7. 長所と短所
……聞く相手を間違えた。彼女は、メイは感覚でできるかできないかの領域を超えている。そもそも論外な存在だった。ミオは自分の不注意で気まずい空気を招いてしまったことを強く後悔した。そしてなんとかこの場を取り繕おうとして下手な気休めをメイに投げかける。
「…ま、まぁ、大丈夫だろ。原理は理解しているんだしよ」
「そう、なんだけどね…」
「――やっぱり変だって。ちゃんと解ってるのにできないのは」
しかしこの場の空気を把握しているのか否か、リカは彼女自身が以前から引っかかっていたそんな疑問をわざわざ蒸し返す。
メイと寮で一緒に生活していく中で、確かに彼女が魔術の原理を自分と同程度理解していることは判っている。…なのだが、同時にメイは魔術演習の成績が芳しくないこともよく知っている。仕組みは解っているのに、動かすことはできない。そんな一見して矛盾が生じるような、有り得ないような事象を両立させている彼女は、リカにとっては直感的に魔術を把握するミオと並ぶ不可思議な存在なのである。
「えぇ?…まぁ、そんなこともあるんじゃねぇの?」
有り得なかろうが、実際こうして成立しているのだから否定してもしょうがない。ミオはそう頭を掻き、これ以上の深掘りを避けようと話題を落ち着かせようとする。…しかし疑問の火が再燃し始めたリカの探究欲はそこで止まることを知らず、
「じゃあ魔術が使えるかどうかって、潜在的に決まるものなの?」
「って言われてもなぁ、実際にメイは、なぁ…」
「仮に潜在的に決まるものだったとしても、もっと事例があっていいんじゃない?」
…完全に議論の意識に切り替わってしまったようだ。リカの熱心な部分は当然の如く殊勝なことだが、こうして探究が始まってしまうと途端に周囲が目に入らなくなるのが厄介な点だ。だからこそ、魔術という分野で好成績を収められているのだろうが。…確か、こういう時に”玉に瑕”と言うんだったっけ。
――と、メイが余計なことを考えている間にもリカの疑問はか加速し続け、話題の内容に複数の意味で戸惑うミオがちらりとメイの方へと助けを求めるように視線を向けてきた。
「……ね、そろそろ準備しない?」
このまま放置してこれ以上話が変な方向に盛り上がっていってしまっては自分にとってもやはり気まずい。それは流石に困りそうだとメイはそれとなく話題を切り替えようとする。
「そ、そうだな!今日は急がなけりゃならねぇんだろ?」
そのメイの助け舟に飛び乗るように、ミオは止まっていた手を動かして残りのスープを掻き込みだす。一瞬リカは”まだ議論は煮詰まっていない”と二人を制止しようとしたが、メイにとって居心地の良い空気にしてしまったことを悟るとばつが悪そうに視線を伏せ、
「――あ、その…ごめん。メイ」
「あはは、大丈夫。気にしないで」
しゅん、と肩身が狭くなるリカに、メイは相変わらず穏やかな笑顔を見せる。なんというか、こうした彼女の短所と言えるような部分は、純粋で隠し事が出来ないという彼女の長所からくるものなのだろう。そう思うと、彼女に対する感情も自然と和やかなものになる。しかし、放っておくとずっと意気消沈としていそうだ。そう思ったメイは微笑みを自信に満ちた表情に変え、余裕のある声色で、
「―その代わり、武術では負けてないからね」
「あっ!それは言わない約束でしょ!?」
それにリカはむっと剥れた顔になり、大袈裟にメイへ抗議する。彼女の自慢気な表情から”怒っていない”と胸を撫で下ろし、そして安心からか普段よりも更にわざとらしく語気も強かった。
「…ったく、何してんだよお前等」
そんな二人の様子を見て、ミオも、ふぅ、と大きく肩から力を抜きながら溜息を吐き、呆れたような視線を交互に向ける。そのミオの態度を皮切りにしてメイとリカは一気に破顔させ、くすくすと肩を揺らして笑い合った。
「ほら、早く食っちまいなよ。一時限目が魔術演習ってことなら、訓練場に集合なんだろ?」
メイとリカが一悶着やりあっていた間にミオは全て平らげていたようだ。といっても二人に残された朝食も然程多いわけではない。
「そうだね。ちょっと早めに準備しようか」
「驚かれるだろうなぁ。”いっつも遅刻寸前まで来ないあいつ等が!?”って!」
「…うっせ、早く食べろよ」
むすっとして二人が残りを口に運ぶ姿を眺め続けるミオ。いつもと立場が逆転しているせいか、なんだか複雑な気分だ。
――気付けば周りの席はもう殆どが寮生で埋め尽くされている。いつの間にかそんな時間になったらしい。…いつもなら自分はまだ寝ているだろうな…。
「―御馳走様。ミオ、食べ終わったよ」
周りをぼけっと眺めている彼女に、パンの最後の一欠片を口に放り込んだメイがそう声をかける。…リカの方はもう済ませたらしく、先に盆を持って返却台に向かっているところだ。
「おう。わかった」
そしてミオも盆に両手をかけて立ち上がろうとする。しかし、あ、と少しだけ声を漏らしてもう一度浅く座り直すと、
「御馳走様でした」
メイに倣って掌を眼前で合わせ、食後の挨拶とやらも済ませる。言葉の意味は解らないが、まぁ、きっと回りくどくて長ったらしいお祈りと同等のものだろう。少なくともメイの態度からはそう感じる。
そうして再び盆を持ち、他の寮生の合間を縫って返却をしてから食堂を後にした。向かう先は当然自分達の寮の部屋。今日の講義の支度を済ませるために。




