表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽師と葬儀屋  作者: 樋口快晴
鈴の付喪神と葬儀屋
8/11

8話

 電車が止まり、駅の前で待っていてくれた迎えの人と共に甲府支部へと向かう。そこで、私達は応接室に通されて歓迎を受けていた。


 「いやあ、(わたくし)市川(いちかわ)家の三男、市川芳樹(いちかわよしき)と申します」


 身なりは整っている。礼儀も正しく案内も丁寧。だけど、どこか下手(したて)に感じるその男と向かい合って座っていた。


 「どうも、氏神岬(うじがみみさき)と申します、よろしくお願いします」


 「ささ、こちらにある物はお好きにお食べください」


 何も言わずにお菓子に手を付けた湖夏(こなつ)さんはどうやら黙っているつもりのようだ。私も有名なお菓子を前に興味が湧き、一つ手に取ってみる。


 「それにしても、かの有名な氏神家のお方をお招きすることが出来るとは、是非とも家に自慢したいですな、ははははは」 


 「ありがとうございます、それで……」


 「これはどのような家柄でも共通する思いかもしれませんが、私が市川家も氏神家のように長く続きますようにという思いがありまして……」


 「ええっと」


 「氏神家と言えば優秀な術師が多く排出されていると聞きますし、岬様のお名前も(わたくし)も何度も聞いております。(わたくし)も家の子供をそのような優秀な術師に育ててやりたいのですが、氏神家では何か特殊な事でもしていらっしゃるのですか?」


 私に話しかけているはずなのに、何か答えようとするとすぐに遮られてしまってかなり居心地が悪く感じる。

 更に、質問ばかりしているのは彼の方なのに、その内容はやたらと氏神家を褒めるようなものと、自分の家の事ばかり。私には質問というより、焦っていて、私に何かを聞かせたいというように感じた。


 そうか、彼の名前の市川家は今回の一件で討伐を担当した一族だったという記憶がある。それで、仕事に対して不適切な対応をした罰を陰陽連から受ける前に、家の存続と力を失わないために私に協力して貰おうとしているのだろう。


 真実かは分からないが、自分でもこんな無理矢理割り込む形で私情の為に動いていることに罪悪感を感じて、どうすればいいのか分からなくなって焦って用意していた事を喋り倒している、という流れ程度ならば私でも簡単に想像がつく。


 「それは……」


 「ああ、勿論お聞かせ願えるのでしたら話せる範囲だけでもいいので、どうか一言だけでも!ああ、そうでしたね、こんな所で聞くようなお話でもございませ……」


 私達氏神家が協力しないことは彼も分かっているのだろう。でも、せめてどうにか先延ばしにできないかと悪足掻きをしているのだろう。

 彼にも守る人がいて、その人のためにこんな事を仕掛けてきたのだろう。

 けれど、私も譲れない物のためにここにきているのだ。


 「市川さん、お話は伺いました。貴方が件の付喪神(つくもがみ)の討伐に向かった術師だと」


 これまでやたらと饒舌(じょうぜつ)に身の上話を続けていた彼だが、急に体が凍ったように固まる。


 私が思っていたよりかは彼も考えていたのかもしれない。ただ、焦って準備だけが先行して相手の事を考えていない、という焦り方でも無い様な、自分の事を聞かせるための相手に喋らせない話術(わじゅつ)だったのかもしれない。彼の態度や表情から読み取れる程度の情報だけだが、何か喋るよりも先に、出来る限りの身の上話をして同情を誘いたかったように思えて来た事から、次第にその考えが私の中で大きくなっていった。

 確かに、いくら当主と言えども私は18の少女でしかなく、大人たちと比べれば経験も浅く情に流されやすいと判断するのも納得できる。


 「貴方にも言い分があると思いますし、色々と理由があるでしょうが、私は市川家の減刑に口を出すことはありません」


 震える口元に、少しだけ気の毒に思えてくるが私が此処で引くわけにもいかない。


 そのまま、何かを言葉にしようとして何も音が出ないまま口を動かした後に、ようやく一言出てきたようだ。


 「や、やだなあ、そんな事を……そんな事は、無いですよ」


 「どれほど同情を引こうとしても儀式は先延ばしに出来ませんし、その間に出来る時間で事態が好転するかもしれないというだけの理由では私は残念ながら止まりません」


 「うう、仕方ないんだ、わたくしにも愛する息子が、家族がいるんだ……家族のために出来る事があるならと思って……」


  すると、今度は目に涙を浮かべて泣き落としに入った。全く、大の大人が高々18の少女にそんな重いモノを背負わせようとしないで欲しい。

 それでも、私が此処で折れることはあり得ない。私だって氏神という一族の歴史を背負っているのだから。


 「たかが小娘と侮っているのかもしれませんが、私が当代の氏神の当主です。私には私の果たすべき役割があり、貴方にはあなたの仕事があるはずです。そして、それは少なくとも、此処で私に向かって泣くことではないと思いますが」


