クリスマスQ & A〜クラスの地味な彼女〜
「調子に乗るな! クズ!」
バチっと頬を叩かれた。要するに振られたらしい。駒井篤史、十七歳の冬。クリスマスも近いのに、こんな仕打ちはアリか?
叩かれた頬が痛む。十二月の風は厳しい。そこを揉みながら、自宅へ帰る。
両親は仕事でいない。兄も海外に留学中。つまり、一人なのだが、余計に振られたショックが大きく感じる。
「そうだ、AIになんか聞いてみるか?」
最近、AIに恋愛相談するのが一般的だ。敦もスマホを取り出し、聞いてみた。
Q「俺って調子乗ってた? 確かに高校デビューしてちょっとイケメンになったらモテた。ここ一年、彼女が途切れたことはないし、なんなら同時進行もしていたが、俺って調子乗ってた?」
A「ええ、乗っています。いくらモテるからといっても同時進行はよくありません。え? クリスマスも一人? それは自業自得なんでは?」
意外とバシッと指摘してくるAIにウンザリし、チャットを辞めてしまったが、翌日、学校へ行くと、教室の雰囲気が変だった。
篤史は自分の机に向かうと、ため息が出てくる。「浮気男! サイテー!」と落書きしてあったが、こころあたりが多すぎる。クラスメイトの冷ややかな視線が痛い。
「ひっ……」
変な声も漏れるぐらいだったが、窓際で一人だけ篤史に無関心な人物がいた。
確か名前は深川詩乃。地味な優等生。スカートも前髪も長く、友達も少ない。静かに文庫本を読んでいる日が多い。
この空気の中、全くの無関心がちょっと救われたりする。深川、サンキュー。心の中でお礼を言う。
Q「なんでみんな俺のこと噂するの? そんな俺ってイケメンでみんなの注目の的?」
A「そう判断するのは早いです。実際、その深川さんは無視しているんでしょ?」
そんな会話をAIとしていたせいだろうか。放課後、夕飯を買おうと思い、家の近くの惣菜屋に行ったら、意外なことに深川がいた。個人経営の小さな惣菜屋だったが、唐揚げやレバニラをケースに並べ、コロッケを紙に包んでいた。いつもと違い、前髪もまとめ、白い三角巾で隠していた。服も白衣だ。
「なんなん、深川。おま、ここで働いているの?」
ついつい無礼に聞いてしまったが、深川はチッと舌打ち。
「は?」
「今、バイト中です。バイトとはいえ仕事中です。静かにして」
怒られてしまった。ショック。高校デビューしてから、女子にこんな態度をとられたことなど一回も無いのに!
なんか心臓がドキドキする。そういえば、学校では地味だが、惣菜屋でキビキビ働いている姿はいいか。それに白衣も清潔感はあっていいじゃんか。白い肌が目立つし。前髪を上げると、けっこう目も大きいし。黒くて子猫みたいな目。
家に帰り、あの惣菜屋のコロッケを齧りながら、ますます気になってきた。
Q「これってなんだ? 深川が気になってしまう。これってなんだ? まさか恋!?」
A「その可能性はとても高いです。自称チャラ男がそっけない女子にときめく展開はよくあります」
Q「マジで!?」
A「いわゆる『おもしれー女現象』です」
Q「マジか!? 俺、深川に一目惚れした!?」
A「YES!」
AIに相談しまくり、すっかりその気になってしまった篤史。
終業式も終わったし、クリスマス直前だ。AIにも太鼓判を押されていたし、ここはグイッと釣り上げてみるのもいい?
