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喰斬護境トウテツブレイド~暴食神・饕餮と契約した俺は妖怪を喰らう刀を振るう~  作者: 藤臣倫悟


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2/13

一話 悠一、饕餮と契約する

 高校二年生への進級を翌日に控えた、春休み最終日。

 舎人悠一(とねりゆういち)は友人の日比野(ひびの)こはるに連れられて心霊スポットへと訪れていた。

 なんでも、ここ葦原(あしはら)市の郊外に位置する廃トンネルで、工事中に亡くなった作業員の幽霊が出るのだという。


「バリケードがあるのは想定外だったなぁ……」


 残念そうに言うこはるだったが、内心では安堵しているだろうと確信していた。

 彼女は、オカルト好きのビビりというあまり聞かないタイプの人間なのだ。

 そして、中学入学と同時期にこの町へ越してきた悠一の初めてできた友達でもあった。


「と、とりあえず、悠一はいつも通り写真撮っといてよ。あとで見返したらさ、何か写ってるかもしれないし。……別に怖いわけじゃないけど!」

「わかった。フラッシュ焚いた方がいいよな?」


 ただでさえ小柄で華奢な体が二割増しで縮んで見えるようなビビりっぷりに苦笑しながら、悠一はバリケードの隙間からトンネル内部をスマホで撮影していく。

 四月とはいえ空気はまだ冷えていて、ここに来るまでの道中で融けかけた雪をまばらに見かけている。

 空気が少し澱んでいるのは、外に比べてトンネル内部は湿気が多いからだろう。


 ――写真を撮ったところで妖怪や幽霊――幽魔(ゆうま)は写らないけど、異変なんてないことが一番いいんだ。……オカルト好きのこはるには言えない考えだな、これは。


 悠一は孤影の一件以降、彼の目に見えていた幽魔と呼ばれる存在を見ないようにしてきた。普通の人間として過ごすために。


 だが――。

 これまで訪れたオカルトスポットで幽魔を見たことがない。と油断していた悠一の目に、トンネルの奥に潜む何者かが映った。


 頭部に大きな角が一対、痩せこけた体躯は悠一より大きく、肌は浅黒い。

 ここ日本において最も有名な妖怪変化の一種――鬼だった。


 心拍数が跳ね上がる。

 人間とは違う、体の芯まで穿つような捕食者の眼光。

 思い出すのは、公園で出会ったあの怪物の姿。

 あれに見つめられたら、あの日のように恐怖で動けなくなるだろうと、悠一は直感した。

 

「戦う力を持たず、目のみを持って生まれた君が生きていくために大切なことは、彼らと目を合わせない、あちらを認識していると悟られないことだ」


 あの日出会った、護境師(ごきょうし)と名乗る人物にされた忠告が悠一の脳裏を駆け巡る。


「……入れないんならやることないし、写真も撮ったから早いとこ帰ろうぜ」

「うん、流石にずっといると寒いしね。駅前辺りでぶらぶらしながらお昼どこにするか決めようよ」


 こはるに同意をもらった悠一は安心した。

 こちらが一方的に視線を向けただけで鬼にはまだ気づかれていない。その上、バスで駅前まで行けば追われる心配はない、そう思うことにした。

 

 ◇


 黄昏時、二人は共に家への帰路に就いていた。

 ファミレスで昼飯を食べ、ゲームセンターのクレーンゲームでどちらが先にぬいぐるみを取れるか勝負する――自己評価低めな悠一でさえ一瞬デートなのではないかと錯覚し、幽魔との遭遇を頭の片隅に追いやるほど和気藹々とした時間。

 終わるのが名残惜しくはあるが、春休みの思い出作りとしては十分な体験だった。


「勝負には負けたけど、最終的には勝たせてもらうよ。悠一にぬいぐるみ似合わないし、私によこしたまえ」

 

