8. 相も変わらず…
「ふうっ……それ!」
「おぉ!さっすがリカ!」
「んふふ、まあねぇ」
訓練場の傍に流れる小川の水を自在に操り、自慢気な表情で他学生からの称賛を鼻高々に受け取るリカ。時は進んで今は講義中。多くの学生達が森を切り開いたこの場所にて、魔術演習を行っていた。彼等も一年近く修学しているとはいえ魔術というものはそう簡単に習得できるものではなく、未だに下位から中位に移ることのできない者も見受けられる。
そんな中でも彼女は既に上位の域にすら到達していた。その成長具合はやはり凄まじく、主席に相応しい達成度だろう。
「――なぁミオ、水を操るってどんな感じだ?」
「えぇ?んん~…、こう、魔力を集めてかき回す感じ」
「ほう…、かき回す…?」
「…だから、魔力があるだろ?それを…こう、ぐっと集めてかき混ぜるんだよ」
そしてまた別の首を傾げている学生に、身振り手振りでなんとか答えているミオも、リカを除いた学生の中では一、二を争うほどの上達を見せている。…だが見ての通り、彼女の説明はまるで理論的とは言えず、ただそれを聞いても具体的に何をどう表しているかの解釈が難しい。そのため、誰かに教えるということは案外彼女の不得意分野なのだ。
「…ん?えっと…凝縮するってことか?」
「だから違ぇよ!それだと爆発すんだろうが!」
「はぁ…?」
彼女なりに”扱う”感覚を捉えることはできているらしいが、それは”魔術を扱える者には何となく共感可能”としか言えず、扱えない者にとってはまだ未知の感覚を告げられているにすぎない。だからこそ、彼女の助言が役に立つか立たないかは訊き手の感性に委ねられることになる。
…そして、
「メイ?調子はどう?」
「え、あ、うん…」
「……やっぱ駄目?」
そんな優秀な二人に対して、メイの方はからっきし。下位から中位魔術の過程に進むどころか、入門の序位ですら達成できていない。一籌を輸する程度では済まず、彼女でなければ落第まであり得る低成績だ。
「ん~…そっか…」
肩を落とす彼女の隣で、リカも難しい顔で考え込む。メイは苦笑で誤魔化そうとしているが、その様子はどこをどう見ても落ち込んでいる。…どこかしら、普段よりも。
…やっぱり今朝のことを気にして?だったら流石に無遠慮だったかな……どうしてこう、不用意なんだろ、あたし。
リカはそんな自責の念から、自分に届く範囲だけでもメイに役立てないかと思案に没頭する。
魔力が切れているから?――いや、これは朝一番の講義。いくらなんでも発動も困難なほどに消耗する筈がない。それにもし魔力切れならば目に見える程に疲労が溜まっているはずで、彼女にはそんな様子は見られない。
じゃあ技量の問題?――それもないだろう。いきなり中位の魔術を扱おうとするのならば、確かに処理能力や魔力量などの関係から魔術を思い通りに扱えるとは限らない。だがそれは日々の訓練によって培われることでどうにかなることだし、なによりメイはそもそも仕組みさえ解ればいい筈の序位すらもまだなのだ。ただの扱い下手だとは考えにくい。
…だったら、根本的な理解が間違っている?現在で一般的な魔術を行使する方法は、該当魔術を発動させるための魔法陣を描く陣式術だ。それを描く際にどこか少しでも誤記が生じれば意図したものは発動しない。それなのか?
「――何度もごめんだけど…メイってさ、魔術論の方は大丈夫なんだよね?」
「え?まぁ…ある程度理解はできてると思うけど」
唐突に問いかけられたことにきょとんと首を傾げながらメイがそう答える。するとリカは彼女達の目の前にある、水のなみなみと汲まれた桶を指さして、
「じゃあさ、今からやろうとしている、水を操るための”魔術論”を説明してみて?」
「え、あぁ…。”流属性の下位に分類されてる水を、回転と渦で流れさせる…」
「…やっぱり間違ってない」
リカの問いかけに対する彼女の属性と必要な陣印を列挙した回答は、リカの知識と何も変わらない正確なものだった。
――やはり、今朝に丁度話題に挙がったように、彼女が魔術体系を理解できていないとは思えない。陣式術の作成方法も頭に入っている、そう解釈するのが当然だろう。でなければ、座学の方で自分と同水準の成績を修めていることに説明がつかない。
「…なんで実技の方はまるで駄目なんだろう…?」
魔力の流し方、陣の細やかな手順、意識の向く先、精神的な面…。その他にも彼女は思索してみたが、そのどれにも原因は見当たらない。
…いや、そもそもそれ以前の問題なのだ。何故ならば、メイは”陣を張ることすらできない”のだから。故に、そんな呟きが思わず口を吐いて出る程に、彼女が魔術を扱えないことが納得できなかった。リカが持つ知識の前提を無視した、前代未聞の事例に。
そして当の本人も、リカの言葉に眉間にしわを寄せて首を傾げながら、
「さぁ…?」
そう言われても…。と返す言葉が見つからずに視線を逸らすしかない。
座学である魔術論では優秀どころか他人に教鞭の内容を噛み砕いて説明することすら容易い。だというのに、何故か今まさに行われている実技である魔術演習となるとてんで駄目。
「――やっぱり変じゃない?できるかどうか以前の問題だなんて」
やはり、どうしてもその疑問、その矛盾から逃れることが出来ない。まるで、目的地までの道程は解っているのにその目的地に辿り着くことが何故かできない。…いや、そもそもその道すら歩くことができない、とでもいうかのように。
「まぁ…ね。なんていうんだろ。こう…魔力の流れの感覚が掴めない……のかな?」
「そうなのかなぁ…。なんだか違うような気もするけどなぁ…」
自嘲するように肩をすくめるメイと、未だ諦めようとせず推察を続けようとするリカ。果たして、何故自分はそんな奇妙なことになっているのか。どうして魔術を使うことが出来ないのか。どれだけ魔術に対する知識をつければ克服できるのか…。
「何で、だろうね…」
ふとメイの瞳が潤んだかと思えば、彼女が視線を落とし俯いたためにその眼元が確認できなくなる。
…また、少し空気が重くなったような気がした。




