第9話
早朝。サラディアを囲む大きな山脈が朝日によって壮大なシルエットを描き上げた頃、サラディアの唯一の玄関口につながる山道を巨大な商隊が通っていた。商隊はサラ王国の王家の紋章が描かれた旗を掲げている。王家が直接所有する大規模な商隊である。その先頭には上質な白い羽織をはおった男が馬に乗って進んでいた。
「あとどれくらいかかるか?」
その男は右後方で馬に乗って進んでいた白髪の男に尋ねた。
「正午までには着きます」
「そうか・・」
先頭の男は柔らかく笑った。
「久しぶりの帰省だからな。・・・父上はどうされているだろうか」
道の先のサラディアに視線を向ける。サラ王国第二王子エリューは澄み渡った紺色の瞳を嬉しそうに細めた。
「兄上とボルスは・・・まぁ相変わらずだろうな」
「・・・またやっているのかよ」
工房での作業を終えていつもの積み荷置き場で弁当を食べようとやってきたボルスは、お馴染みの光景にため息を軽く付いた。デンサスを含め、数人が積み荷の隙間から覗いていた。
「前見た女三姉妹が来ているんだよ」
デンサスが手招きをする。ボルスはそれを無視して積み荷の上に座ろうとする。
「なんだよ!つれないなぁ・・」
ボルスはデンサスの声に仕方なく行く。そして積み荷の隙間からのぞく。
その先には以前も見た、使用人を連れた貴族の三姉妹であった。
(あの使用人・・・)
それは以前と同じ使用人の女性であった。ボルスの視線は三姉妹ではなく、その使用人の方に重点をおく。
「・・おい、ボルス」
デンサスの声が上から降ってくる。
「ん?」
「お前、いざ覗くってなると夢中になっちゃうのか?」
「は?」
「さっきから肩叩いていたのに気づかないからよぉ!」
「はぁ!?叩いていたかお前!?」
ボルスの叫び声に皆はドッと笑う。
「いやぁ、人は見た目で判断してはいけないな!」
デンサスはボルスの肩に手を置き、大笑いした。
「だれだ?お前の気に入った奴は」
ボルスを無理やり積み荷の隙間に向けさせ、皆も一斉に見る。
「だれだ?」
「気になるなぁ」
皆がボルスに急かす。
「えー・・・と」
(どうしよう・・・)
皆の期待の視線を受けて困っていた時であった。
「ウィザード家の三姉妹か。私も気になるな」
「ウィザード家か・・・っ!?」
突然思わぬ声が聞こえた。ボルスを含め、そこにいた全員が驚いて声の主の方を向く。ボルスにとっては聞き覚えのある声であった。
「あ・・・兄上?」
そこには積み荷から覗いている第二王子エリューの姿があった。
「何やっているのですか?!」
「何って・・覗いているに決まっているだろう」
えリューはあたかも当然のように言い放つ。
「お・・王子様が覗き・・」
デンサスが小さな声でそう言う。
「そこにいるボルスだって王子だ。別に構わんだろう?それに、兄として弟の将来が心配だからな」
彼はそう言って穏やかに笑った。
(優しそうな顔で、ものすごいことするんだな・・この王子様は)
デンサスを含め、そこにいた全員が同じことを思った。
「何でここにいるのですか?」
「何でって、お前がいたからだ。その金髪はよく目立つからな」
そう言ってボルスの頭を軽く撫でる。
「エリュー様!もう行きますよ!」
白髪で褐の男性が背後からやってきた。
「アシュレイさん!」
「お久しぶりです!ボルス様!」
エリューの側近である白髪の男性アシュレイは、ボルスに敬礼の姿勢を取る。
エリューはアシュレイのもとへ行き、ボルスの方を振り返る。
「では、また今度な。ウィザード家のことについても伝えておくぞ」
「いや、それは伝えなくていいです」
ボルスの慌てた表情を見て楽しそうに笑って去っていった。
「・・・」
しばしの沈黙。
「・・・お前の兄上って・・すげぇな」
デンサスは沈黙の中、ポツリと呟いた。ボルスは真剣に頭を抱えた。
エリューの率いる巨大な商隊がサラディアにやってきたという事は、入れ替わりで出発するサラディアの商隊がまもなくルーマへと発つということを表していた。