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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

婚約破棄常習犯の公爵には詰んでもらう

作者: 美咲アリス
掲載日:2025/02/10

【ダーシー公爵】

 俺が婚約破棄した令嬢は五十三人。

 昨日もひとり捨てた。


 相手はウィンザー侯爵家の四女のナタリーだ。可愛い令嬢だったがすぐに飽きた。だから婚約破棄をした。

 そのナタリーが今朝けさ湖に身を投げてしまった。


 王都の人々は『なんて可哀想なナタリー』と悲しんでいる。

 だけど俺の責任ではない。世間がなんと言おうと決して俺の責任ではない。


 俺は自分が婚約破棄常習犯と呼ばれているのは知っている。

 でもいったい何が悪いというのか? 女を好きになるのが罪か? そして好きでなくなるのが罪か?

 いいや罪ではないはずだ。気持ちが変わるのは自然なことだろう。


 たとえ神でも俺を罰することはできないはず。


 けれどもそれがわからない人間もいる。

 ナタリーの姉のウィンザー侯爵家三女もそのひとりだ。

 彼女は俺を恨んでいる。俺を殺すと断言しているらしい。なんとも気の強い女じゃないか? 殺せるのなら殺してみるがいい。


 そんなことを思っていたら三女が屋敷に来た。

 妹のナタリーと同じ金髪に青い目の美しい令嬢だ。

 彼女はチョコレートの箱と何かわからない物を持っている。


 その冷たい笑みの意味はなんだ?


 ああ、わかったぞ。そのチョコレートは毒入りだろう?

 俺が食べると思っているのか?

 俺は絶対に食べないぞ!



【オリヴィア】

 ダーシー公爵家のリビングルームで、ウィンザー家の三女のオリヴィアはにっこりと微笑んだ。


 ——ダーシー公爵の反応が楽しみだわ。

 そう思いながら黒髪に黒い目のハンサムな公爵をじっと見つめる。


 まずは持参したチョコレートの箱を渡した。


「お気に召していただけると嬉しいのですが。チョコレートですのよ。末の妹のリリアンと一緒に作りましたの」

「とても美味しそうだ、ありがとうございます」


 ソファに向かい合って座り、さあ本題だ。


「今日は大事なお話があってまいりましたの」

「なんでしょうか?」

「⋯⋯きっとびっくりなさいますわ」

「怖いなあ、なんだろう⋯⋯」


 ダーシー公爵の顔は不安げだ。


「これをお読みになってください、ダーシー公爵」

 オリヴィアはそれを差し出した。


【ダーシー公爵】

 俺はそれを受け取った。

 分厚い書類の束だった。

 パラパラとめくってすぐに気がついた。

 これは我が一族の汚職の記録ではないか⋯⋯。


「⋯⋯いったいどこでこれを?」

 俺の声は震えた。


 この書類がもしも世に出れば我が一族は王家の財産を私物化した罪でよくておいえ断絶だんぜつ、悪ければ祖父も俺も弟たちもすべて斬首ざんしゅけいだろう。


「必死で手に入れましたわ。私は妹に悪名高き婚約破棄常習犯のあなたとの結婚をやめて欲しかった。だから数ヶ月かかって妹を説得するための証拠を探していましたの。もっと早くこの証拠が見つかっていればナタリーもあなたとの結婚をやめていたはずですわ。こんなに悪どいことをする一族に嫁入りしたいとは思うはずがありませんもの。でも間に合いませんでしたわ。ナタリーはあなたに婚約破棄されて絶望して湖に身を投げました。わかっていらっしゃるかしら? 本当に悔しいけれどあの子はあなたを心から愛していましたのよ?」


「愛など⋯⋯、俺は信じません。それより俺にどうしろとおっしゃるのですか?」


 俺は書類の束を暖炉に投げ込もうかと思ったが、目の前の女の顔には余裕があった。

 きっと予備の書類があるのだろう⋯⋯。


「あなたにして頂きたいことは一つですわ。ナタリーは失った愛に命を捧げました。あなたもご自分の罪に命を捨ててください」


「もしそうすれば我が一族を救ってくださるという意味でしょうか?」


「ええ、そうですわ」


「俺が死んだ後でこの書類を世に出さないという確証かくしょうは?」


「ご存知のようにあなたの妹とナタリーはとても親しくしていました。あなたの一族が処罰されれば彼女もきっと命を捨てるでしょう。ナタリーは優しい子でした。これ以上の悲劇を望んではおりません」


