116.水難3
廊下を進むとそこは居間で、タフとタツキにサナエが座っていた。
彼を見てみんなが苦しそうな顔をする。
タフが彼を見て
「獅子族…王族だな?」
彼は頷く。そうなのか?
「何があった?」
彼はポツポツと自分の身に起きたことを話す。彼もまた被害者なのか?ならば誰を恨めばいい?シエルを、シエルが…。拳を握りしめた。
全て聞き終わると
「その薬は?」
首を振る。
「何が…?」
起きたことを聞いた彼は絶句した。それはそうだろう。漁師は5人、亡くなった。シェリルの意識は戻ったが、まだ魔力が戻らず起き上がれない。
そして、シエルは目を覚まさない。そばにラビとあーちゃんが寄り添っている。ケガは治っているのに…。
「わ、私は何ということを…」
「お前もまた意に添わず翻弄されたのだな」
タフの言葉がポロリと落ちた。
誰もが目覚めないシエルを想い、やるせない気持ちを持て余していた。
だから俺は自然と温もりを求めた。
「俺は役得…」
「こんな時なのに…」
「こんな時だからこそ、だよ?大丈夫、俺にもたれて」
バーキンはそんな俺を受け止めて寄り添ってくれた。多分、単なる役得だから、ではなく。
*****
その後のことはなんていうか、起きたことは分かるのに実感がない。精神体だからか、理由は不明だ。
ただ、スイレンの希望は叶えられて…私はスイレンの腕の中で目を瞑った。
こんな事になるなんて…ね。予想もしなかったけど、まぁある意味これで良かったのかも。不思議な気分でスイレンに寄り添う。
精神体なのに実体があるみたいな感じで、ちゃんと食事も食べられる。スイレンに触れればその体温も感じる。
ほんと謎。まぁ、今起きてること自体が非現実的だから、今更か。
時々、スイレンが龍の姿になって湖を泳ぐ。私のその背に乗せて。なんていうか、息が出来る。不思議。きれいな水中を眺めながら、魚になった気分で泳ぐ。もっとも私は乗ってるだけ。お得だ。
そんな風に散歩したり、スイレンと寄り添って寝たり…どれくらいそうしていたのか。
やがてスイレンが
『しばらく祈りに入る故、ここで待ってろ』
私はスイレンがいなければ湖で溺れてしまうだろうし。大人しく待つしかない。
食料はちゃんとある。
精神体だからか、ポーチもなくて服もスイレンのものを着ている。ふわっとした着物風の前合わせで、帯はサッシュみたいに体の前でリボン結び。
動くとシャラリと涼しげな音がする。これもスイレンの魔力で織った魔力布。肌触りがいい。下着はなんとふんどし風のおパンツ。すーすーするのでちょっと苦手。
『恥ずかしがる年でもあるまい』
それは別の意味で恥ずかしいんだよ。いい年してふんどし。誰得よ?
『我得だな!』
…違いない。
スイレンが祈りに向かってからどれくらいか。ここは時間の感覚が無い。しかも実体の様な精神体。時間はより曖昧だ。こちらの10日があちらの1日としても、体感ではすでに2ヶ月ほど。60日だから6日か。
起きない私を心配してるだろうな…。と思うけど、スイレンが戻るまでは出来ることもない。
せいぜいが
『ここにあるものは好きにして良いぞ!』
と言われたから、キラキラ光る石みたいなものを集めて亜空間に入れた。
ここは水中にある宮殿で、その周りは大きな膜で覆われている。膜の中にはそこかしこにそのキラキラが落ちている。湖の水がスイレンの魔力で結晶化したものらしい。
巷では水龍の涙と呼ばれていてとても貴重。せっせと保管した。
この膜にあたると自然と結晶化する。膜自体がスイレンの魔力だからだって。で、そこらに散らばっている。
スイレンはそのカケラを食べる。ボリボリと。自分の魔力を還元してるんだって。食べなくてもいいけど、邪魔だから食べてる、と。
欲しいと言えば是非!と言われて回収してる。
退屈かと思うかもしれないけど、水の中を眺めてるだけで楽しい。お魚が近くに来ては去って行く。1人で水中散歩だ。安全安心な。体から離れてる時点で安心安全かは分からないけど、少なくとも精神体は大丈夫だ。
『安心せい。離れたからとても戻れなくはならん』
とはスイレン談だ。信じるしかない。
そうして結構な時間が経った頃、スイレンが戻って来た。その背中に小さな龍を乗せて。
そうか、願いは叶ったんだね…。
『戻ったぞ!』
「お帰り、その子?」
『そうだ。この湖の次代の守護龍だ』
スイレンはそろそろ次世代にここを任せなくてはならない。それは寿命によるものだとか。
だから、番を探していた。水龍の番は同じくらいの魔力を必要とする。そうしないと相手が壊れてしまうから。そして、スイレンの願いは叶い…次代が生まれるのを見届けた。
赤ちゃん龍はそれでも私より遥かに大きい。3mくらいか。私に寄り添って
『きゅう!』
抱きつかれた。知らない人が見たら驚くだろう。全身私に巻き付いてるからね。力はかけてなくて寄り添ってるだけ。そのツルツルした鱗はまだ柔らかい。
こらこら、咥えないよ!頭ごと齧りつかれた。甘噛みだけどね?
