第13話:下
朝日が昇り、いまだにしっとりとした空気が流れる頃、サラディアはいつもよりもにぎやかな朝となっていた。鍛冶工房地帯の前で、商隊に参加する者たちが集まっている。工房の者たちや、サラディアの街の人々が見送りに来ていた。その中にボルスとデンサスがいた。
「そうだ、ボルス」
「ん?」
いきなりデンサスがゴソゴソとポケットの中から何かを探し始める。そして何か小さな物を取り出した。
「はい」
そう言って差し出したものは、親指ほどの大きさの、銀でできた不思議な形をしたコルクだった。
「なんだ、これ?」
ボルスはそのコルクを持ってよく見る。雫のような形をしたコルクの先端には、何かを挿し込むような穴があった。その表面には細かな装飾が施されている。
「お守り。徹夜で作ったんだ」
「昨日の音は、これだったのか」
ボルスは、デンサスが昨夜遅くまでガリガリと何かを削っていた音を思い出した。
「・・でも、なんで?どうせすぐ戻ってくるだろ?」
「お前、今日から城生活だろ?戻って来ても会うことなんてあまり無いだろうからさ」
デンサスの言葉にボルスは表情を曇らせた。手の中にあるコルクに視線を落とす。
(そうだった・・。もういつものように、デンサスや工房の皆と会うことが無くなってしまうんだ)
すると、さっきまでとは違うざわめきが起こり始めた。人々がサラ城からやってきた者たちに道を開ける。その道を堂々たる姿で歩いてくるのは、騎士を連れた王太子リオンだった。そして、彼のすぐ後ろには第二王子のエリューとクインがいた。そこにいた人々は皆頭を下げる。
「すごい・・リオン様とエリュー様が同時にいらっしゃるなんて・・・」
ボルスの後ろにいた工房仲間が小声で話している。ボルスは二人の兄の姿を見た。リオンが商隊長と話している傍らで、エリューが商隊に参加する者たちに激励の言葉をかける。エリューは、サラ王国の主な貿易を任されている、いわば商業界のトップだ。商隊の者たちにとって彼の存在は大きいものだった。
「彼が今回商隊の護衛を担当するクインだ」
リオンが紹介するとクインが前に出る。
「よろしくお願い致します」
クインは優しく微笑む。そして商隊長と力強く握手をした。
「今回は最新の注意を払ってルーマに行ってくれ。決して無理はしないように」
リオンの鋭い瞳がクインと商隊長を見つめる。
「無事にこのサラディアに帰って来る事を願っているぞ」
とうとう商隊がサラディアを発つ時が来た。
「気をつけろよ」
ボルスは心配そうにデンサスを見る。そんな顔を見てデンサスは笑った。
「なにいってんだよ。この俺だぞ!死んだりなんかしねぇって!」
商隊が進み始めた。デンサスは満面の笑みでボルスたちに手を振る。工房の仲間たちは門を抜けて商業都市ルーマへと向かう商隊に手を振り続けた。
ボルスは不安気な表情で商隊を見送った。
「あ、いたいた」
背後から声がして、ボルスは振り返る。そこにはエリューがいた。
「見送りは出来たかい?」
「はい」
すると工房仲間たちがボルスの所にやってきた。まずエリューに頭を下げる。
「ボルスも城に戻るんだろ?」
「一気に二人もいなくなるから、なんか寂しくなるな」
「向こうでもがんばれよ」
「俺達応援しているから!」
様々な言葉を送られる。デンサスだったら分かるが、まさか自分もこんなに見送られるなんて予想もつかなかった。
「人気者で何よりだ」
エリューはその様子を微笑みながら見守る。
「行くぞ」
リオンがやってきてボルスとエリューに声を掛ける。
「ありがとう。また、会おうな」
ボルスは笑顔で別れを言って二人の兄についていった。
サラディアとルーマを結ぶ道から少しそれた所にある草原。そこにはこの世界と中心世界イベルアを結ぶ大きな扉がそびえ立っている。扉は未だ閉ざされていた。
「さて・・」
その扉の前に“イベルアの民”の補佐官ラドンが立っていた。
「そろそろかな?」
すると、閉ざされていた扉がゆっくりと開き始めた。扉の向こう側には大勢の“イベルアの民”と異形の姿をしたイベル達がいた。
「ようこそ、サラ国へ」
ラドンはニヤリと笑い、彼らを歓迎した。
扉から見える中心世界イベルアは、どんよりとした雲に覆われ、青々と茂っていた植物達は無残に枯れていた。 そこは生き物の住めるような世界では無くなりつつあった。