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喰斬護境トウテツブレイド~暴食神・饕餮と契約した俺は妖怪を喰らう刀を振るう~  作者: 藤臣倫悟


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八話 初任務は夜の学校

「おはよ。なんだか今日もお疲れみたいだね」

「寝方が悪かったみたいでさ。なんか体中が変なんだよ」


 登校中にこはると一緒になった悠一だったが、彼女に真実を話すわけにはいかない。

 饕餮に関わる話の時点で秘密にするべきだと考えてはいたが、ベッドの争奪戦で負けて途中から床で寝たことが原因だなんて恥ずかしくてとても言えなかった。


「そっか。そういえば耕太から聞いたんだけど、転校生……命ちゃんだっけ? 随分と仲良さそうにしてたみたいじゃん」


 ――あいつ、爽やかに負けを認めといて言いふらしてんのかよ。


 耕太の口の軽さを呪う悠一だったが、噂をすればなんとやら。こちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。


「トネリン。もしかしてあたしの話~~?」


 軽快で朝から元気いっぱいの声が飛んでくる。

 身体能力も高ければ耳も良いのか、距離が離れていたのにしっかりと会話を把握している。

 命とこはるは初対面のはずだが互いにどう出るか、悠一は少し気になっていた。


「もしかして、噂の命ちゃん? 私、一組の日比野こはる。よろしくね」

「こちらこそよろしく。トネリン――じゃなかった、悠一君には隣の席ってこともあって親切にしてもらってます」

「トネリンなんてあだ名まで付けてもらっちゃって、やるなぁ」


 もう完全にあだ名を言ってしまったところで慌てて名前呼びした命だったが、こはるがそれを聞き逃すわけがなかった。

 こはるにちょいちょいと小突かれている悠一を影に潜んだ饕餮が見つめている。


「貴様は女を侍らすのが趣味なのか?」

「今の状況のどこをどう見たらそうなるんだよ」


 ◇


「悠一君、初任務だ。場所は君たちの通ってる葦原高校。学校っていうのは人の思念が残留しやすい場所でね、放っておくと幽魔が集まったり発生したりしやすい、だから二人には溜まっている残留思念の塊を掃除してもらおうってわけ」


 放課後、支部の地下にある訓練場で刀の素振りトレーニングをしていた悠一と命に泰正から任務が告げられる。

 てっきり最初のうちは訓練に専念するものだと思っていた悠一には寝耳に水もいいところだった。


「俺まだ全然強くなってないと思うんですけど、大丈夫なんですか? あと、不法侵入とか……」

「だからこそ命ちゃんと二人でやるんだよ。それに今回は俺もサポートとして近場で待機しておく。不法侵入については――」

「あたしや泰正さんは境衣(きょうい)っていう戦闘服――あたしの場合はほら、前に着てた巫女服ね。それの効果で一般人には見えなくなるし、トネリンは刀を握ってる間は同じ風になってる」

 

 生まれながらにして幽魔が見えていた悠一にとっては護境師も幽魔も人間と同じくらいはっきり見えていた。

 それ故に気が付かなかったが、護境師は一般社会に紛れて任務を遂行するために色々と上手くやっているという事だ。


「どんな事でもそうだけど、訓練だけじゃ身に付かない何かがある。それを経験するつもりで気負わずにね」


 教員も既に帰りもぬけの殻になっている高校。

 昼間は見慣れているはずの建物なのに、窓の一つ一つが暗く不気味な穴のように見えた。


「……静かだな」

「気付かんのか、中は相当数の思念が渦巻いているぞ。そろそろ腹も空いてきたところだ、丁度()いではないか」


「食べ応えがある」と上機嫌な饕餮は影を歪ませて笑う。

 人の姿だとわざわざ攻撃を避けなければならない事を嫌い、安全な場所以外では出てくる気配がない。


「あたしが先導するからついてきてよ」


 境衣――巫女服を纏った巫女が校門を飛び越えて敷地に降り立つ。

 月光に照らされるその姿はいつ見ても神秘的な美しさがあると悠一は思った。


 校内は暗く、命が指に灯した火の灯りを頼りに探索を進める。

 夜の学校に忍び込むという行動自体はちょっとした特別感があったが、饕餮の言う「相当数の思念」が緊張感を悠一に植え付けていた。


 自分たちの足音以外に一切音の存在しない世界。

 廊下は一寸先も見えないほど暗い。

 教室は日中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 空気もどこか湿っていて居心地も悪い。

 まるで学校そのものが異界と化しているようだった。

 その時。

 

「居たぞ。あやつが思念の塊ではないか?」


 饕餮の声と同時に、廊下の曲がり角から視線を感じて振り返る。

 視界に映るのは闇と同化したような輪郭の薄い人型の影。


「……ひと、だ」


 人影は呟き、悠一達から逃げるように踵を返す。

 力の差を感じて引き返したのか、それとも誘い込もうとしているのか。


「追わなきゃ!」


 迷いなく走り出す命に従い、悠一も影を追いかける。

 罠かもしれないという考えがなかったわけではない。

 ただ、この影が成長し学校のクラスメイト達を襲うかもしれないと考えたら、自然に足が動いていた。


 曲がり角を曲がった二人を襲ったのは、壁が直接迫ってくるような思念の濁流。


「あそぼう!」

 

