳へと届いた。
「・・・」
驚く気力もない様に男が起き上がってみると、男の黒一色のはずだった服から頭にかけて白い筋が入っていた。
ちょうどベンチに触れた部分だけ。
ベンチの後ろには『ペンキ塗りたて』の張り紙がめくれて張り付いていた。
「あはっ、あはははははっ!」
男は涙を流しながら壊れたように笑う。
そして夕暮れが沈む中、フラリと立ちあがった彼はある決意を固めた。
死のう。
そう決めた男は準備するべくフラフラと家に向かって歩き出す。
実は彼、詩丘 徹司は女に振られたのが原因で死を決意した訳ではない。
それはあくまで要因の一つだった。
というのも彼が勤めていた会社は先日倒産し、現在無職。
その直後、アパートには空き巣が入り、財産は財布の中にあったなけなしの5000円札1枚のみとなる。
そしてとどめとばかりに学生時代から片思いし続けていた女への失恋だった。
告白するタイミングとしては最悪だったが、そういう時に限って絶好のタイミングはやってくるものである。
もう・・・楽になるか。
彼が死ぬ事にある種の救いを感じながら、ふらついたまま路地を歩いていた時だった。
「あの大丈夫ですか?」
まるで死人のような徹司に大量のビラを持ったおばちゃんが話しかけてきた。
おばちゃんは徹司の様子を心配しているのか不安げな顔をしている。
「あ、だ、大丈夫です」
ろれつの回らない口で徹司は何とか受け答えをするものの、やはり目は虚ろだった。
そんな徹司が心配なのか、女はちょうどいいと持っていたビラの一枚を男に手渡す。
「今のあなたにピッタリだと思うよ。ほら、そこに入りな。」
「はぁ」
ビラを手渡されて半ば強引に近くのビルの中へと、抵抗する気力すらない徹司は連れ込まれる。
何処となく薄暗い雰囲気のビルの中をおばちゃんは徹司を引っ張るように奥へ奥へと連れていく。
何が起ころうが、もうどうでもいい。
徹司は引きずられるように連れて行かれると、あるドアの前に連れて行かれる。
おばちゃんはそのドアを開けると徹司を中へ押し込み、まるで他人事のようにドアを閉める。
よろけて態勢を立て直す徹司が前を向くとそこには異質な世界が広がっていた。
まず異質だったのは何かのお香の様でいて果物が腐ったかのような不思議な香り。
徹司にはその香りが好きになれないのか顔をしかめる。
室内はと言うと、薄暗く狭い部屋だったが辺り一面に火のついた蝋燭が立てられ、その一つ一つに見たこともない文字が描かれている。
中央には膝をついてなにかを拝むように頭を上下する黒い衣装を身に付けた者達がいる。
そして、部屋の奥には直径1メートルはあろうかという六芒星が床に描かれ、その両隣りには黒い頭巾を被った男達が控えていた。
徹司はその光景に嫌な予感しかしない。
自然と後ずさりし始めた徹司はドアにもたれた所で気付いた。
ここにいる者達は何やら呪文のような聞き取れない言葉を呟き続けている。
もしかしなくても黒魔術の儀式やそういった類のものだった。
恐る恐るビラを見てみると案の定、『現代社会を黒魔術で住みやすくしよう!』などとでかく謳った文句が目につく。
どうなってもいいと思っていた徹司でも、ここにいるのはさすがに嫌だった。
すぐにドアから逃げだそうとドアノブを回すが、何度やってもドアノブは思ったように回らない。
すると、いつの間にか黒頭巾の男が徹司の背後へと現れる。
驚く徹司を余所に男は徹司を捕まえて、信じられない力で持ち上げる。
「え、ちょっと!やめ!」
黒頭巾の男は下で拝んでいた者達の間を暴れる徹司を抱えながら進み、六芒星の上へと徹司を落とす。
徹司が痛みに悶えていると徹司の手足が床から出ていた鎖で男達の手によって縛られ、徹司は全く身動きが取れなくなる。
「くそ!お前ら、やめ・・・もごっ!」
口うるさい徹司の口は布でふさがれ、喋る事も出来ず、徹司は最早どうにもならなくなる。
・・・ちょっと待て、まさかこの状況は!?
