第4話
世界の三分の二を領土とする超大国サラ王国。その首都サラディアでは、朝から賑わいを見せていた。サラディアの西に広がる巨大な鍛冶工房では鉄を叩く音が絶え間なく鳴り響く。
「ボルス!薪を入れてくれ!」
鉄を叩く音に負けない鍛冶職人の声が響く。
「はい!」
呼ばれた雑用の青年、ボルスは薪を持って走る。左耳につけた金色の大きなリングピアスが動作に合わせて動いた。その職人のもとへと行って、かまどに薪を入れていく。入れるたびに火の粉が舞った。
「ボルス!こっちも頼む!」
「はいっ!」
休む暇もなく他のところへ走っていった。
サラディアの鍛冶工房は、サラ王国にとって心臓部のようなところである。世界中から腕のいい職人が集まり、武器から建築物の材料まで作っている。
サラディアは山に囲まれた場所に位置し、大きな交通路は一箇所しかないという、貿易に関しては不利である。しかし、山を超えたところに世界一の商業都市ルーマがあり、サラディアとは加工貿易でつながっている。鍛冶工房は、加工業の中心部であった。
火がごうごうと燃えるかまどの中に薪を入れて火の調節をする作業を、ボルスは太陽が出てからずっと行っていた。金色の髪が汗で貼りつくのを払って真剣にやる。日は頭上に移動していた。
昼になり、工房の者たちは近くの広場などに出て昼食をとっていた。ボルスも仕事に区切りをつけて工房を出る。
「ボルス!」
後ろから名前を呼ばれた。
「はいっ」
条件反射で返事をして振り返ると、そこには腹を抱えて笑っている男がいた。
「デンサスかよ」
デンサスはひと通り笑って、ずれた眼鏡をかけ直しながら顔をあげる。
「素直だなぁ、相変わらず。飯食おーぜ」
デンサスはボルスの分の弁当を持ち上げた。
「おっ、ありがと」
その弁当を手に取って笑った。
鍛冶工房地帯の端。街の広場に面した積み荷置き場で、ボルス達雑用の同僚が集まって昼食をとっていた。
「オレは右だ」
「いいや、左だ」
「真ん中は?」
「「それはない!」」
デンサス含む5人の青年たちが積み荷の隙間に所狭しに集まっている。ボルスは彼らから一歩下がって荷台に腰掛けて弁当を食べる。ふと見上げると、積み荷によって区切られた景色からサラ城が見えた。
サラディア全体を見下ろすように建つサラ城は、サラ王国の中心であり、ボルスの生まれたところであった。
父親である国王ダウリュエスの命令で、強制的に工房に入れられてから二年が経つ。同僚たちから、最初は王子として見られてぎこちない関係だったが、デンサスのおかげで、今では仲間として受け入れられている。
デンサスは、工房に来て初めてできた友であった。寝所が一緒ということもあり、仕事以外でもいつも共にいた。
「おいボルス!お前、ひとりで弁当食ってんなよ!」
呆れた顔でデンサスを見る。彼らの視線の先には、雑貨屋の店頭で品を見ている女性たちがいた。彼女らの後ろには使用人がひとりいることから、どこかの貴族であろう。ボルスは再び弁当に視線を戻す。
「…右だな」
ポツリとつぶやいたボルスを、デンサスらは目を丸くして見る。
「なんだよ、ちゃっかり見てるじゃないか。クールに気取ってるなよ」
デンサスがニヤニヤしながら隣に座り、肩を組む。周りの同僚は大声で笑った。
「ほら、こっち来いっ」
「ちょっ」
ボルスは弁当を持ったままぐいっと引っ張られる。
隙間から見える女性たちは、丁度店を去る所だった。
「あ…」
去り際に使用人の女性がこちらを向いた。ボルスは思わず声を漏らす。
「どうした!?」
ボルスの反応に5人が食いつく。ボルスを突き飛ばして一斉に隙間をのぞく。突き飛ばされたボルスは弁当をこぼさないようにしながら積み荷に激突する。上から荷物が落ちてきた。
「なんだよ。何もねぇじゃないか」
彼らはがっかりした顔でボルスの方に振り返る。
「なに期待してるんだよ」
積み荷から這い出る。幸い弁当は無事だった。
「オレはてっきり風でも吹いたのかと…」
「変態め」
冷たく言い放って弁当の残りを食べ始めた。
すると、工房地帯の中心から鐘を叩く音が聞こえた。午後の作業開始の予鈴であった。
「やべっ」
デンサスらは急いで弁当を胃に詰め込む。その様子にボルスは笑った。
いつものように平和な日が送られていった。