 ――向こうが提案してきた勝負に乗っただけで俺にぬいぐるみ収集癖はないし、男の部屋に置かれるよりはいいだろ。


「最終的に勝つのは俺だな。勝者の特権として特別に恵んであげよう」

「なんか言い方が偉そうで気に食わないなぁ」

「お前がよこしたまえとか言うから反抗したくなったんだよ。……まぁ、男の部屋に置かれるよりはいいだろうし、やるよ」

「やった! 言ってみる価値あるもんだね。……ただ、負けた時の私の気持ちを察してその場で譲ってくれたらもっと好感度上がってたかもよ?」


 「乙女の気持ちを察せないとはまだまだだね」と勝手に恋愛素人だと決めつけ、評価するこはる。

 悠一は反論したいところだったが、彼女のかの字もこれまで出来たことがなかったので泣く泣く飲み込んだ。

 

「明日から二年生だけど、違うクラスになるのって初めてだよね。大丈夫? 私が居なくても友達作れそう?」


 追撃とばかりに、悠一が不安に思っているところを突いてくる。

 意地悪気に笑う彼女の(はしばみ)色の髪が夕暮れに照らされて、春休みの終わりを感じた悠一は少し寂しくなった。

 その後も隣の席が転校生だけど大丈夫なのかとか、色々と他愛のない話をしていると、不意に視線を感じて振り返る。


 そこに――奴がいた。

 距離はまだ離れているが、彼が振り返ったことを認識するや否やスピードを上げている。

 悠一は即座に悟った。

 狙われているのは間違いなく自分だが、このままだとこはるも巻き込まれると。

 だから嘘を吐いた。

 

「やべ、宿題忘れてたわ。やんなきゃだしここでお別れだ。あと、この辺昔事故があったらしくて夜は出るって有名なんだぞ?」

「え、そうだったの!? じゃあ私帰る。また明日ねー!」


 運動が苦手だと自称しているわりに速い逃げ足で去っていくこはる。

 悠一はふと、あの時の孤影の気持ちがわかったような気がした。

 

 彼女が帰っていくのを見送った後、悠一は自宅とは逆方向へと走り出す。

 今の彼には家に帰るという選択肢はなかった。


 ◇


 悠一はあの後、ひたすら鬼から逃げ続けていた。

 狙われているのは自分とはいえ、万が一周囲の人間に危害が及んだら悔やんでも悔やみきれない。自宅に逃げ込んで逃げ場がなくなるのも防ぎたかった。

 

 そう判断した彼はできるだけ人通りの少ない路地を、曲がり角を駆使しながら走り続ける。

 昔から持久力にだけは自信はあったが、何回撒こうとしても追ってくる鬼に辟易する気持ちを抑えきれない。


「見えるだけじゃ役に立たないし、ついでに戦える力も欲しかったなぁ! 上手く使えるかは別として」

 

 知識だけ授けて消えた護境師への文句が口を突いて出る。

 

 ――脇腹は痛いし、冷たい空気で喉も痛い。足も重いしコンディションは最悪、それでも――。

 

 逃げ続ければ根負けして諦めてくれるかも、という微かな望みに向かって足を進める。

 

 鬼も疲弊しているのか、ついに立ち止まった。

 チャンスとばかりに距離を取ろうとしたその瞬間、視界に違和感が走り、体の前面に衝撃を受けて足が止まった。


「……は? なんだよこれ、壁?」


 一瞬呆気に取られる悠一だったが、背後に迫る死の気配が彼を現実に引き戻す。

 立ち止まり、地面に手を突いていた鬼が悠一の元へと歩き出している。

 壁を壊して脱出するために何度も拳を打ち付けるが、びくともしない。

 

 それでも、彼に取れる行動はそれだけだった。

 壁が今の自分には壊せないものだと薄々勘づきながらも、拳を振るう。

 傷付いていくのは彼の拳だけ。


 そんな悠一を、鬼はその長身をもって見下ろしていた。

 散々逃げ回った獲物が無様を晒す様を口角を歪め、涎を垂らしながら。

 悠一はその視線に気付くと、この壁が先ほど鬼が立ち止まっていた場所から半球状に展開されている結界だと理解した。

 幽魔の中には特殊な能力を持つものが存在するということを、彼は知っていた。

 

 鬼ごっこは終わりを告げ、捕食者による一方的な暴力が獲物を襲う。

 殴打により結界の壁に打ち付けられ、意識を保っているのがやっとの激痛に呻く悠一。


 ――また明日って言われたのに、会えなくてごめん。


 死の間際に考えていたのは、小さな、なんてことない約束。

 悠一にはもう、訪れる死に対して何一つ出来ることはなかった。

 