徹司の少しだけ冷静な部分が今の状況を考えてみる。
頭の中に浮かんだ結論、それはいけにえだった。
ふと奥で何かを探しているように屈んでいた黒頭巾の男が体を起こしたかと思うと、その手には巨大な剣が握られていた。
徹司の顔が青ざめていく。
より一層暴れる徹司だったが、鎖はまるではずれはしない。
「んー!んー!!」
誰か助けて!
叫びながら暴れ、心の中でそう願っても誰ひとりとして助けようとする者はいない。
これで俺の人生の終わりなのか!?
ついさっきまで死にたいと思ってはいたが、あまりにも死ぬ状況としては彼の予想の反中など軽く超えていた。
ここでは死ねないと涙を浮かべながら暴れる徹司の上に剣を持った黒頭巾の男が跨る。
剣を徹司の体の上で逆手に持ち、掲げる様に上へと振りあげる。
「んーっ!んーーっ!!」
もうだめだ!
剣が振り下ろされ、刺さる寸前で徹司は目を閉じる。
その時だった。
ビルの上空に立ちこめていた暗雲から一筋の落雷がビル目がけて落ちる。
大気を震わせる爆音を上げながら落雷はビルの中を貫通していき、徹司が今まさに殺されようとしていた部屋へと一瞬で到達する。
普通なら落雷によって全員が黒こげになっていただろう。
だが、落雷は部屋に着いた途端消えてしまい、代わりに部屋の中に大量の砂埃を巻き上げる。
徹司には一体何が起こっているか分からない。
耳は爆音により耳鳴りが止まず、目の前は大量の砂埃で見えはしない。
徹司だけでなく他の者も同じ状態らしく、混乱して逃げ出すか尻もちをついて動くことすらままならない者ばかりだ。
幸い、剣を構えた男は落雷による地響きで壁に頭を打ち付け、剣と一緒に地面へと横たわっていた。
とはいっても徹司の命の時間は多少長くなっただけにすぎない。
将棋で言えばまだ王手の状態なのだ。
徹司はそこまで分かってか、このチャンスに最後まで抵抗してやろうと体を動かそうとする。
するとそこである異変に気付いた。
腹の上が重い?何かがのっている?
砂埃でよくは見えないが確かに何か塊のような物が徹司の腹の上に乗っていた。
なんだこりゃ?
その塊は動いているようにも見える。
徹司はこんな状況にもかかわらず不思議に思って見ていると、徐々に砂埃が段々と晴れていき、何が乗っているのかが分かった。
腹の上にいたもの、それは黒いゴスロリ衣装を身につけ、銀色の髪をした赤い瞳の少女だった。
徹司の腹の上に乗っている少女は逃げまどう人達に見向きもせず、その赤い瞳を徹司へと向ける。
咄嗟に徹司は怪しげな奴らの仲間かと思ったが、どことなく違和感を感じていた。
そこにいる事自体が何かおかしいような不思議な感じだ。
その感じがどうにも不確かであり、徹司は少女から目を離さずにいると不意に少女が口を開いた。
「おい」
「ふ、ふが!?」
「お前が私への生贄か?」
「ふがふふ!?」
「む、喋れないのか。全く、人間というのは不便だな」
そう言うと少女は右手を軽く振る。
すると徹司の口を塞いでいた布が引っ張られるように外れて飛ぶ。
徹司は何が起こったのかと驚いたように目を丸くする。
「い、今何を?」
「なんだ、私を呼び出す割りにそんなことも知らないのか。ん、いや待てよ」
少女は品定めするように徹司の体から顔までを眺め見る。
振り子のように動いていた頭が止まると再び徹司と目が合い、少女は目を細めたかと思うと口の端を小さく釣りあげて笑う。
「フフン!なるほど、お前、面白い運命を持っているようだな」
「う、運命?」
「そうだ、それが私を呼び寄せた要因でもあるのようだ。と言っても残念ながら知識がないようでは話にならんな」
「はぁ?」
徹司は少女の呆れる様に言う仕草に少しイラつきを覚える。
初対面で内容はよく分からないが、いきなりけなされたらしいのだけは分かったからだ。
だが、そんな徹司など気にすることもなく、少女は高らかに言い放つ。
「よかろう、予定変更だ。生贄の貴様、私が契約してやろう」
「・・・なんですと?」
「契約だ、契約。この私が契約してやると言っているのだ。それに気が変わらんうちに早く契約した方がお前の身のためだろうな。ほれ」
完全に少女から置いてきぼりを食らったような徹司はふと少女の指差す方を見た。
すると、気絶から覚めたのか、徹司を殺そうとしていた男が起き上がり、混乱しているのか逃げ出しもせずに剣を引きずりながら徹司へと近づいてくる。
くそ!変な会話してる間に逃げだせばよかった!
