6. 朝食での談笑
閑話もそれなりに寮の食堂を目指し階段を下る三人。だが先頭を行くミオがふと思い出したようにメイとリカの方に振り向きながら、
「…そういやよ、さっき何の話してたんだ?」
どうやら、着替え中に二人が何か話していた声が聞こえていたらしい。それが気になったらしくなんの気なしに訊ねてくる。しかしそれを待ってましたと言わんばかりに、リカはにんまりとなんだか意味ありげな笑みを浮かべて、
「えっとねぇ…」
と、わざとらしく冗長的に思案をする素振りを見せる。そして小走りでミオの隣へと追いつき、なんだか含みのある眼でミオと目配せをしながら彼女へ返答した。
「メイとレンの話」
それを聞いた途端、ただ首を傾げていただけのミオも、あぁ、と小さく声を漏らしたかと思えばリカと同じような顔つきになる。そして大袈裟に両手で空枕を張って、
「何だ?友達以上恋人未満ってやつか?」
「というより、もはや夫婦だよねぇ」
二人はそう顔を見合わせ、にやにやとあからさまに余計な勘繰りをしている様子でメイへと目配せをしてくる。
そんな二人にメイは少しばかり苦笑しながら、小突くように二人の背中へと平手を下ろして、
「もうっ、そんなんじゃないってば」
…最初の内こそ二人のこんな茶化し方にも対応が出来なかったものだが、今となってはこれも身内での冗談の一環として手慣れたものだ。
そうこうしているうちに食堂のある一階へと辿り着く。いつもなら座る場所を選べないほどにもっと寮生で埋まっているのだが、今朝は珍しくミオが寝坊をしなかったために席に余裕がある。
が、しかし突然席を自由に選べるとなっても逆に何処にしようか簡単に決めることができない。拘りなどないのだが、それ故に優先的に選ぶ要素もない。配膳台に並べられている朝食を受け取ったまま、三人は座るに座れず互いに顔を見合わせた。
「…どうする?」
「別にどこでもいいからなぁ…」
「――じゃあ、あそこにしようよ」
このままだと食事の乗った盆を持った状態でずっと立ち尽くすことになりそうだ。そう懸念したメイは、取り敢えず目についた窓際の席を示して提案する。特に希望もないリカとミオもそれに応じて彼女についていく。そして、ようやくそこで腰を下ろし、
「さて、と。それじゃあ…」
「頂きます」
三人共、顔の前で掌を合わせてそんな台詞を口に出す。それは、以前にメイが食事の前の挨拶だと言った言葉だ。そう聞かされる前のリカとミオは口上の長い、所謂お祈りをしていたのだが”こっちの方が楽だし手っ取り早い”という、主にミオの意見で三人でこれを使う現在に至る。
挨拶を終えるや否やミオは我先にと豪快にパンに齧り付き、それをリカは冷ややかな横目で確認しながら上品にスープをすする。そしてメイは己の故郷ではなかなか見られないような華やかな品目に、舌鼓みを打ちながらゆったりとした調子を崩さず口に運ぶ。そんないつも通りの朝食の時間。
―と、
「…ってか、今日って何かあったっけか?わざわざアタシを早く起こすなんてよ」
もしゃもしゃとパンを頬張りながら、唐突にミオが二人に訊ねる。いつも自分は起こされる立場とはいえ、周囲の様子などからいつもよりも早い時間であることを流石に察したのだろう。
それにメイとリカは頷いて答え、ごくり、と飲み込み口を自由にしてから、
「えっとね…、確か…一時限目が魔術演習、…だったっけ?」
「うん、だと思うよ」
確かそれで間違いないはず…。答えている途中で合っているかどうかが不安になったリカは、徐々に声の調子を落としてそうメイの顔を伺う。そしてそれに気付いたメイは念のために自分の記憶をもう一度探り、間違いないことを確信して頷いた。
そう言えばそうだったような…と、ミオもなんとなく前回までの内容を思い出したらしく頭を捻りながら、
「あぁ…、各属性の反応がどうとか…、だっけか?それをやりゃあいいんだな?」
「そ、魔術を使う上での基礎だし、押さえておいたほうがいいよね」
魔術は主に五つに分類される属性が存在し、各属性ごとに独特な癖も存在する。例えそのうちのどれか一属性が扱えたとしても、それ以外の属性でそのまま応用が利くとは限らない。だから魔術を一通り習得するためには全属性を学ぶ必要がある。魔術学を学ぶ上での基礎事項として、これに対する技能も欠かすことはできない。
それ故にここに来た学生は、まず最初にこれを押さえることが目的となる。
…なのだが、
「――正直よぉ、使うだけならいちいち学ぶ必要ねぇんじゃねぇの?属性の違いなんて感覚で解るしよ」
頭を使うよりも身体で覚える方が性に合うミオは、わざわざ実践までして習う意義がそこまで感じられずに首を傾げる。確かに応用が利きにくいとは言っても所詮は同じ魔術の域。他属性での感覚が決して活きないわけではない。それ故に彼女の言い分も理解はできるが…。
「…いや、普通はちゃんと教えてもらわないと難しいって」
しかしそれが当てはまるのはほぼ彼女だけだということに自身で気付いていない。普通はそのややこしい基礎を乗り越えた者が、ようやく複数の属性を操ることができる様になる。
「あれを感覚でできるのはミオだけじゃない?」
「えぇ?んなわけねぇだろ。絶対アタシ以外にもいるって」
魔術が使えるだけであって、少し発展した内容になると途端についていけない。そんな自分ができるのだから他にできる奴がいない筈がない。彼女はそう主張するのだが、実際”感覚でやっのける”ということをしている以上、学年主席のリカでさえ辿り着いていない領域に彼女は足を踏み入れている。……まぁ、理論となると首を傾げ始めるのだが。
「ミオにはできても、普通はできることじゃないの!」
しかしミオにはできている、というのは事実。そして、他者が彼女のように理解できていないのもまた事実。それがどうにも納得できないらしく、ミオは怪訝な表情で首を捻って、
「そんな筈ねぇって。じゃあメイはどう…あぁ~…」
勢いのままに今度はメイに話を振ろうとするが、途中で気付いたらしくミオは言いかけた言葉を飲み込み、そしてばつが悪そうに視線を逸らす。リカも突如として勢いを無くし、ミオと似たような表情を浮かべて口を噤む。
「ごめん……わたしできないから…」
そんな二人に、メイは自嘲気味に苦笑するしかなかった。