「なるほど⋯⋯」


 俺は女には冷たい男だ。女にとっては悪魔のような男かもしれない。

 だが一族の長男として生まれた以上その責任を果たさねばならないことは誰よりもよくわかっていた。


「⋯⋯わかりました。今夜、あなたのお土産のチョコレートをいただきましょう」


 王家の次に歴史が古い我がダーシー公爵家を守るためならば俺の命など安いものだ。

 他に方法はないのならばいさぎよくこの身を捨てよう。


「一番右端の丸いチョコレートをお食べください」

「これ一つだけに毒が入っているのですね?」

「ええ⋯⋯。では失礼いたしますわ」


 ナタリーの姉が帰ってしまうと俺は書斎にこもった。

 まず今後のことを書き残す。財産の管理のことや後継者のこと⋯⋯。すべてが終わったころには深夜になっていた。


 窓の外は真っ暗だった。

 月も星も見えないただ闇だけの夜だ⋯⋯。


 やっとわかった。

 女を人として扱わなかったことを神は許されなかったのだ。

 

 俺はチョコレートを口に入れた。


【オリヴィア】

 オリヴィアはにっこり笑ってダーシー公爵に聞いた。

「どう思われました? びっくりでしょう?」


 ダーシー公爵はものすごく驚いたようだった。

 ハンサムな顔が青ざめている。


「こんな過去が僕の一族とあなたの一族にあったとはまったく知りませんでした」

「ええ、私も知りませんでしたわ」


「いったいどこで我が一族の先祖の日記を手に入れられたのですか?」

「騎士団の図書室の奥深くですわ。禁書コーナーにありましたの」


「禁書? いったいどうしてそんな場所に日記が? それにどうしてオリヴィア様が騎士団の図書室に行かれたのですか?」

「それはちょっと長い話になるんですけど⋯⋯。妹のリリアンはご存知ですわよね?」

「ええ、存じております。可愛らしいお嬢様ですよね」


「可愛いけれどおませさんですの。ちょっとした事件を起こして私の大事な本を騎士団に置いてきてしまいましたの。それを取り戻しに行ったのですが、その時に、同じ棚に公爵様のご先祖の日記を見つけましたのよ」

「同じ棚? ということはオリヴィア様の本も禁書コーナーに?」


「それは今はどうでもいいことですわ」

 オリヴィアはケラケラと笑った。


 騎士団の陣営に忍び込み、ものすごくスリリングな経験をしてきたばかりなのだ。

 だけど今はそれは関係ない。


 オリヴィアは公爵の手の中の古い日記帳を示した。


「その日記帳を見つけてすぐにその日記は公爵にお渡ししないといけないと思いましたの。だけど、どうして公爵家のご先祖の日記が騎士団図書室の禁書コーナーにあったのでしょう?」


「先祖の何人かが騎士団長をしていたのでその関係でしょう。我が家の貴重な書籍を寄付したことも何度かあるようですからね」


「なるほど、そういうことですのね」


「しかし驚きました。三代前の我が家の公爵が女性の敵で、しかも王家の財産を横領おうりょうしていたとは⋯⋯」


「大昔のことですわ、そんなに暗い顔をなさらないでください。今ではダーシー公爵家は財産を投げ打って王都の人々のためにいろいろなことをしていらっしゃるではありませんか。貧しい人たちの住まいをお作りになったのも公爵家ですし、ついこないだは親のいない子供たちの教育施設もお作りになりましたわ。素晴らしいことですわ」


「財産は人々の役に立つことに使え——というのが先祖からの教えなのです。もしかするとこの日記を書いた先祖がきっかけになって正しく生きるようになったのかもしれませんね。この日記を読んで一族の過去を知ったら、僕ももっと人々の役に人間になろうとあらためて決心しました」


 公爵はそう言ってギュッと古い日記を握りしめた。


 オリヴィアは、ふと、自分の先祖の女性たちに思いをせた。

 婚約破棄をされて湖に身を投げた妹のナタリーとその復讐を果たした姉⋯⋯。

 オリヴィアにも大事な姉妹がいる。もしも同じようなことが姉妹に起こったらと思っただけで胸が苦しくなった。


 公爵も自分の先祖のことを考えているのだろう。黙っている。


 ふたりの間に静かな時間が過ぎていった。


 少しして侍女たちが紅茶を運んできた。

 オリヴィアは気分を変えようと思った。パッと明るい顔になって持ってきたチョコレートの箱を開ける。


「とっても上手にできましたのよ、もちろん毒なんて入っていませんわ!」


 薔薇の花びらが一枚飾られた小さくて可愛いチョコレートを口にポンっと入れた。


 チョコレートは甘くて、ちょっとだけほろ苦い味がした⋯⋯。


〜終〜

お読み頂きありがとうございました。

このお話は単独で読めますが、世界観は『幼女じゃないもん淑女だもん』シリーズと同じです!

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― 新着の感想 ―
シリーズと違う話?と思ったら、ちゃんと繋がってて、楽しめました(笑)
ここに繋がるのか!BL本……(黒歴史)
アレ、禁書コーナーに仕舞われてたのね(笑) ビターな話なのにおかしいなー、薄い本のおかげでちょこっと笑ってしまったw
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