エピローグ
冷たい風が吹き抜けた。ぶるりと体を震わせる。
季節は秋、やがて冬が来る。
ここは帝国の、北の方に位置する町、クナスリー。
私たちはここでなんと家を買った。そうマイホームだ。
ウルグ・レイを出るとき、シェリルは当然ヤールカに残ると思っていた。でも、当然みたいな顔で
「もちろん、一緒だ」
と言われた。魔女の仕事はその場にいないといけない仕事もある。大丈夫なのかと思えば
「問題ない!」
と言い切った。
「私にとって何が大切か、考えて決めた。シエルのそばいいることこそが最優先だ」
爽やかにへにょりと笑うシェリル。敵わないなぁ。
そうそう、まさか付いてくると思わなかったのはバーキンも同じ。
ウルグ・レイで私たちの武器や装備を作り終え、新しく親方と呼んだ工房の主人に気に入られ、ぜひ工房に残って欲しいと言われた。娘の婿にならないか?とね。その子と結婚したらやがては工房を継いで親方だ。
控えめに見てもバーキンの腕は確かだ。自信が無かったからか、どこか気弱な印象だったんだけどね。
で、バーキンは私たちが帝国に向けて出発する時、当たり前に荷物をまとめて付いてきた。
「レイキから離れたくないから」
それが理由なの…お熱いことで?
なので、サーラヤを出た時のメンバーのまま、帝国へと向かった。
落ち着き先を探していた私たちは町から町へ移動して、結局クナスリーに辿り着いた。王都は迂回したんだ。私たちは逃亡中だしね、目立ちたく無いから。
みんなが気に入ったここはダンジョンがある都市だ。そして、タフが育った森に程近い街でもある。
タフの故郷に近い長閑な場所に家を買った。周りには貴重な薬草も生えてるし。
そこでも一悶着あった。
そもそも誰が暮らすのか?
私たち4人とタフはもちろんだけど、シェリルとバーキンがどうするのか?って事。
それを聞いたら2人ともに心外だという顔をされた。
「私がシエルから離れることはない!」
シェリルに断言された。
「レイキから離れるなんて考えられない!」
こちらも断言した。
住む人は決まったけど次に問題となったのは費用。誰が買うかって話。借りてるならまだしも買うとなるとね。権利の問題とかもあるし。
当然私たちパーティーで買うつもりだった。ワイバーンはお肉もだけど素材が高い。
ウルグ・レイで売った素材は鍛治師のお墨付きもあって1体が素材だけで1千万ガロンになった。結局5体売ったから素材だけで5千万ガロン。
その前に売ったリバイアサンなんてそのさらに10倍、1億ガロンもした。
討伐したのがマンティだとしても、それはパーティーのお金だ。私の従魔だからと、半分は私が受けだったけどね。なので資金には余裕がある。
だから当然パーティーとして私たちが買う予定だった。
「お金なら私も沢山持ってる!」
シェリルの稼ぎは知らないけど、水龍の涙を現金払いしてたからかなりのお金持ちなんだと思う。
1個100万ガロンで買ってくれたから。その前に鱗も1枚100万ガロンで買ってたしね。
バーキンはリバイアサンの素材を使った防具が高く評価され、なんと1千万ガロンで売れたんだって。それ以外にもまだリバイアサンの素材はあるし、ワイバーンなら私たちから安く買える。
龍の鍛治師と言う二つ名まで付いた。なので
「俺もお金を出す」
と言って聞かなかった。レイキに全て出させるのは男の沽券にかかわると。
結論はみんながお金を出すと言い張った。
さて、困った。寄生されても困るけど誰もが払うと言って聞かない。永遠にこのメンバーでいるとは思えないし。
そしたら
「ならば、人数割でお金を出そう。出て行く時にはその分のお金を経過年数で減算して、残るものが買い取る」
それなら理にかなっているとみんなが納得してお金を分担した。スイのお金は私がポケットマネーから払ったよ!マンティの取った素材は全てをパーティーのお金としたかったけど、流石に貰いすぎと言われてね。だから私はかなりのお金持ちなんだ。
その家は町中から少し離れていて、丘の上にあった。広大な森まで含めた家。
庭というのが正しいのかと悩むような大きな多分庭に、池というよりは規模的にもはや湖まである。湖のそばには森。結構広い森だ。
喜んだのは師匠とヒナ、ムウサ、サビィ。そう、ムササビの赤ちゃんたちだ。
広大な芝生は姫と王子、リリたちの食事兼遊び場。森には貴重な薬草も自生している。これにはシェリルが喜んだ。
近くのダンジョンは素材の宝庫。そして、バーキンは戦闘狂だった。ジョブは鍛治師なのにね?めちゃくちゃ強い。
ガンガン魔獣を討伐して
「素材ゲットー!」
と雄叫びを上げている。
そうそう、私はタフと家族になった。平民には戸籍とか無いから、私たちの気持ちとして、だけど。
正式にお父さんとなり、娘となった。お揃いのリボンと指輪は今も私の髪の毛と小指に嵌っている。
お揃いといえば真珠の指輪。シェリルに作って欲しいとねだられた。まぁ特に問題もないからと作って渡した。
「付けてくれないか?」
左手の小指を出す。そのきれいな指に付ける。褐色の肌に白い真珠がとても似合った。
私の手を取って指先にキスをすると
「誓い、だよ…」
後でその意味を知って赤面するんだけど、この時はまだ知らなかった。
タフとは家族になったから
「残念。娘とは結婚出来ないや」
