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喰斬護境トウテツブレイド~暴食神・饕餮と契約した俺は妖怪を喰らう刀を振るう~  作者: 藤臣倫悟


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二話 初陣と巫女服の少女

 (うごめ)く影の中から、ゆっくりと刀が出現する。

 柄巻は黒く、見ただけでは一般的な刀とそう変わらない。

 鍔には何やら古代の雰囲気を感じさせる紋様――悠一は知らないが、それはまさしく饕餮を象徴する饕餮紋であった。

 だが、何よりも目についたのは元の色が見えないほど執拗に呪符が貼られている鞘。

 

「これ、本当に抜いていいものなのか?」

「猶予はないと言っておろうが! なに、負ける心配なぞしなくてよい」


 促されるままに悠一は柄を握る。

 直後、手のひらから伝わる圧倒的な存在感に、思わず背中に汗が伝った。


 ――なんだこれ……柄がまるでこっちを握り返してくるみたいに吸いついてくる。

 なにより、この得体の知れない衝動は何だ?

 目の前の鬼の身体を早く切り刻みたくてたまらない。肉を斬り、骨を断ち、その血を全身で浴びたくてたまらない。

 ……いや、違うだろ。

 この衝動は、正しくない。魅入られてはいけない。

 誰かを護る力が欲しいと願ったんだから、これは余分で、抱くべき衝動じゃない。

 饕餮が俺を利用しようとしていることはわかってるんだ……だったら、俺も饕餮を利用してやる!


「ふむ。相変わらず退屈な願いではあるが、中々に濃い味ではあるな」

「残念だったな。俺はまだこの願いを投げ出さない、お前がするように、俺もお前を利用してやるよ!」


 言い終わるや否や悠一は鞘にも手を掛ける。

 呪符の少し湿ったひんやりとした感触が、熱くなりかけていた心を落ち着かせた。

 鞘から刀身が覗く。

 月光を反射するその刀身はわずかに黒味を帯び、見る者を畏怖させるように鋭い。

 反りはやや浅く、儀礼的ではない実践的な形状。

 波打つ波紋は椎骨を思わせる緩い曲線を描いていた。


「抜いたな――饕宴百骨(とうえんひゃっこつ)を。ほれ、時が動き出すぞ」


 悠一の元に、停滞していた死が再び迫る。

 だが、今の彼は無力な傍観者でも、逃げ惑うしか能がない獲物でもなかった。

 澄んでいく思考と、傷が癒え力の増している体で刺突を半身で躱すと同時に、差し出された右腕を斬り下ろした。


 一閃。


 風を裂く音のあと、湿った鈍く不快な音が響く。

 一瞬の静寂が訪れたかと思うと、肩口を押さえて鬼が飛びのいた。

 先ほどまでの余裕はどこへやら、その顔に浮かぶのは驚愕と苦悶の表情だった。


 ――すごいな。刀なんて握ったことがないのに、元から手足の一部だったみたいに扱える。それに、目が鬼の動きについていける。


「余の力の強大さを思い知ったか? 喜びに打ち震えるのは結構だが――来るぞ」


 鬼が再び迫る。

 斬られた腕を押さえるのを辞め、残された左腕で殴り掛からんとしていた。

 悠一もまた鬼に向けて駆け出す。

 刀を手足のように振るえるとはいえ、剣術の心得がない彼に再び攻撃を受け流す自信はなかった。

 故に、次の一太刀で全てが決まる。


 鬼が迫りくる悠一の脇腹を捉えたと思ったその瞬間、彼は宙を舞っていた。

 殴り飛ばされたのではない。

 助走を付け飛び上がり、重力を乗せた刃が鬼の頭部目がけて振り下ろされる。


「うおおおおっ!」

 

 残された片手で止めること(あた)わず。

 追い詰めた獲物が大幽魔と契約してしまった哀れな捕食者は、頭部から一刀両断され、生を終えることになった。

 

 着地に失敗し、尻餅をつく形で己が残した戦闘の痕を見る悠一。

 勝った。だが腕は震え、喉の奥が吐き気で満ちていた。

 襲われたとはいえ、命を奪ってしまったという実感と罪悪感が全身を這い回る。

 戦えるようになったからこそ、向き合わなければならない現実がそこにはあった。

 

「これ、もし見つかったらヤバくないか」


 一刀両断した鬼の死体は自分以外には見えないが、アスファルトに残るヒビだけはどうしようもなかった。

 自分が付けた傷だと露呈することはないだろう、だが、せめてもの罪滅ぼしに何かできないかと思案する。

 

