11. 対戦
――何も動かない、何も聞こえない緊張の糸が張り詰めた空間。強いて言うなれば、偶に吹く風と互いの呼吸音、そして慎重に間合いを計るそれぞれの脚運びだろうか。
少しでも隙を見せればその一瞬で勝負がつく。故に下手な動作を取ることができない。
「――くそ、まともな攻撃手段なんてねぇぞ…」
呼吸すらも気を遣う中、ぽつりとレンから弱音が漏れる。いきなりこんな危機的状況になったところで対処の方法を知る由もなければ当然だ。むしろそれでも冷静に現状が把握できていることが上出来だ。
「…取り敢えず生き残ろう。多分、今の私達にはそれしかできない」
だが、メイは彼よりも落ち着いていた。視線で射貫くように注視し、”ヤツ”の動きを制限していた。――”ヤツ”は彼女を明確に警戒していた。
「は、正直、今はお前が頼りだ。情けねぇぜ…」
自分が守る立場でいたかった、守るべきだったのに、それが叶わない事実に苦笑で返すしかない。レンは悔しそうに力なく呟いた。
――それを”ヤツ”は見逃さなかった。
「ウガァッ!」
瞬時に牙を剥き出しにし、レンの喉笛を噛み切ろうと飛びかかる。やはり大きい躯体にも拘わらず俊敏な動きにレンは対応が遅れてしまった。
「レン君っ!」
「――っ!?メイっ!」
それを皮切りにレンは褐色の輝きを放つ掌を自身の足元に当てて土壁を上昇させる。そしてそれとともに土を固めて造り出していた身長大の棒をメイに投げ渡す。
…間一髪、だった。”ヤツ”の歯牙が彼の頬を掠めるところで、盛り上がる土壁に突き上げられるようにして”ヤツ”は軌道を変える。そして生じた隙を突き、一気に距離を詰めたメイが棒を縦に振り下ろした。
「―はあっ!」
「ギャウッ!?――ッ!」
弾き飛ばされた”ヤツ”は転がっていく。彼女の素早く重い一撃。それをまともに”ヤツ”は喰らった。並大抵ならば骨も砕けるだろう。
だが、”ヤツ”は負傷した様子もなく立ち上がった。再び体勢を立て直すと、先程よりも更に低い唸り声を上げている。手に伝わる鈍い衝撃。即席のものとはいえレンが造った重量のある得物だ。決して与える威力は生半可なものではない筈なのだが…。
「手応え、あったんだけどな…」
”ヤツ”との睨み合いに戻ったメイはそう呟く。しかしそれに対し、レンの表情にはどこか余裕が現れていた。
「いや、いける。少なくともこれで時間稼ぎは可能だ」
”ヤツ”を倒す必要はない。この場を凌ぐことができれば、最悪でも”ヤツ”が立ち去るまで耐えることができればそれは自分達にとっては勝ちなのだ。
「…アイツと私達、集中力が尽きるまでの我慢比べ、か…」
それだとしても攻撃力の不平等さにメイから溜息が漏れる。せめて実剣さえあれば…。
「グゥゥゥ――…!」
再度互いに間合いを計り合う。大きく左右に立ち回りながらじわじわとにじり寄ってくる”ヤツ”と、有利な距離を取らせず不利な位置にならないように僅かに後ずさる二人。
…また、静寂が訪れた。
「――くそ、いい加減に諦めろよ」
「駄目。焦ってわざわざ隙を作る必要ない」
悪態を吐くレンをメイが諭したように早々に決着をつけない方がいい。だが、レンが焦れる理由も不思議ではない。このまま消耗戦になれば確実に彼等に不利だ。
「…解ってる。ただ、このまま体力が尽きちまうことを考えてな…」
「……その時は死ぬだけだよ」
「はっ、言ってくれるぜ。そんな素直に受け入れられるかっての」
冗談にならない軽口を叩きつつ、”ヤツ”への威嚇も怠らない。持久力の勝負だ。
――しかし、”ヤツ”はそうもいかなかった。
「グゥアァ――ッ!!」
痺れを切らしたらしい。”ヤツ”は素早く踏み込み飛びかかる。強引に食い破ろうとより速く、より力強く。
「ちっ、早ぇ…!」
レンは悪態を吐きつつもその進路を邪魔するように土の杭を幾本も出現させる。今度は出遅れることもない。
「―ッ!?――ガァ!!」
右に、左に、その間を縫うようにして距離を詰めてくる。一息に跳躍することは避けられたものの、その接近速度はまるで変わらない。
――それでも、二人には充分な時間稼ぎだった。
「かかったな!」
土杭は進路を妨害していた。だがそれだけではなかった。意図的に隙間を作り”ヤツ”を誘い出していた。…そして、
「せぇやぁぁっっ!!」
「――!!」
土杭の陰。”ヤツ”がそこから飛び出した出会い頭に、メイが頭部をめがけて再び土棒を振り下ろした。
当然”ヤツ”は対応できずにまともにその一撃を喰らう。その重さは”ヤツ”の頭が地面に叩きつけられるほどだった。
――だが、
「っ!?メイっ!!」
”ヤツ”は退こうとせずそのままメイに喰らいつこうとする。その一撃に徹したメイには対処する術がなかった。
「――くっ…!」
ぎらりと光る凶牙。それが自身に突き立てられる覚悟を決め、メイは歯を食いしばる。レンがどれだけ鬼気迫る顔をしても間に合わない…。
血飛沫が飛ぶ。朱い液体が周囲を染める。その鮮血の主は”ヤツ”だった。
二人の眼には、首が抉られ千切れかけている”ヤツ”の姿が映った。そしてそのまま力無くその場に倒れ身動き一つしない。…”ヤツ”はついに屍となった。
「お前等大丈夫か!?」
困惑を隠せない二人の耳に聞き覚えのある声が届く。反応するままに二人がそちらの方に振り向くと、一人の男が緊迫した表情で駆け寄ってきていた。その姿を確認した彼等から安堵の溜息が零れ、彼の名を呟いた。
「「アルステッド先生…!」」