とのたまわった。そんな気もなかったくせにね。
「結婚することも視野に入れてたよ?守り方は色々だから」
でもタフは私を娘とする事を選んだ。それは私も同じ。そして一生、独身で過ごすと宣言した。
「シーちゃんが僕の子を産んでくれてもいいよ?」
反応しないくせにね。
「それはまだシーちゃんがペタペタだから。成長したらいくら僕でもね?」
保留だ。タフの、エルフの血は絶やしてしまうのは勿体無いなと思う。でもね、私はやっぱりまだ未来のことまで考えられないから。
「私は後3年待つ」
シェリルは宣言した。私の成人を待つんだって。ブレない姿は相変わらずきれいで、いっそ潔い。
笑うと雰囲気が変わるのも、相変わらずの食事への賛辞も…とても愛おしく感じる。見てるだけで絵になるしね!美形はお得だ。
「シエルだって夕飯のメニュー考えてるだけで憂い顔で儚く見える」
ソレを言われちゃうとね?
そうだ、大切な話を忘れてた。
私たちはウルグ・レイで少し落ち着いたから、マコトさんとアンナさんの日記を読んだ。
そこで分かったことは
「魔力不全症」は魔力関係の疾患が二つ以上ある場合の病名で、リーンがまさにそれ。魔力供給過多と、魔力循環不全の併発。
私たち転移者が短命なのは、もともと魔力器官を持ってないから。それを転移の際に体に付与することで、身体が拒否反応を起こす。
リーンと同じで魔力循環不全と魔力供給過多を併発することで、早死にする。
⭐︎6が早死になのは、鑑定とかも含めて魔力を沢山使うから。うまく回らないのに使うので、身体が強い拒否反応を起こし、結果早死にになる。
それはマコトさんとアンナさんの日記を読み合わせて分かった事。そもそも、アンナさんはどうやって薬の作り方を知ったのか、疑問だった。そして私とシェリルが出会ったことは必然なんだと思うに至る。
アンナさんに薬の作り方を教えたのはなんと、シェリルのお師匠さんであるお母様。そう日記に書いてあった。魔女との邂逅と。
そして、マコトさんはアンナさんとパーティーを組んでいた時期があった。
そもそも2人が病気のことを知っていたのは、王宮の機密文書。転移者の病気、短命。そんなことが書かれていたらしい。
結局、意見の食い違いで離れ離れになり、病気を克服することなくアンナさんは逝った。
シェリルの魔法書には、その魔力不全症について記載があった。お師匠様からの口伝として教えられたそれを、シェリルが魔法書に書いていたのだ。
―黒髪に黒目の者 魔力不全症に罹りやすい。治療法は龍の鱗にスイレンの花、リンガル草、そして龍の血を混ぜた薬草を飲むこと。分量は… ―
アンナさんがどうやって龍の鱗や血を集めたのかは不明。でも彼女は足りなかったスイレンの花とリンガル草を求めてここに程近い森に入り、タフのお父さんと出会った。
薬を作るのはとても体力がいる。体力と魔力、気力が無ければ薬は作れない。
アンナさんにはきっと、体力か魔力が足りなかったんだろう。
私たちはまるで導かれるようにタフに会い、バーキンに会い、そしてシェリルに出会った。それはアンナさんが出会わせてくれたんじゃ無いかってそう思う。
タフは笑って
「シーちゃんらしい。でも、本当にそうかもね」
遠くを見る目は哀しみと優しさと、色々な想いを現していた。私が見ているのに気がつくとぎゅっと抱きしめてむちゅうとキスされた。相変わらずだ。
「材料が揃っていても成功したかは分からない」
とはシェリルだ。確かに、薬を、確かな効果のある薬を作るのはとても難しい。
例え⭐︎6であっても。ただ、私は例外だ。だって、私には魔法通信がある。その熟練の技を自分のものとし出来る知識が。それであっても何度も失敗した。それほど難しい調合だった。
そして、漸く出来上がったソレはシェリルが涙を流すほどの出来だった。
そして、薬が出来てしまえば、レイキの出番だ。実物があればレイキの想像で複製が出来る。
やっぱり私たち⭐︎6ジョブ持ちは離れてはいけないんだ。改めて分かった。
この薬は飲み続けないとダメだから。
そして、私とレイキが揃って初めて薬の量産化が可能だった。きっとアンナさんと袂を分かったもう1人も、一緒にいたら違う未来があったのかもしれない。
こうして薬が出来たから、私はリーンに薬を送った。魔女から手解きを受けたリーンの為の薬だよ、と言葉を添えて。もっともレイキとの合作だからそこを強調した。
リーンからの手紙には、元気になって迎えに行くと書かれていた。モテ期到来か?!リーンが元気に走る姿を見たいなと思った私だ。結婚は無理だけどね。
それからレイノルドに頼んで、黒髪黒目の冒険者が薬を探していたら、その薬を売って欲しいとお願いした。
レイノルドは理由を聞かずに頷いてくれた。そして改めて帝国へ進出する際には会いに行く、と書かれていた。商売熱心だね。
私とレイキがそばにいて心地よく感じる理由は分からないけど
「お互いの濃い魔力が影響して共鳴することで、症状が緩和する可能性がある」
とシェリルが言った。言い換えれば、タフでもエルフでも魔女でも、そばにいれば症状は緩和する。だからタフやシェリルには警戒心があまり沸かなかったのか。
ただ、薬を飲まなければやっぱり早死にするだろうとも言われた。
龍の鱗と血を持ってるのかって?
