第13話:上
「・・・ルス、ボルスっ!」
誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、ボルスは目を開けた。視界がデンサスの顔で埋まる。
「・・・近い」
寝起きの少しかすれた声で一言いって、デンサスを押しのける。
「大丈夫か?なんだか悪夢でも見ていたような様子だったけど・・」
「・・・」
のっそりと体を起こす。
「・・・どんな夢だったっけ・・?」
ものすごく悪い夢だった気がする。しかし、その夢は考えれば考えるほど曖昧なものとなってしまった。
眉間にシワを寄せて考えるボルスをよそに、デンサスは「よいしょ」と言う掛け声と共に立ち上がって、足元の荷物を持ち上げる。
「もうそろそろで夜明けだから、支度しとけよ」
そう言って、開きっぱなしの部屋のドアから出ていった。 部屋にたくさんあった荷物も、もう少なくなっていた。
(・・そうか。今日出発だったよな)
ボルスにとってあまり来て欲しく無かった日が来てしまった。ベッドから立ち上がって身支度を整え始める。寝間着を脱いで、そばにあった服に手を伸ばす。その服は、今まで来ていた作業服とは比較にならないほど上質な生地でできていた。ところどころに施されている刺繍も光沢感のある豪華なものだった。
その服は、この鍛冶工房で働くまでは当たり前に着ていたものだった。あの時は着ていて当然のような気でいたが、今見るとどれだけ裕福な環境に居たかがよく分かる。
服を着て長い髪を縛った時、デンサスが残りの荷物を取りに部屋に戻ってきた。
「おぉ・・。そう言えば、お前は王子だったな」
新鮮な物を見るような視線でボルスを見る。
「そう言えばって・・。どうせ王子に見えないよ、俺は」
ボルスは苦笑した。そしてデンサスが持ち切れない荷物を持つ。そして二人は部屋を出た。
「・・俺はボルスが王子で良いと思うぞ」
狭い階段を降りている時に、デンサスが唐突に言った。
「は?何て言った?」
重い荷物を抱えながら慎重に階段を降りているボルスは聞き返す。
「ボルスみたいな王子がいて良いと思うぞ!」
今度は大きな声でボルスに言う。
「え・・?いや、王子に見えない王子はマズいよ」
唐突な言葉に慌てた。
リオンのように武芸に秀でているわけでもなく、エリューのように博識でもない。ボルスは自分に何もできることが無い事に悩んできた。そんな自分を変えようとしているが、いつも一歩先に進めないでいた。そんな自分にいつももどかしさを感じていた。
先に階段を降り切ったデンサスは、一旦荷物を下ろす。そして後から降りてきたボルスのことを見た。
「そりゃあ、ボルスはリオン王太子様やエリュー王子様には到底追いつかないだろうな。お前意気地無しだしよ」
「ま、まぁ・・そうだけど」
ストレートに言われると、ますます落ち込むな。などと思い、ボルスは苦笑いをした。持っていた荷物を下ろす。空が次第に明るくなり、周りを取り囲んでいた暗闇が徐々に薄れてきた。
「でもさ、ボルスはこの工房でいろんな奴と仲良くなっただろ?俺みたいな下層市民ばっかりのところでさ。王子様がそうそう出来ることじゃないと俺は思う」
ボルスはデンサスの顔を見る。デンサスは穏やかな表情であった。気のせいか、その表情はかすかに悲しみを帯びていた。デンサスは荷物を再び持ち上げる。
「リオン王太子様やエリュー王子様は確かに素晴らしい方々だけどよ、俺から見るとボルスも負けちゃいないと思うぞ」
そう言って先を歩いていった。恥ずかしそうに頭をかきながら。
「・・・」
その姿を呆然と眺める。
自分のことをそのように言ってくれる人物は他にいなかった。純粋に嬉しかった。しかし、ボルスはそれ以上に気にかかった事があった。
どうして今、そんなことを言うのだろうか。
ルーマへの商隊は、ルーマで何日も滞在しないでサラディアに戻ってくる。遅くても20日で帰ってくるのである。
(それなのに、どうしてあんな事を言うのだろう・・?まるで・・)
「おい!早く来いよ、ボルス!」
デンサスはいつもの大声でボルスを呼ぶ。
「あ、悪い!」
ボルスは慌てて荷物を持って、デンサスのところへ走っていった。