そう後悔しながら徹司は体を激しく揺するが四肢を止める鎖はまるではずれない。
「ほれほれ、早く契約したらどうだ?」
「うるさい!大体、契約ってなんだ!契約したら助けてくれるのか!」
「むぅ、契約したらサービスで助けてやろう。さらに今ならお得な絶景の露天風呂付き宿泊券を」
「新聞の勧誘かっ!?」
「っち、冗談の通じん奴め」
「こんな状況で冗談なんて通じてたまるか!げっ、まずい!」
そうこうしているうちに剣を持った男はあと1、2歩で剣をさせるほど徹司の近くに来ていた。
徹司は何度も激しく手足を揺らすがどれだけ頑張ってもまるではずれる様子はない。
その間に男は徹司の側へと立つと、逃げまどう人達などそっちのけで剣を掲げる様に構える。
「じゃ、カウントダウン、5、4、3、・・・」
「わーっ!待て待て!分かった!」
すると少女は手が上げ、男の剣はまるで固定されたかのように動かなくなる。
男が力を込めて振り下ろそうと頑張っているにも関わらず、剣は全く動かない。
少女はニヤニヤと笑いながら、その落ちてきそうな剣に焦っている徹司を上から見下していた。
「分かった?何が?ほら、正確に言わないと私には分からないぞ?ん?」
少女のなめきった態度に助かったらとりあえず殴ってやる事を徹司は誓う。
今は助かるために仕方ないんだ!
ついさっきまで死のうと考えていた人間とは思えない考えだ。
「契約してやる!」
「『してやる』?ふむ、立場が分かってないな。・・・ああ、そう言えば昨日は釣りをしていたから、肩が重いな~」
少女がわざとらしく上げていた右手を下に下げるとそれに合わせて剣も下へと下がる。
どういう原理かは分からないが少女の腕の位置が剣の位置と連動しているらしい。
それを察した徹司はこめかみに血管を浮かび上がらせながら心の中で思った。
絶対コイツは殴る!
徹司の怒りに気付いた少女は怯むどころか楽しげに腕をゆっくりと下げていく。
それに合わせて剣が下がっていくと、当然、焦るのは徹司だ。
「わーっ!わーっ!わ、分かった。契約してや・・・じゃなかった、契約してください!お願いします!」
「後少しだったが、まぁいいか」
少女は遊びが終わったのを残念に重い、しょうがないといった様に左手の指と指を合わせて鳴らす。
すると、その場にいたはずの少女と徹司の姿が跡形もなく消えてしまい、遅れて落とされた剣が地面の六芒星に突き刺さる。
男は誰もいなくなった部屋の中を見回してみるが、どこにも2人はおらず、完全に男は1人となっていた。
徹司がゆっくりと目を開くと目の前には夜の薄暗い空が広がっていた。
捕まっていた部屋の中でない事に驚いて飛び起きると、手足を縛っていた鎖もいつの間にかない。
知らないうちに徹司は捕まっていた部屋があるビルの屋上へと移動していた。
「助かった、のか?」
恐ろしい悪夢のような事から解放された。
いや、そもそもあれは本当に夢だったのではないか?