もちろんワイバーンだよ!要は龍種ならいいわけで、マンティが嬉々として狩るから沢山ある。6体まで減ったのにまた増えて9体になった。なんでやねん!
ま、新鮮な状態で保管できるから血も取れる。そう考えると、マンティと出会えたのも神様、ハシュラル様の粋な計らいかもね?
こうして、この世界にやっと根ざして暮らせることが分かって、楽しむ余裕が出来た。
物思いに耽っていると、肩にふわりとショールが掛けられた。
「冷える」
シェリルだ。最終的に私たちを救ってくれたのはシェリルの魔法書。彼は惜しみなくその知識と愛情を私に注いでくれる。まだ私の傷は癒えないし、その気持ちに寄り添うことは難しい。
それでも
「私はとても我慢強い。たとえ何年でも、何十年でも…待つ」
そんな言葉に嬉しいと思う自分がいる。いつか、全てを話すことが出来るだろうか…?
私たちの未来は無限に広がっている。
冷たい風が吹き抜ける。でも寒くない。後ろから緩く私を抱きしめるシェリルのその熱が私の頑なに心を溶かしてくれるようだ。見上げればへにょりと笑うシェリル。その手に手を重ねる。大きくて温かな手は、私を未来へと導いてくれるだろう…
みんなの呼ぶ声が聞こえる。手を繋いでシェリルと私たちの家に戻る。そう、私の新しい居場所へ…
そこは暖かな明かりの灯る、賑やかで優しい場所…私が帰る場所だ。
―終わり―
小指に付ける指輪、それは家族の証…
私はタフとシェリルに付けたなぁ
タフは私を家族として認めてくれてたんだ…心が温かくなる
女性から男性へ小指に指輪を贈るのは求婚の意味
無意識に私に求婚するなんて…可愛いね
マジですか…知らないって怖い
ってかシェリルが自分で小指を差し出したよね?押しかけか!?
シェリルには婚約者がいるよね…
破棄した!
へっ?
有名な魔女の婚約者として薬を売ると、大々的に貴族から金を集めてたってさ
へー?
あんな好みじゃない女、子供がいてもいらない
子供は?
母様が引き取って魔女として育成中
あのね、実は私にも子供がいて…
はい?
スイとの間にね、守護水龍としてヤールカのレナン湖にいるよ!
水龍と子作り…
えっとそっち?
したの?
えっとこの体は未開通でね?
はい?
かくかくしかじか…
ぎゅむと抱きしめられた
シエルの初めては私だ!
あーレイキも手を上げてくれてて…
ダメ!あの子はバーキンがいる
タフもね?
…ダメだよ!
やっぱりモテ期か
ウルグ・レイを離れる時…
スイランが会いに来た
『ママ、愛してるよー!パパ、狡い』
だって
スイレンの龍玉は1番大きなものはスイレン自体が、次に大きな龍玉はスイランのおしゃぶりに、そして残りの玉は私とスイランで半分こ
スイランはスイレンの目玉を今でも大切に抱えている
シエル、また子作りしよう!
えっと…保留で…
僕は長生きだから、何百年でも待つよー
私が死んでるわ!
シエルに恋文を送ったけど
仕事熱心だね!
って帰って来た…ライルに泣きつくレイノルド
坊ちゃん、直球でいかないと鈍いシエル殿は気が付かない
そうか、ならば!
ーシエルの作品はどれも大変素晴らしい
愛してるよー
やっぱり仕事熱心だねって言われたと泣きつくレイノルド
どんな内容を書いたか聞いて呆れるライル
唐突過ぎだ!
鈍いシエルには伝わらなかった…
その後の諸々について触れてます!
ここまでお付き合いくださり誠にありがとうございました
感謝です…
また新しい作品を書いたらのぞいてみてください
シエルたちのその後は…想像にお任せします