しばらくは赤ちゃん龍、スイランと名付けられた龍とスイレンと過ごし、スイランに教えるべきことを教え込んだ後、スイレンは
『さらばだ、シエルも。生まれ変わったらまた相見えよう!』
その姿は立派な水龍の姿で、私の頭にキスをして…やがて崩れる様に消えた。私の手に沢山の大きな鱗を残して。意識が…あぁ戻るんだね、体に。
『きゅうきゅう!』
スイランが何か言ってる。もう瞼が重くて…
「スイラン、また逢えたら…私、は…」
そこで意識が途絶えた。
*****
家の中は重苦しい空気が充満していた。それに耐えられず、庭に出る。湖は今日も穏やかだ。
なんとはなしに、見ていると水中から一筋の光が溢れ出し…やがて空高く昇って行った。
あれは水龍…?
幻の様な透けた姿で…空へ空へと昇って行って、やがて見えなくなると一際大きな光が降り注いだ。
そうか、代替わりしたのか。納得した。
ならば…。
俺は急いでシエルの眠る部屋に向かった。
水龍が暴れ回ってからすでに1ヶ月。
シエルはまだ目覚めない。衰弱するでもなく、ただ目覚めない。もちろん生きている。不思議と体は硬くならず、不潔にもならず。ただ眠ってるみたいで、目が覚めない。
魔力が回復したシェリルが見ても原因は不明だった。
「精神が体から抜けている様だ」
シェリルとタフは食事や風呂の時以外、シエルのそばから離れなかった。
あの獅子族の若者はこの家にいる。町の方から王宮に連絡を取り、従者と護衛が駆けつけた。しかし王宮には戻らず、ここにいる。
理由は彼が呪いを受けたから。そして王宮は危険だから。
魔女がいるここは、彼にとって安全。そう判断された。シェリルは異を唱えなかった。
王宮からは相応の費用が出され、料理人や世話人がやって来て賑やかになった。
シエルの世話は誰にも任せず、というか誰にも会わせなかった。
で、俺は予感がしてシエルの部屋に入る。
タフとシェリルがベットに横たわるシエルを見つめている。俺もベットに駆け寄り、その手を握る。
ピクッ
指先が動いた。顔を見ればまぶたがふるっと震え長いまつ毛がわずかに揺れた。
「シーちゃん…」
「シエル…」
「う、ん…」
握った手は確かにしっかりと握り返された。シエル…。
その瞼が開く。何度か瞬きをしてゆっくりとその銀色の目が見えた。光の加減でほんのりと青く見えるその目は、とてもとてもきれいだった。
「シーちゃん!俺が分かるか?」
「シエル、シエル…」
タフが両手でシエルの頬を挟んで目の前に顔を出す。
「近い、よ…タフ」
「シーちゃん!!」
ガバリと抱きしめた。
「ぐえっ…」
凄い声が聞こえた。タフが加減なしでぎゅうぎゅう抱きしめている。
慌てて引き剥がす。何故か抵抗されたから
「シエルが潰れるぞ!」
と言ったらやっと離れた。
シエルはタフの頬を指で拭う。
「ただいま…お父さん」
タフは流れる涙を隠そうともせず
「お帰り。こ、こんな爆走娘を持ったら大変だ。でも、ここはシエルの帰る場所だから…。もう心配、かけ、るな…」
号泣した。あまりにも自然に言われた「お父さん」に、流石のタフも堪えられなかった様だ。
「シエル…わ、私は」
腕を上げてシェリルの頭をふわりと抱いた。
「魔力は、大丈夫…?ケガは、しなかった?」
目が覚めて聞くのがそれなのか…。全くどこまでおかん目線なんだ。
「うぅ…そんなことより、シエルが…」
言葉にならず、やっぱり号泣だ。
(私っては罪な女ね…)
(ごふっ、おい。目が覚めていうのがそれかよ!)
(めんごめんご。レイキにも心配かけたね)
(…当たり前だ!俺たちは離れちゃダメなんだぞ!!)
(分かってるよ…だから帰って来た。沢山、話したい)
(あぁ、そのなんだ。目の色が変わったこととか、な)
(えっ?そうなの!)
(気が付いてないのか?)
(鏡なかったし?)
(…)
漸く、タフとシェリルが体を起こすとシエルの手が俺を引っ張る。そして頭を抱えられた。シエルの指が俺の頬を撫でる。
あれ?俺は何で泣いてるんだ…。
そうか、怖かったんだ。シエルを失うことが。まるで半身をもぎ取られるような痛みを感じていたんだ。
ぐっ、ぐすっ…良かった、シエル。本当に…。
目が覚めると温かい。ハッとして腕の中を見ればシエルだ。うわぁ、アレか。泣きながら寝たのか、俺は。
恥ずかしい。でもその温もりを手放したくなくて、また目を瞑った。唇にふにゅりをした感触。シエルが寝ぼけて顔を寄せていた。おい、寝ぼけてキスするか?
*読んでくださる皆さんにお願いです*
面白い、続きが読みたいと思って貰えましたらいいね、やブックマーク、↓の☆から評価をよろしくお願いします♪
評価は任意ですが…もらえるととっても嬉しいです!
モチベーションになりますのでどうぞよろしくお願いします♪