でなければ、あんなゴスロリ少女に助けてもらうことなどない。
そう決めつけた徹司は、スッキリした様にもう一度横になろうと体を伸ばした。
「誰がゴスロリ少女だって?」
「うぉぉおおっ!?」
聞き覚えのある声に飛び跳ねる様に徹司が起き上がり、側に立っていたゴスロリ服の少女を見つける。
まさかまさか。
徹司は嫌な汗をかきながら少女に尋ねる。
「あの、もしかしてさっき助けてくれた?」
「そうよ?夢と思っておきたいのは分かるけど現実はしっかりと見るべきよ」
「あ、そう・・・」
まるで心の中を読んでいるかのように少女が話すため、徹司は次の言葉も出ない。
彼の目の前に立っているのは間違いなく夢と思いたかったあの高飛車なゴスロリ少女だ。
夢でないのに肩を落とした徹司だったが、それに追い打ちをかける様に少女は言う。
「さて、約束を果たしましょうか」
「約束?ああ、契約がどうのこうのと・・・あ!」
何かを思い出したように徹司は立ちあがる。
そして少女へと近づき、不思議に思っている少女の頭に握り締めた拳を振り下ろす。
「ふぎゃっ!」
少女は突然の痛みに頭を両手で押さえながら床の上を転がる。
しばらくそうしていると痛みが治まったのか、少女は涙がにじむ目で徹司を睨みつける。
その様子は怒っているはずなのだが、細目で見つめる少女はどことなく愛らしさがある。
見た目とは裏腹に怒っている本人は割と本気で怒っているらしく、徹司を怒鳴りつけた。
「命の恩人に何をする!」
だが、徹司の怒りはその程度ではなかった。
「やかましい!よくもまぁ、人の命をもてあそんでくれたな!命の恩人?確かにそうかもしれんが、契約とやらの見返り目的でおまけに遊び交じりに助けられてお礼の1つも出やしねぇよ!契約!?知ったこっちゃない!俺は帰る!返って死ぬ準備して、富士の樹海でもさまよって死んでやるんだ!!だから、邪魔するんじゃねぇ!この勘違いの痛いお子様め!さっさと家に帰りやがれ!」
徹司は少女に対する不満だけか、今までの不運で積もった不満をぶちまける様に少女を怒鳴り返す。
そのまま勢いに任せてさっさと帰ろう、と屋上の階段へと歩き出した。
すると黙って聞いていた少女の赤い瞳が更に赤みを増し、見る者を引きこむようなほど深い赤へと変わっていく。
「・・・面白い、私にそこまで言うか!良いだろう、気まぐれに助けてやったがそれはなしだ!貴様の死ぬ手伝いをしてやろうじゃないか!」
今までのどこにでもいる様な生意気な少女でしかなかった雰囲気が、得体のしれない恐怖を持つ近寄りがたい雰囲気へと一変していく。
無邪気に笑っていたのが嘘に思えるほど、少女の顔つきは怒りの表情へと変わっていく。
さすがにこの変貌ぶりに徹司も気づき、早くコイツから逃げるべきだと振り返って逃げだそうとする。
「逃げられると思ってる?」
凍りつきそうなほど冷たく沈んだ言葉を少女は呟く。
そしてゆっくりと右手を上げると、剣を止めた時のように徹司の足が動きを止める。
まるで自分の足ではないように動かない足に、徹司は慌てふためく。
少女はそんな徹司をあざ笑う様にゆっくりと近寄っていく。
「な!?う、動かない?さっきといい、今といい何をした!?」
「うるさい、人間ごと気が私に喧嘩を売るなど身の程知らずだという事を思い知らせてやる!雷よ!」
少女が左手を上げ、手のひらを空へと向ける。
すると上空に渦巻いていた暗雲から雷が放たれ、肉眼で捉える事の出来ない速さで少女へと向かっていく。
少女の体へ落ちるかと思われた雷だったが、少女の体にはまるで触れることなく、どういう訳だか広げた左手の上へと収束していく。
眩しい光を放ちながら雷が少女の左手に集まりきると、徐々に形を球体へと変えていく。
最終的には完全な球状の物体へと変わったようだったが、その表面に小さい電気が何重にも走り、やはり雷である事が分かる。
徹司は目の前の信じられない光景に口が開いたまま言葉が出ない。
「・・・」
「どうした?あまりに凄過ぎて言葉も出ないか?この私の魔法に殺されるなど人間では稀な事だ。名誉に思いながら死ね!」
少女が雷の球体を押し出すように左手を徹司へと向ける。
すると、それに合わせて雷の球体は弾丸のように徹司へと向かっていく。
「う、うわあああぁぁっ!」
徹司の悲鳴が掻き消されるほどの落雷の時と同じ音を上げながら、球体の雷が徹司へと迫る。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。
お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。
今まで書きためておいた分を投稿します。
ストック全部尽きたら、もう1本連載で書いているのと合わせて1月1回ペースでかくのを目指します。