 氏神家が大きな影響を与えることはよく理解している。これまでの各家との付き合いもあり、今回のように一言手伝ってほしいと伝えるだけでも、これだけの協力をしてくれる程なのだから。そんな氏神が陰陽連(おんみょうれん)の管轄に口を出すわけにはいかない。それをしないことで、これだけの年月を積み重ね、本来の目的のみに注視(ちゅうし)してきたのだから。


 「…………ごもっともです、(わたくし)がどうかしておりました」


 目元には泣いた跡が付いているし、その顔には私に対して思う所が一つ二つあると書いてあるが、それでも前に進もうという意思はある。先程までの彼は、全てを悪い方向に考えているようで、見ていられなかったというのに凄い変わりようである。


 この仕事をしていると、それなりに情緒が不安定な人を見かけるのだが、人間、何がきっかけで変わるか分からない物で、ふとした何気ない一言でもその人にとっては大きな一言である事も多く、憑き物が落ちたかのようにスッキリした人を何人か見たことがある。もしかすれば、私の言葉の何かが刺さったのだろうか。


 「まだ、諦めたわけではありませんが、まずは(わたくし)に任せられた仕事を(こな)さなければ……このように諭されるまで、そんな事すら分からなくなっていたとは、こうなってしまうのも当然でしょうか。少々頭を冷やしてまいります、時間になればお呼びいたしますので、お待ちください」


 「私は、陰陽連の事も大人の仕事もよく知りませんが、少なくともミスをして誤魔化す人よりも、ミスをしてからその失態を取り戻そうと真面目に働くような人の方が好ましいと考えます」


 別に私が絶対に正しいと思っている訳でも無いけれど、ここで私が正しいと思った事を伝えるべきだと思ったから、そう伝えた。

 彼はそれ以上言葉を紡ぐことなく出て行った。




 部屋には静寂が訪れるかと思ったが、どうやら湖夏さんには市川さんの話に何か思う所があったらしい。


 「どいつもこいつも、誰かに押し付けてばっかりで自分で何とかしようとは思わないの?」


 いや、どうやら思ったより頭に来ているらしい。湖夏さんは大体、不機嫌そうだし、色んな人を見下しているけどあまり怒らない。それでも、何かあると無表情になって静かに、それでいて燃え滾る激情を身に纏う。この時の湖夏さんは触れぬが仏の状態になる。

 私へと矛先が変わらないように大人しく嵐が過ぎ去るのを待つだけである。


 「鈴もあの陰陽師も、後始末ばかり人に押し付けて……こっちの気持ちも知らずに」


 下手に口を出したら私まで責められそう……ここは黙ってやり過ごそうかな。あ、こっちのお菓子も美味しい。


 「はあ、また岬は呑気にだらしなく頬を緩めて……緊張感がないのかしら」


 「いやいや、湖夏さんも食べたならわかるでしょ?甘いものは別なの」


 「分からなくもないけれど……」


 そう言って、お菓子を一つ口の中に放り込むと、トゲトゲしていた空気が柔らかくなっていくのを感じる。

 どうやら、今回はあっさり機嫌が収まったみたいだ。やはりお菓子なのだろうか?

 私も今度から良いとこのお菓子を準備しておいて、湖夏さんの機嫌が悪くなったらあげようかな。

 そんなことを考えていると、まるで餌付けしようとしているみたいだ。


 「最近の学校はどう?」


 「ん、特に変わったこともないよ。それに、気になるなら湖夏さんも来ればいいのに」


 「最初は普通に通うつもりだったんだけどね……」


 お菓子を食べて、お茶を飲んで雑談に花を咲かせる。

 妖怪だけで集まって宴会が行われた事、道端で四葉のクローバーを見つけた事、南の方で陰陽師の大討伐が行われた事。普段の学校でするような会話とは全く内容も違うけれど、これはこれで楽しい気分になる。

 それに、湖夏さんとこうして話していると、思っていたより私自身が話すことが好きなのかもしれないと気付いた。普段はあまり自分から話したりしないけれど、偶には自分から話すのも良いかもしれない。


 そして、そう時間が経たない内にドアがノックされた。


 「失礼します、会合の準備が整いましたので、ご案内します」


 「分かりました」


 再びやって来た市川さんは、今度は私情を挟もうともせず、ただ与えられた役割通りの仕事を熟そうそうとしていた。その内容は、ただ私たちを呼びに来て案内するだけという物ではあったが、それだけでも確かな落ち着きを感じられた。


 私達

 彼の目はまだ少し腫れているけれど、態々そこに突っ込む人もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