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喰斬護境トウテツブレイド~暴食神・饕餮と契約した俺は妖怪を喰らう刀を振るう~  作者: 藤臣倫悟


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六話 謎の幽魔と少女になった饕餮

「本当に送らなくて大丈夫?」

「はい。思ったよりも家に近いみたいで、多分十分くらいで着きます」

「じゃあまた明日ね。トネリン」


 護境師の登録に必要な書類の記入を終えた悠一だったが、外はすっかり日が暮れかけていた。

 泰正から家まで送ると言われたが、昼食を奢ってもらった上に自宅まで車を出してもらうのは気が引けた。

 

 そんなわけで悠一は歩いて帰ることにした。

 饕餮は書類と睨み合う悠一にすっかり興味を無くし、再び眠りに落ちていた。

 念話で話しかけられることもなく、ただ自宅へ帰るべく足を動かす。

 

 昨日今日の出来事を振り返るにはおあつらえ向きの静かな空間の中で、密かな達成感がこみ上げてくる。

 まだ何も変わったわけではないが、過去の無力だった自分から変わりつつあるこの些細な変化を噛み締めていた。


 だが――。

 そういう時に限って不幸はやってくる。


「野犬、じゃないよな」

 

 山間部の集落ならいざ知らず、平地の街中で野犬に出会うわけがない。

 悠一もそれは分かっていた――あれは幽魔だ。

 犬というよりは狼に近い見てくれだが、何よりも異常なのは胴体まで大きく裂けた口だった。

 ホチキスを思わせる口から唾液を垂らし、血走った目で獲物を睨みつける。


「饕餮!」


 返事はない。

 不運は連続するもので、タイミングの悪いことに饕餮は熟睡していた。

 饕餮が目覚めていないと刀を取り出せない。

 こうなるともう、取れるのは逃げの一手のみ。


「ギャウッ」


 まさかの事態に動きがワンテンポ遅れた悠一に幽魔が躍りかかる。

 反射的に目を瞑る。

 だが、いつまで経っても痛みも衝撃もやってこない。


「いやはや、まさか犬畜生相手に手こずる人間と契約を交わしているとは」


 幽魔は後方から伸びてきた数本の青白い腕に掴まれ、空中で制止させられている。

 苦悶の表情を浮かべながらゆっくりと腕から染みこむ呪いに侵され、風が吹くと同時に崩れて消え去っていった。

 手が戻っていく先に人影が一つ、ゆっくりと悠一に近付いてくる。


 背は悠一より頭一つ分高いだろうか、夕暮れの光をも吸い込む漆黒の長髪が揺れている。

 黒いコートを羽織り、下にはベストとシャツ、ズボンと革靴。

 一見、泰正のような土御門衆の人間かとも思ったが、雰囲気が人間のそれではない。


 顔立ちも整っているが、生気が感じられず腕同様に青白い。

 なにより目の奥がまるで底の見えない井戸のように深く、感情が読み取れない。

 

 空気が凍えている。

 真夜中を思わせる寒さに思わず身震いをした。

 悠一が今まで見てきた幽魔の中でも飛び抜けて重厚な存在感。


「……お前は一体なんなんだ」

「吾輩は饕餮の友人だ。封印が解かれたのを察知して来てみたが、まさか人と契約しなければならないほどに弱っていたとは思わなんだ」


 饕餮の友人だと名乗るその幽魔からは悠一に対する敵意は感じられない。

 それどころか、その視線は悠一の影にしか注がれていなかった。

 自身と饕餮以外の存在をまるで路傍の石としか思っていないような冷めた声色。


「久方ぶりにその美しく猛々しい姿を拝めたらよかったのだが……全く嘆かわしいことこの上ない。吾輩のこの言葉さえもきっと届いていないだろう。非常に残念だ」


 歌うように語る幽魔の瞳に変化が生じる。

 感情の昂ぶりによって光を取り戻し、黒目に金色の濁りが生まれていた。

 友愛というより崇拝に近い、饕餮に執着したような口調。


「おっと、あまり感情を昂らせてはいけないな。今日は挨拶までと決めていたのだから守らなければ……では、これにて失礼させてもらおう。また会おう、麗しの君よ。次に会う時はその牙を見せてくれると嬉しいのだが」

 

 演劇めいた大仰な手振りで眠っている饕餮への挨拶を捲し立てる。

 語り終えたかと思うと、幽魔は影に融けるように消えていった。


「なんだったんだ、あいつ……」

 

 ◇


 無事に自宅に帰れた悠一だったが、あの謎の幽魔が気にかかっていた。

 自室のベッドの端に腰かけ、目を閉じて考えを巡らせる。


 ――饕餮の知り合いってことは中国系の幽魔か?

 でも、あんな現代人みたいな恰好の幽魔なんて見たことないぞ。

 ……多分これは泰正さんや命に話した方がいいよな。人に興味は無さそうな感じだったけど、得体の知れない幽魔なことに変わりはないんだし。


 色々と考えてみるが、情報が少なすぎて正体はわかりそうにない。

 こうなるんだったらもっと中国系の神話や伝承について調べておけばよかったと後悔するも、既に後の祭りだった。

 

「おい」


 悠一に声がかけられる。

 念話ではない、まるですぐそばにいるような明瞭さ。

 高く幼さを感じる声に、少しの尊大さが混じっている。

 咄嗟に目を開けた悠一の視界に映り込んだのは――。


「誰だ……?」


 墨紫のやや癖のある長髪をなびかせ、深紅の瞳で悠一を睨みつける小柄な少女だった。

 もちろん、悠一に妹はいない。

 父親は高校入学後ほどなくして単身赴任で家を去っているので現在は一人暮らしだ。


「わからんのか」


 この物言い、ここ最近で沢山聞いてきたある幽魔と似ている。

 答えは一つしかないのは悠一もよく分かっている。だが、どうしても脳が理解を拒んでいた。


「ま、まさか――いや、ありえない。だってこんな子供が」


 悠一の失言を聞いた瞬間、少女の顔が露骨に不機嫌になる。

 我慢ならないと、少女は悠一の失言をかき消す大声で正体を明かした。


「余も納得いっておらぬ! 大幽魔である余が、こんな人間の幼子のような姿になっているなぞ受け入れがたいに決まっておろう!」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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