「勝者が些事を気にしてどうする。それよりも、用は済んだのだから刀は戻してもらうぞ」

「些事って……」


 自身と違い大胆な饕餮に刀を返すべく、影に差し込む悠一の端で鬼の死体が影に溶けていくのが見えた。

 ずぶずぶと音を立てながら飲み込まれていくその屍をただ眺めていた。


「お前、あれを喰うのか」

「当たり前だろう。余は力を取り戻すために貴様と契約しているのだ。勝者が弱者を喰らうという自然の摂理だ、まさか今更になって文句を言うのではあるまいな?」


 悠一は何も言えない。

 自分だって負けていたら、饕餮が目覚めなかったら今頃鬼の腹の中だと気付いてしまったのだから。


 ◇


 初めての幽魔との戦闘を終えた悠一は自宅に戻っていた。

 家には彼一人。

 遅めの夕食を手早く済ませ自室のベッドに腰を下ろす。


 ――疲れているけど、あんなことがあって寝られるわけないよな……。

 明日から高校二年生だっていうのに。


 疲労と興奮の板挟みに遭い、ぐったりと天井を仰ぎ見る。

 その耳に、不意に饕餮の声が響く。


「戦いに勝ったというのに、やけに元気がないな」

「当然だろ、こちとら今まで幽魔を見えないフリして避けてきたんだ。いきなり戦いに慣れられるほど俺の肝は据わってない」


「護るために戦うのだろう? そうやっていつまでも受け身で戦いに臨んでいると、いずれ護るべきものに戦いの責任を押し付けるようになるのではないか?」

 

 饕餮は嗤う。

 悠一が善を貫いても悪に堕ちても、自身の完全な復活のために幽魔を斬り続けるのならそれでいいのだろう。


「そういえば、割命(かつめい)契約って、例えば俺が傷付いたら饕餮も傷付くのか?」

「貴様、余に敬称も付けずに呼ぶとは無礼な奴だな。……浅学の身ゆえ今回は許そう。割命契約というのは魂の状態を同期させる契約、肉体がある程度傷付いたところで痛みや傷の共有はされん。片方が死ぬ時に連鎖してもう片方の命も終わる」

「浅学って……まぁいいか、事実だし。じゃあなんで俺の傷を全部治したんだ? 傷を治すことを餌に、俺を望み通り動かすことだってできたんじゃないか?」


「感謝はしてるけどさ」と添える悠一だったが、いままで話してわかった饕餮の尊大な性格を思うとどうしても引っかかる行動だった。


「余からの慈悲と思え。あの治癒能力は封印前に喰らった肉のものでな、今ので最後だ。次はない」

「……わかった。ありがたく受け取っておくよ」

「ふん。勝手にしろ。余は先ほど喰らった肉の消化に専念する、不必要に呼び出すでないぞ」


 饕餮が影の中で眠りについた後、悠一は何故自分の影に刀が埋め込まれていたのかについて考えを巡らせる。


 ――思い当たるのはあの護境師しかいないけど、そんなことされた記憶がないんだよな。

 父さんや母さんもただの一般人だし、母さんに至っては俺を産んですぐに亡くなったらしいから顔も写真でしか知らない。

 ……俺一人で悩んでも変わらないし、明日のこともある。いい加減休もう。


 ◇


 悠一と饕餮が鬼と戦い、去ってから暫く経った頃、新たな人影が現れた。


「ここら辺であたしらの組織じゃない戦闘反応があったらしいけど、合ってるかな?」


 ゆるく編まれた二本の三つ編みが夜風に揺れる。

 巫女服に似た古代の祭祀装束を身に纏うその姿は、年相応の砕けた口調に反して神秘的な雰囲気を感じさせた。

 

 おもむろに地面に残る戦闘の痕に触れ、何かを確かめるように目を閉じる。

 暫しの沈黙の後、彼女は自らが所属する組織に属さない存在の正体を土地の記憶から読み取り、目を開けた。


「幽魔と契約した人間なんて初めて見たかも。とりあえず支部長に報告しなきゃなぁ、明日から忙しくなるのに、大変だよホント」


 立ち上がり、伸びを一つ。

 その視線は、夜空を見ているようでその実全く別のもの――幽魔と契約し鬼を倒した少年、舎人悠一へと注がれていた。


「案外早く出会えるかもしれないね。大人しくこっちの言うことに従ってくれればいいけど」


 そう言って巫女服の少女は夜闇に消えていった。

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