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喰斬護境トウテツブレイド~暴食神・饕餮と契約した俺は妖怪を喰らう刀を振るう~  作者: 藤臣倫悟


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四話 悠一、命と対峙する

「あの小娘、余を封印しに来たのかもしれん。構えろ、殺してでもこの場を切り抜けなければならん」

「いきなり殺すとか物騒な事を言うなよ! 確かに昨日のことを把握してるのは怪しいけど――」


 命から咄嗟に距離を取り、念話で戦うよう迫る饕餮を宥めながら迎撃のために影から刀を引っ張り出す悠一。

 一瞬、意識が命から逸れる。

 彼女にはその一瞬があれば十分だった。

 流れるようなステップで、悠一との距離を飛び越える。

 

「駄目だなぁ、相手から意識を逸らすなんてさ。ホントに昨日鬼を倒したの?」


 形容するならば一陣の風。

 いつの間にか巫女服を身にまとった命から、抜刀が間に合わない悠一目がけて回し蹴りが繰り出される。

 間一髪鞘で防御が間に合いはしたが、馬力が、エネルギーの強さが違いすぎた。


「ぐッ」


 ほとんど吹き飛ばされる形で数メートル後退する悠一だったが、相手はどうあれこちらに遠距離攻撃の手段はない。

 状況を打開するには、近付くほかになかった。


「抜かせないよ。なんだか危なそうな刀だし」

「どうにかしろ! ここで余が封印されて力を失ってもいいのか?」


 命と饕餮、それぞれの声が悠一の脳を揺さぶる。

 思考が挟み込まれ、上手くまとまらない。

 命の動きは迷いがなく踏み込みも引きも一瞬で終わる。

 思考が多く、動作が遅れがちな悠一とは大きな戦闘経験の差があった。


 だが、差があるからといってここで負ければ饕餮を失うことになるだろう。

 それは自身の覚悟を台無しにするに等しい結末だと、悠一は直感した。


「クソッ、やるしかないだろ!」


 傍から見たら自棄を起こしたようにしか見えない無謀な突進。

 ただ、距離を取っても大した時間稼ぎにはならず、遠距離攻撃の手段もない状況なら負けを認めることよりかは幾分かマシな行動だった。


「向かってくるんだ……まぁ、ウジウジ考えるよりはいいんじゃない?」


 鞘に刀身を収めたまま、力任せに振り抜く。

 受け止められれば刀を鞘から抜き、躱されれば鞘が力に負けて外れる。

 今の悠一なりに考えた最善策だった。


 鞘のまま振るわれたその一撃を、命は片手で掴む。

 ――動かない。

 受け止めるならせめて両手を使うだろう、と都合のいいことを考えていた悠一にとっては最悪な状況だった。

 至近距離で、相手は片手が空いている。


「残念、ホントに残念だよ。大人しく話を聞いてくれてたら痛い思いはしなくて済んだのに。――鬼火、纏い」


 饕餮を封印しに来たわけではないとも取れる一言のあと、彼女の両手が青白い炎を帯びた。

 二人の息遣い以外の音が無かった世界に、淡く燃える炎の音が混ざる。

 鞘の表面に巻かれた呪符が焼け、焦げた匂いが立ち上がった。

 それと同時に、炎に包まれた拳が悠一に迫る。

 

「面倒な……浄化の炎を使うとはな。だが、鞘を焼いてくれたお陰で余が干渉できる」


 鬼を喰らい、僅かながら力を取り戻した饕餮によって燃え盛る鞘が内側から弾けた。

 炎が爆ぜ、二人の視界を塗り潰すと共に命の手が鞘から離れる。


「仕切り直せ。今度はしくじるなよ」


 ただの燃えカスのようになった鞘が地面に落ちるより速く、悠一は再び距離を取る。

 攻撃は失敗。ただ、刀身を露わにすることは出来た。


「あちゃー。勢い余って両手で纏っちゃったのは失敗かな」

「自分で出した炎は無効化とか、ズルだろ」


 巫女服に飛び散った火の粉をはたき落としながら余裕で反省を述べる命。

 刀を抜いたことで、再び自身の身体能力の向上と冴えを感じる悠一だったが、それとは別に気になることが一つ。

 

「大人しく話を聞いてくれてたら痛い思いはしなくて済んだのに」


 こうして戦闘になっている以上、悠一への文句にも聞こえる一言。

 だが、それが妙に引っかかった。


 ――待てよ?

