第12話
深夜で人々が皆眠りについている頃、“イベルアの民”のラドンは鍛冶工房のとある屋根の上に座っていた。
「平和だねぇ・・」
何も警戒しないで眠れるこの街を見渡す。彼の言葉には皮肉が込められているように聞こえた。燃えるような真っ赤な髪がそよ風に揺られる。
ザッと後ろから足音が聞こえ、ラドンは振り返った。
そこには、黒いマントを羽織った男が立っていた。
「こんばんは、副指揮官」
ラドンがそう呼ぶ男は厳しい表情をしながらラドンに近づく。漆黒の髪が風に揺れる。
副指揮官ディストス。今は亡きイベルアの統治者であった指揮官に代わって“イベルアの民”を率いる者である。
「・・準備は整ったか?」
ディストスは静かにラドンに聞く。
「うん、完璧だよ。後はあんた次第だねぇ」
「そうか・・・」
ディストスはラドンの横に並ぶ。目の前では、月明かりでほんのりと照らされるサラディアが広がる。
指揮官を失ってから十七年。中心世界イベルアは、もはや死にかけていた。ようやくイベルアの回復に向けて計画を実行することができる。ディストスはサラディアの街を眺めた。
「・・・」
ラドンは彼の顔を見る。そして、苦笑いした。
「お人好しだねぇ、副指揮官は」
ディストスは、傍らに座るラドンの方を向く。
「だから俺が行こうかって言ったのに・・」
そよ風が止み、辺りの時が止まったかのような静寂がサラディアを包み込む。
二人のいる屋根の下には、ボルスたちが眠っていた。
「・・・そのことについては問題ない」
ディストスはそう断言した。
もう、迷っている暇など無い。中心世界イベルアが死にかけている中で、自分がこんな気持ち程度で迷っていたら、すべてを失ってしまう。
「もう・・止まっている時間は無いんだ」
亡き指揮官が守り続けた中心世界イベルア。そこが死んでしまったら、周りの世界も連動して死んでしまう。一刻も早く“アルフ”を“アルフ”たる者とさせて、イベルアに連れていかなくてはならない。
ディストスは未だに抱える複雑な思いを胸に、これからやってくる朝を待った。
クインは、サラ城の屋上で星を見上げていた。
「・・・明日、かぁ」
明日、クインはルーマへ向かう商隊の同行を任されている。
(このようなことを任せてすまない。だが、どうか商隊の皆を守ってくれ)
命令と言うより、懇願であった。今でもあの時のダウリュエスの顔が目に焼き付いている。クインは思わず承諾してしまった。
「・・・ごめん、ダウリュエス」
そうつぶやいてうつむく。
クインは長い間生きている精霊である。今、中心世界イベルアの指揮官の死によって、数多くの世界は窮地に立たされている。また、その中で、クインには自身の存在意義とも言える大きな仕事をしなくてはいけなくなる。
この事態に私情を挟んではいけないのだ。
うつむいていた顔を上げる。
クインは、どうしようもできない葛藤を胸に抱えながら、朝を待った。