 濁流から聞こえる声は無機質で、話し合いが出来る存在ではない。

 迫りくる壁を背に二人は逃げることを強いられた。

 床が軋み、背中に冷たい汗が流れる。

 

「饕餮! 何か防ぐ手段はないのか」

「……前に喰らった鬼の結界を使うことは出来るが、耐久力は心許ない。稼げる時間は少しだけだ」

「俺が防ぐ、だから耐えてる間にその炎で燃やせないか?」


 悠一の提案は図らずも的を射ていた。

 思念という不確かで実体の薄いものは命の炎でよく燃える。


「出来るけど、少しだけ時間頂戴」

「わかった! 饕餮頼む!」


 濁流へ向き直り、床に刀を突き刺す。

 効果があるかなんてどうでもいい。ただ、この場所を護り抜くという気合の表れだった。


「喰らった力は余の物だ。ただ人間の逃亡を防ぐためだけの結界とは物が違う! しかと目に焼き付けるがいい」


 悠一の身体から刀を伝って影へと生命力――結界の発動に必要な糧が流れ込む。

 ただの疲労とは違う、命を直接削るような感覚。


「耐えろ! 貴様が折れたら結界はすぐに崩れるぞ」


 濁流を受け止めるように格子状の結界が浮かび上がる。

 鬼の壁は獲物である人間を逃がさないための網のような役割。

 だが、饕餮が展開したものは攻撃を防ぐ盾として機能していた。


「ぐっ……」


 初めての結界展開と、敵の質量攻撃。

 持ちこたえられていたのは最初の数秒だけで、結界にヒビがはいる。


「もっと力をやる! だから耐えさせてくれ、饕餮!」

「愚かな男よ。だが、余に力を献上するというのなら応えなければ大幽魔の名が廃る!」


 綻びかけた部分から修復し、後ろで力を溜めている命には一滴も飛び散らせない。

 刀を握る掌から断続的に力を吸い上げられる。


「時間稼ぎありがとう。もう大丈夫!」


 悠一と結界の間に命が立ち。腕を構える。

 右腕には、拳が見えないほどに巨大な炎が揺らめいていた。

 顔の表面に汗が浮かぶほどの熱を感じながら、命の合図を待つ。


「いち、にの、さん――!」

鬼炎万掌(きえんばんしょう)ッ!」

 

 命の拳が触れるギリギリで結界を解除し、溜めた力を直接ぶつける。

 濁流が浄化の炎とぶつかった瞬間水蒸気爆発めいた轟音とともに、視界が白一色で埋め尽くされる。


「居たね。近くで濁流を展開してたみたいだし、巻き込まれたのかな」


 耳鳴りと視界不良が治り、廊下の向こうにいる人影が目視できた。

 廊下の壁を背にもたれかかっているその姿は、半身が消し飛び、元から不安定だった輪郭がさらにあやふやになっている。


「饕餮、さっきの結界の応用で――」

「貴様も中々面白いことを考えるな、試してみよう」


 命は二人の会話を他所に人影に止めを刺そうとする。

 だが――。


「あつい、あつい、あついあついあつい――ひやさなきゃ」

「まずい。トネリン、気を付けて!」


 自身の身体を完全に融かし、先ほどの濁流のようになった影が命をすり抜けて悠一へ迫る。

 単純な生存本能として、命よりも弱く、さらに消耗している悠一を狙うのは当然だった。

 だからこそ、自身の弱さを自覚している悠一もまた、そう考えていた。


「弱いなりに考えていたのだな、貴様は」

 

 自身に向かって流れるように飛んでくる液体と化した思念を、結界を利用して箱型に閉じ込める。

 自分が罠を使ったということは、相手も使ってくる可能性があることを考えつかなかった者の負けだった。


 地面へ拳大に圧縮された思念の塊が落ちる。

 それを拾い上げた悠一の元に心配した表情の命が駆け寄ってきた。


「大丈夫だった? ケガはない?」

「まぁ、疲れてるけどそれ以外はなんともないよ。そっちは?」

「あたしは特に何もないかな」

「……マジか」

「じゃあ、無事掃除……っていうか、捕まえられたし、泰正さんに報告しに帰ろうか」


 あれほどの大技を放っておいて平然としている命のタフさに、悠一はただ唖然とするばかりだった。


「初任務達成おめでとう、悠一君も命ちゃんもよくやったよ。その箱の処分についてだが、悠一君に任せよう。中の残留思念はとっくに無害化されていて今はただのエネルギーの塊だ。饕餮にあげるなり好きにするといい」


 任務達成の知らせを聞いて上機嫌な泰正に迎えられ、悠一はやっと一息つけた。

 決定打は命のお陰とはいえ、自分がした役割も決して小さなものではないという自信と達成感。

 もちろん、饕餮が居なければ土台無理な方法だったので、悠一は箱をそっと影に渡した。


「……食い応えというよりは飲み応えだな。本質は靄ではなく液体だったようだ」

「どんな味がするんだ?」

「元は沈殿した悪感情の塊だ。不味くはないが渋くて苦みがあるな」

「ブラックコーヒーとか苦手そうだな、お前」

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