最終章 わたしは、誰?
ついに謎が解き明かされます。最後に待ち受ける真実を、どうぞ見届けてください。
地下室から這い出た僕たちは、逃げるように僕のアパートへと戻ってきた。
外はいつの間にか激しいゲリラ豪雨になっており、窓ガラスを激しく叩く雨音が、僕の焦燥感をさらに煽っていた。
千彰は持ち帰った祖父の手記を机に広げ、スマホで熱心に何かを検索している。
「陸。すべてが繋がったよ」
千彰の声は、凍りつくほど冷静だった。
「1997年に生まれた『最初の陸』は、2002年の夏、この田舎の家の近くの川で溺れて亡くなっている。当時、君の父親も母親も、精神的に狂う寸前まで追い詰められたそうだ。そこで祖父が動いた」
「動いたって……何をしたんだよ」
「すり替えたんだ。亡くなった陸の代わりに、君を」
千彰はスマホの画面を僕に向けた。そこには、2002年8月の古い新聞記事のデジタルアーカイブが表示されていた。
『〇〇県にて、当時4歳の男児が行方不明。目撃情報求む』
記事に掲載されている失踪した男児の顔写真を見た瞬間、僕は息が止まった。
画質は荒い。けれど、そこに写っているのは、間違いなく幼い頃の僕の顔だった。
「祖父は狂ってしまった娘夫婦のために、どこからか『陸にそっくりな子供』を連れてきた。それが君だ。そしてあの地下室に君を閉じ込め、数日間かけて『お前は陸だ』と記憶を刷り込んだ。日記にあった『こちらの呼びかけに反応しない』という無機質な記録は、誘拐されて怯えていた君の様子だったんだよ」
千彰の言葉が、僕の脳を直接殴るように響く。
「祖父の手記の最後には、こう書かれていた。『サンプルBの刷り込み完了。両親は全く気づいていない。これより、この子供を我が家の陸として運用する』とね。お父さんが言った『誰も知らなかった』は本当さ。お父さんもお母さんも、本物の陸が死んだことも、君が赤の他人だということも、本当に何も知らずに君を育ててきたんだ」
じゃあ、僕は誰だ。 僕が二十年間信じてきた家族は、名前は、人生は、一体誰のものだったんだ。
その時、部屋の隅でつけっぱなしにしていたテレビから、聞き覚えのある不穏なニュースのチャイムが流れた。
『次のニュースです。今から二十四年前、〇〇県で当時4歳だった男児が突如行方不明となった事件で、警察は今も現場周辺での聞き込みを続けています。事件から長年が経過した今も、ご両親は“絶対に生きていると信じている”と話し、現在の手がかりを求めて情報提供を呼びかけています――』
テレビ画面に映し出されたのは、白髪混じりになりながらも、涙ながらに息子の帰りを待ち続ける見知らぬ夫婦の姿だった。
その夫婦の目元や鼻の形が、鏡で毎日見ている僕の顔と、恐ろしいほどに酷似していた。
「……あ」
喉の奥から、乾いた声が出た。 あの人たちが、僕の本当の父親と母親だ。 あの人たちは今も、二十四年前に奪われた僕を探し続けている。
だけど、僕はもう「陸」としての記憶しか持っていない。自分がどこの誰だったのか、あの人たちを愛していたのかさえ、何一つ思い出せない。
陸の祖父さんの本名って...
「双三郎」
僕はスマホを取り出し、実家の母親に電話をかけようとした。 画面に表示される『お母さん』という文字。
この人は、誰だ? 僕を誘拐した犯人の娘だ。
でも、僕を優しく抱きしめて育ててくれたのは、間違いなくこの『お母さん』だった。
「陸、どうするんだ」 千彰の声が遠くで聞こえる。
激しい豪雨の音が、世界を塗りつぶしていく。 僕は通話ボタンに指をかけたまま、激しい吐き気の中で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
まだ謎が残っていることを知らずに。お父さんはなぜ、「何も知らなかった」と言ったのか、自分を産んだ肉親は今どこでなにをしているのか。誘拐犯の娘(偽のお母さんの夫)は誰なのか?本当にこれが全てなのか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。あなたの隣にいるその家族は、本当に、あなたの本物の家族ですか?
次回は本当を解き明かします。