 いたぶるのに飽きたのか、それとも早く食らいたいのか、鋭い爪を活かした刺突が悠一の頭部に迫る。

 体感時間が引き延ばされ、無限にも思えるゆったりとした時間の中で、ゆっくりと死が迫ってくる。


 ――これって確か、タキサイキア現象って名前だったっけ。脳の仕組みとはいえ、結構悪趣味な状態だな。


「哀れだな……あの程度の結界も破れず、ただ死を待つばかりとは」


 現実逃避に勤しんでいた悠一の脳内に直接語りかけるような声。

 欺瞞に満ちた哀れみで、侮蔑をコーティングしたような声色。


「誰だ? どこにいる?」

「貴様の影だ。人間」


 緩慢なはずの時の中で、悠一の影の形が変容する。

 人ではない、獣のような何かの形になったかと思うと、声の主は演説するような尊大な態度で自らの名を呼ぶ。


「余の名は饕餮(とうてつ)。かつて万物を喰らいし大幽魔である!」


 ――確か、中国の神話に出てくる神獣だ。

 でも、なんでそんなやつがここに?

 

「なんだ、知らんのか。忌々しいことに、貴様の影に収納されている刀に余は封じられていてな。身動きが取れん……そこでだ。お前が余の封印を解くのなら、余の力を振るわせてやろう」

「人の思考を勝手に読むな。そもそも、封印されるような何かをしでかした奴の言うことは信じられないな、俺は人を襲う幽魔が嫌いなんだ」


 自分の知らない間に影の中に変なものが収納されていることは置いておき、饕餮と名乗る幽魔の真意を探る。

 死に瀕した時に現れ、利用しようという魂胆が透けて見える奴の取引に素直に応じるほどお人好しではなかった。

 

「ふむ……ならば契約が成立した暁には、決して()()襲わぬと誓ってもいいぞ。」

「怪しいな。俺が死にかけてるからって、舌先三寸で騙そうとしてるんだろ。第一、お前と俺にどんなメリットがある契約なんだよ」

「貴様は刀を通じて、余の力を振るえる――そこな鬼なぞ、一瞬で斬り伏せる力をな。余の寛大さに免じて、貴様の傷を治してやってもよい」

「お前にとってのメリットは?」

「今しがた目を覚ませるだけの力を蓄えたばかりでな、完全復活には程遠い。刀はともかく、余自身は影から出られぬほどにな。だから、貴様がこの刀――饕宴百骨(とうえんひゃっこつ)を使い、幽魔を斬ることで再び力を取り戻そうというわけだ」


 ――思っていたよりも正直な受け答えだ。はぐらかしたような個所もないし、目が覚めた直後らしいから、わりと向こうも切実なんだろう。いや、でも、封印されるような奴と明らかに重大そうな「契約を結ぶ」という決断をしてもいいのか?


「この契約は割命(かつめい)契約だ。命を割る、読んで字のごとく余と貴様は一蓮托生となる。故に互いの不利益となることは無しとしようぞ」

「猶予は少ない。……死ぬぞ」

「今考えてるんだ、急かさないでくれ!」

「考えている間に潰されるぞ、たわけ!」


 影が急かすように揺れる。

 切実さは伝わるが、何か意図的に伏せている情報もありそうな口ぶり。だが、一蓮托生の下りは嘘偽りのない真実だと判断した。

 利害は一致している。

 

「……願いを言え!」

「余の力で何を成す!」

 

 ――願い。

 目の前の幽魔を倒すことか?

 ……違う。

 脳裏に浮かぶのは、孤影との出会いと別れ。こはるを巻き込まないよう逃がしたが、幽魔にはまるで抵抗できない今も昔も無力な自分。

 なら、俺の願いは――。


「俺の願いは――自分が護りたいと思うものを護れるようになることだ」

「凡庸で退屈な、いかにも弱者の願いといったところだが……」

「起き抜けの一口にしては悪くない。契約成立だ、舎人悠一!」


 獣のような影が、ゆっくりとその口角を歪めて嗤う。

 まるで、長い飢えから解き放たれるかのように。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

第二話からは21時10分に更新予定です。

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