85.病気の子
あっ…。前の世界に引きずられる私をレイキが呼び戻してくれた。体の力を抜く。
「俺たちはここで鳥たちの様子を見てる」
良かった。今は会いたくないから…。新しく出来た木のそばで座る。結局、タフもこっちに残った。
並んで木にもたれる。
「無理にみんなに合わせなくていいぞ?」
「気が付いたの?」
レイキは真っ直ぐに私を見た。頷くと
「俺も子どもは苦手だ」
私は少し違うかな、子どもが産めなかった自分が嫌いなんだ。
あちらの世界の事は今考えても仕方ない。
『ママ…』
あーちゃん、そうだね。私にはあーちゃんもラビもいる。ありがとう、落ち込みそうになったらアイカが寄り添ってくれる。
レイキもタフも、タツキにサナエもいる。病気の子を気遣えない自分は嫌いだけどダメなものはダメだ。
せめて自分だけは自分を慈しんであげないと。
心配そうに口元をせっせと舐めるアイカ。分かるのかな、やっぱり。寂しくて踞っているとき、アイカはこうやって近くにいて。口元を舐めたり、お尻をトンとくっつけたり。
その柔らかな毛はもふっとしてて温かい。
頬に触れるラビのほわ毛も…嬉しいよ。ありがとう!持ち直せたよ。
「レイキ、タフもそばにいてくれてありがとう…」
俺とサナエはエルフに付いて屋敷に入った。レイキがシエルに寄り添っている。
もちろんだ、と当たり前のように答えた俺に、レイキとシエルは明らかに固まった。俺にとっての当然はみんなの当然じゃないのに。追い打ちをかけるように余計なことを言った。まるで当たり前に思わないのがおかしいと言うように。
ダメだ、これでは余りにも自分勝手だ。当然と言う押し付けほど厄介なものはない。分かっていたのに、やってしまった。シエルには子どもがいないと言っていた。詳しい話は聞いてないが、欲しくなかったとは言っていなかった。
当たり前に結婚して、当たり前に子供ができる。結婚しない人の気持ちも、子供が出来ない人の気持ちも分からない。それが当たり前という世間の風潮だから。
レイキもサナエも結婚していなかったし、子供もいなかった。子供がいるのは俺だけで、少なくとも俺たちパーティーでは少数派だ。
子供を可愛がるのは当たり前、それも元の世界の常識で。それをこちらの世界に持ち込むべきではなかった。
考えながら歩いて行くと、ある部屋の前で立ち止まった。扉をノックすると中から開いた。
侍女、だろうか?部屋に通される。
それなりに広い部屋は明るく、陽の光は適度に遮られてシンとしていた。
部屋の手前にソファ、窓際に机、奥側にベットがあってそこに10歳くらいの少女が体を起こして背もたれに寄りかかっていた。
青白い頬はやつれ、それでもその可愛らしさは損なわれないほどにとてもきれいな子だった。
薄い緑の髪に薄い水色の目。
静かにこちらを見て、パッと顔を綻ばせた。
「父上!」
エルフはベットに腰掛けて
「リーン、起きて大丈夫なのか?」
「はいっ、鳥が来ると聞いて楽しみで!もう湖に?」
「あぁ、後で見に行こう」
「はい」
それから俺たちを見て困惑した顔をする。
「リーン、鳥の捕獲依頼を受けた冒険者パーティーの蒼の氷柱だ」
「は、初めまして…」
恥ずかしそうにエルフの後ろから顔を出す。
「初めまして、蒼の氷柱のタツキだ」
「初めまして!サナエよ」
目をパチパチさせて俯く。人見知りか?それにしても可愛らしいな。
「病弱でな…外にも余り出られない。町中は騒々しくて、ここに移り住んだ」
「そうなのか、鳥さんなんだが…沢山いるぞ!」
「えっ?」
エルフを見る。
「番の予定だったんだがな、ふふっ凄いぞ!」
「父上、見たいです!」
侍女ともう1人、ベットのそばに控えていた老齢の男性を見る。医者か?