 封印するだけなら、今朝、俺がクラスメイトだとわかった時に出来たはずだ。

 封印しに来たと判断したのは饕餮で、命は俺と饕餮が念話で話していることを知らない可能性が高い。

 なら、これは――。


「聞いているのか! 睨み合っていても勝負は決まらぬぞ」

「……わかってる!」


 戦闘に余分な思考を剥ぎ取るような饕餮の声。

 今目の前にいる相手を倒すことだけに集中すべきだと、暗に告げているような声色だった。


 前回より速く鋭い悠一の突進。

 漲る力を糧に、跳ねるような軌道を描いて命に迫る。

 

「ッ……!速い、けど――」


 命の重心が少し沈み、悠一の視界から消失する。

 次の瞬間、身体は宙に舞っていた。

 命の足払いによって支えを失い、受け身もできないまま背中から地面に叩きつけられる。


「が……っ」


 視界がぐるぐると回って定まらず、肺から否応なしに空気が漏れる。

 目では追えていたが、あまりの速さと滑らかさに悠一の脳は理解を拒んでいた。

 

「はい、没収」


 刀を握る右手が捻り上げられ、たまらず刀を地面に取り落とす。

 骨が軋む嫌な音と痛みが強制的に脳に情報を流し込んだ。

 

「い、痛ででで……っ」

「さっきのは少し驚いたけど、やっぱり戦闘経験は少ない感じ? 別に殺しに来たわけじゃないんだし、話くらいは聞いて欲しかったな」


 組み伏せられた背中に、命の膝によって体重がかけられる。

 肩甲骨が押さえられることで、腕は完全に制圧されていた。

 念の為、と言わんばかりに命は指に再び火を灯らせようとする。

 体温ではない、明らかな熱が悠一の手首を蝕もうとしていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。一度、互いの目的を整理したい。俺は、契約している幽魔……饕餮に、君が封印しに来たかもしれないから対処しろと言われて刀を抜こうとした。そっちは?」

「おい、まさか降参するのか?」


 抱いていた疑問を投げかけた悠一に饕餮からの指摘が飛ぶ。

 最後まで戦わないことを非難するような声色。だが、全てを丸く収めるには説得を試みるしかなかった。

 

「違う。おかしいと思わないか? お前を封印するだけなら――」

「……もっと早く、楽に出来る場面があった、ということか。だが油断するなよ」


 饕餮の意外な冷静さに助けられた悠一は命の様子を窺う。

 命は突然投げかけられた場違いな確認に思考を巡らせていた。


「そっか。あたしも別に戦ってひっ捕まえろ、なんて言われてないしね。護境師(ごきょうし)だってことを証明するために変身しようとしたら、急に刀取り出し始めたからさぁ」

「饕餮だっけ? 封印なんて勿体ないことのために来たんじゃないよ」


 先程までの迫力はどこへやら、あっけらかんと言い放つ彼女は元の明るさと親しみやすさを取り戻していた。

 一方で悠一は、命の話から聞き覚えのある単語を抜き出していた。


「ゴキョウシ? なんだそれは」

「人と幽魔の境を護るために活動している人達だよ。饕餮が知らないってことは大昔には無かったか、日本独自の存在みたいだな」


 悠一は数回地面を叩き、ギブアップの意思を伝えた。

 通じたようでかけられていた体重を外される。

 手首は痛むが、呼吸は楽になった。


 ――これが、今の俺の実力か。

 

 護境師なら、話を聞いてみる価値はある。

 昔そう名乗る人物に救われ、幽魔に関する知識を教わった過去がある故の判断だった。


「興が削がれた。自ら戦いを止めるとは、つまらぬ男よ」

「どうとでも言え」


 饕餮の文句をいなし、ゆっくりと立ち上がる。


「昨日の話って、どこから話せばいいんだ?」

「戦闘発生後はおおよそ把握してるから、その前のことかな。本題は迎えが来てからね」

「……わかった」

 

 戦闘の音が止み、再び静寂を取り戻しかけた空間に駆動音が響く。

 低いエンジン音が近づき、黒いセダンが止まった。

 運転席から降りた男が、悠一を静かに見つめる。


「話をしようか悠一君。その影に棲む幽魔も含めて、ね」


 いきなり現れて、饕餮との関係を見透かすような一言を放つ。

 そのあまりの得体の知れなさに、悠一の心臓が一拍遅れて鼓動を打った。

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