小宇宙
そこは宇宙だった。彼女が紡いだ幾千もの星が泳ぐ宇宙であった。彼女は私に向き合い、百面相しながらも自身のことを的確に伝え続けてくれた。彼女から紡がれる言葉はかたく結びつきあい、重く沈んでいた。ゆっくりと沈む中で彼女の意思をついだかのようにキラキラと光を見せながら星に変わっていくのだ。私はその瞬間がたまらなく心地よかった。生まれてからこれまでの間、飽くことなく彼女に注意を傾けた。そんな彼女を支えるのは、ただ一つの月である。彼女は月に導かれ、歩き、話し、時に深く考え込む。苦悩に苛まれた時でさえ月だけは彼女の味方であった。彼女にとって、月は全てであった。月は彼女に合わせながら姿形を変えるが、ひとときも彼女から離れることはない。二つは共同体であった。
あくる日、彼女の小宇宙は問題を抱えていた。星が飽和状態であったのだ。絶え間なく生み出される星たちは行き場をなくし溢れかえっていた。一つの隙間もなく敷き詰められた星に彼女はひどく苛まれたいた。星を生み出す場所がないことを嘆くようになった。また、一つ一つの星が輝きを失いつつあった。明るく爛々と光っていた一等星でさえくすみ始めていた。彼女は星を生み出す速度を抑えながら、古い星の選別を始めた。私も協力しながら二人がかりで進めていた。無数にある星を選別し切るなど無謀に思えたが、私たちには選択肢がなかった。必死で星の選別をした。しかし彼女は日に日に焦りが隠せていなかった。私が選別しその数を減らす間にも、以前よりも質の悪い星を生み出すようになった。ろくに選別もできていない。彼女は限界だった。それもそうだ、彼女は誰よりも星を愛していたのに、その手で捨てるなど無理があったのだ。さらに、彼女が生み出す星は、とうとう濁り黒く光り始めた。私は星を生むのをやめるよう何度も何度も説得した。私は前のような星を愛していたのだ。どこか暖かさの残る光が好きだった。そしてそんな輝く星を愛していた彼女が質の悪い星にのめり込む姿が見ていられなかった。それでも彼女はやめなかった。濁った星をうみだしながら、すっかりくすんでしまった星たちを抱き抱えていた。そうしてついに星の選別さえやめてしまった。彼女はおかしくなってしまった。
小宇宙が手のつけようもなくなった頃、他の惑星から通信が入った。星の手放し方についてだった。私はすぐに飛びついた。それは太陽を呼び出すということだった。太陽で星を全て溶かし、海にかえ、暖かな草原にするという可能性を示唆された。何度もその方法を頭に叩き込み一人で思案した。たくさんの可能性があり、うまくいく保証はなかった。ただ、私は以前の彼女の暖かさを、ただ純粋な愛情を取り戻したかった。確かに彼女の星や小宇宙が姿を変えてしまうのは惜しかった。彼女のまとう小宇宙の空気がとても好きだったからだ。しかし、彼女が死んでしまうのは時間の問題だった。彼女の意思は海となり草木となり、暖かな太陽となり残るのなら、ゆっくりでも彼女を取り戻せるだろう。それが私の考えだった。私は彼女に全て話し、太陽を呼ぼうと提案した。彼女はそこから何ヶ月も考えた。一人で考え、時に私に話しながらゆっくりと考えた。彼女も心の底ではこの小宇宙の行く末を危惧していたようだった。私の愛した場所を、彼女もまた愛していた。散々二人で悩んだ結果、太陽を呼ぶことにした。
私は意を決して太陽をよんだ。必死で頭に叩き込んだ方法をしっかりなぞらえ、正しい手順を踏んだ。そうして太陽を呼ぶことに成功した。私たちはほっとし、互いの顔を見て微笑んだ。次の瞬間、あたりは眩い光に包まれ目を開くことができなかった。とても眩しく何が起きてるのかわからない。かなりの時間が経ってようやく光に目が慣れた頃、ゆっくりと目を開くとあたりには何もなかった。星は蒸発し、そらは陽炎で揺らいでいる。いくつもの太陽が、ただ笑みを讃えていた。私は嫌な予感がした。考えるより先に走り出していた。彼女を探すためである。まずそらを見た。彼女を絶えず照らしていた月を探した。やっと見つけた月はその神秘さを失いながら燃えていた。かなり燃えてしまって小さくなっており、灰が降り注いでいた。私は月を目じるしに彼女の元へ走った。息切れも足の痛みも無視して走った。涙が溢れて視界が曇るが、月だけは見逃さなかった。彼女の元へ辿り着いた時、月を何度も確認した。もう月は見えなかった。月がさし示していた足元には黒ずんだ灰が積もっていた。私はただ立ち尽くし言葉を失った。状況を飲み込むのを拒んでいた。しばらくしてゆっくりとしゃがみ込みその灰を手にとった。その灰は確かに黒ずんでいたが、まだキラキラとしていた。あの空気を纏っていた。私はそこでようやく泣いた。大きな声をあげ一人泣いた。彼女は、いない。
太陽は全てを焼き尽くした後、消えてなくなった。小宇宙は焼け野原となり、彼女の愛したものは何も残らなかった。彼女もまた、残らなかった。私はこの燃え殻になった小宇宙に取り残されていた。あの笑みが、いつまでも脳裏に焼き付いている。