「今は安定しております。少しなら大丈夫でしょう」
と頷いた。侍女が毛布をめくって体をすっぽりと覆うローブを着せ、フードを被せる。
エルフはその子を抱き上げて、窓から外に出た。そこは屋根付きの広いテラスになっていて、そこから湖が見えた。
侍女と医者も同行する。
俺たちも後から付いて行った。
木が生えている側の斜め後ろ辺りから湖に向かう。
そこには湖のほとりで木にもたれて座るシエルとレイキ、タフがいた。
シエルとレイキは同じ木にもたれ、手を繋いでいた。タフは隣の木にもたれて湖を見ていた。
風がシエルのフードをめくり、きれいな銀糸のような髪の毛が風にふわりと揺れた。切なげなその横顔は思わず見惚れるほど儚くてきれいだった。長いまつ毛がその顔に影を落として、湖をじっと見つめて。
そんなシエルを優しく見つめるレイキと、背後の湖。そして2人を見つめるタフ。
まるで絵のような光景だった。
「…きれい」
リーンと呼ばれていた子がシエルを見て呟いた。エルフもほぉと驚いている。
シエルとレイキが振り向いた。そしてエルフに抱かれた子供を見るとフードを被った。
次の瞬間…シエルの頭に鳥がデンと止まった。さっきまでシエルの頭に鎮座していた鳥だ。
目を瞑っている。シュールだ。
「えっ…?」
「…」
「「…?!」」
そうなるよな、はぁ。くっ…マジかよ、ぶはっ。腹が痛い。憮然とするシエルを感じた。隣のレイキとタフはもう笑う寸前だ。
「ぐほっ…ぶっ、今なのか?くっ…」
レイキが吹き出した。
「シーちゃん、くはっ、その子…くすっもう、ふはっ…ダメだ、腹が痛い…」
「…」
シエルがレイキの腹を突いた。
「ぐはっ、やめろ…ははっ、いや凄いな。エンターテイナーだよな、コイツ」
「名前つけるなら師匠が賢者だよね、この子。しかも、お尻がさ、あったかくて気持ち良かったりする」
「ぐぅ、や、やめろ…腹筋が崩壊する」
「エイトパック目指せ!」
シエルはレイキとタフに頭を撫でられている。
「あははっ凄い!頭に乗ってる!!」
嬉しそうに声を出して笑った子を見て、エルフはほんの少し目を潤ませた。
そのままエルフはシエルの側に寄る。子供はシエルの頭に鎮座する鳥を間近で見て興奮していた。
「この子の名前は?」
シエルは答えない。
「まだ決まってないよ」
俺が代わりに答えた。その時、シエルのフードの陰からラビが顔を出した。さっきは外れたフードに隠れて見えてなかったのだ。
「うさぎさんだ!」
「従魔だから大人しいぞ」
「触りたい!」
(ラビ?)
(いいよー)
俺が近寄ってラビをそっと持ち上げる。
「ふわふわー!」
楽しそうに触って
「名前は?」
子供はずっとシエルに話しかけている。シエルは戸惑っているのか、余り話さない方がいいと言われたからか口を掴んでいる。
「ラビ…」
代わりにレイキが答えた。
「ラビちゃん…」
笑い声が聞こえた。
「ぷもん…」
ハッとしてシエルが振り返る。立ち上がるとラビを取り戻す。
そして、その子の頬に手を添えた。その子はシエルに手を伸ばして、そのままシエルに倒れ込んだ。
「リーン!」
寄りかかられたシエルは倒れそうになって、すかさずタフが背後からシエルを支える。そしてタフが子供ごとシエルを抱いて先導されるままに屋敷に向かった。
(タフ、この子…)
(あぁ、同じかもな)
(なら、同郷?でもこの子は明らかにこっちの色だ?)
(分からんが、症状はこの間のシーちゃんと同じだ)
屋敷に着くと、何故かシエルごとベットに寝かされた。倒れ込んだ子がシエルに抱きついていて離れなかったからだ。
どうしよう、その子…離れないんだけど。
シエルは色々と混乱していた。
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