「ねー、深川ちゃん。クリスマス、俺と一緒に遊ばない?」
「は?」
惣菜屋のバイト中の深川に、軽いノリで話しかけてみた。思い切りトングを落としそうになっていて、ちょっと笑える。口もぱくぱくと動かし、動揺しているじゃないか。面白い。
「ま、考えといて!」
そう言い残し、コロッケや唐揚げを買って帰る。クリスマスセールで安くなっていたから、余分に買ってしまった。
Q「どうよ、AI。これは手応えあると思う?」
A「AIの回答は必ず正しいとは限りません。重要な情報は必ず確認をしてください」
Q「は? どういうことだ?」
なぜか急にAIが答えなくなた。
Q「自分で考えろってコト!?」
A「AIの回答は必ず正しいとは限りません。重要な情報は必ず確認をしてください」
まあ、いい。こんな仕打ちも悪くない。篤史は笑い、コロッケにかじりつく。サクサクという音が響いていた。
◇◇◇
年末はいつも忙しい。深川詩乃はBL小説を読みながら考える。
この攻めと受けは最高だけれど、毎年推し作家先生がクリスマス特別同人誌を発売するし、その他各種ヲタク活動で忙しい。
最近はあまりにも時間がなく、教室でもBL小説を読んでる。オタク活動は時間との勝負だ。
クラスではチャラ男・駒沢篤史が何かトラブルを起こし、噂の的になっていたが、どうでもいい。関心ナシ。オタク活動の資金の為、惣菜屋でバイトも始めたし、くだらないクラスメイトに付き合っている暇はない。
放課後も惣菜屋に直行し、バイト中だ。元々は主婦が起業した小さな惣菜屋だったが、手作り感溢れるきんぴらごぼう、ほうれん草のソティー、ピクルス、漬物も並び、味も本当に家庭的で美味しい。バイトの詩乃も働きやすい環境だったが。
客として駒沢篤史がやってきた。なんかチャラチャラと絡んできて、鬱陶しい。
思わず、きつく注意したが、なぜか目がぱっと明るくなっていた。気持ち悪いが、相手は全く懲りていない。毎日のように店に来るし、あろうことかクリスマスも誘われた。驚きで持っていたトングを落としそうになった。
Q「どういうことだと思う、AI。私、リアルの男って全く興味がない。麗しいBL男子を見ているだけで十分」
あまりにも意味不明で、ついついAIに相談してしまった。いつもはオタク活動の予算計算やスケジュール管理ぐらいにしか使っていない。(※たまにえちえちなBL男子の画像も生成してもらっている)。
A「それは腹たちますね! そんなチャラ男、無視でいい!」
Q「AIはわかってくれるね。そうだよね、男なんて二次元で十分?」
A「そんな詩乃におすすめのBL漫画を紹介できます。知りたい?」
そうだ、リアルな恋愛なんて興味ないし、BLで十分だ。
「お、AIがおすすめした漫画面白いわ。電子書籍で買うか」
そして電子書籍のライブラリーにまた一つ作品が増えたが、その表紙をよく見ると、違和感。
美麗すぎる絵だったが、攻めが篤史に似てるような?
人懐っこい目、派手な髪色、全体的に明るい雰囲気が特に。しかも漫画の内容も面白かったから、ますます困惑。
Q「なんかあのチャラ男が気になってきたんだけど、どういうこと? え、これって恋?」
A「YES!」
「はー!?」
思わず叫んでしまう。偶然、親は仕事でいなかったが、心臓がバクバクする。顔も熱い。何、これ。
Q「恋? そんなバカな話はない。リアルな男なんて興味ない!」
A「本当にオタク活動を深める為には、それでいいの? 恋も知らない詩乃に男子同士の深い交流が創作できる?」
Q「そ、それは! 無理!」
頭を殴られた感覚がする。確かに二次創作、推しの先生のに比べてなんか浅い。薄い。テンプレ。世間知らずな感じが滲み出てる。
Q「恋をした方がいいの?」
そんな気がしてきた。生身の男なんて全く興味もなかったが、オタク活動に影響するなら別じゃないか。篤史の顔も浮かんでしまう。しかも消えない!
それなのに、AIは急に塩対応になった。
A「AIの回答は必ず正しいとは限りません。重要な情報は必ず確認をしてください」
Q「どういうこと?」
A「AIの回答は必ず正しいとは限りません。重要な情報は必ず確認をしてください」
つまり、大事なことは、AIには頼らず自分で決めろってこと?
こうしてクリスマスイブになった。いつものように惣菜屋でバイトし、余った唐揚げやコロッケを店長からもらって、帰るが。
まだ篤史の顔が消えない。しかも今日は惣菜屋に来なかった。自分から誘ってきた癖に。
「あー、もうなんか気になる!」
我慢できなくなり、篤史に連絡を入れてしまった。
本当にこれで正しいのかわからない。今もそんなにリアルな男に興味はないが、AIに質問する程でもなさそう。




