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陰陽師と葬儀屋  作者: 樋口快晴
鈴の付喪神と葬儀屋
5/11

5話

 「ふーん。岬からねえ……」


 「はい、その通りです。我々はただ、氏神家当主からの要請に答えただけで、断じて他意はなく……」


 「まあ、いいわ。どうせ信用できないし、後で藤原の爺に問い合わせるわ」


 「無いとは思うけど、岬に何か余計な口を滑らしていたりしないわよね?」


 「…………」


 「え?あるの?詳しく話しなさい」


 「ええと、こういうことが……」


 「それで、岬はそれだけしか言わなかったの?」


 「え、ええ。まあ」


 「……今日のところは見逃してあげるわ。次はないから、そのつもりでいなさい


 なんだかよくわからないけれど、見逃されたらしい。こんなに怖い番人もいるし、岬さんも怖いし、今日はもう疲れた。陰陽連に着いたら早退しよう、そうしよう……。


 もう、これ以上氏神家には関わらないようにしよう、そう心に決めた水沢課長であった。


 後日、氏神家からお礼のメッセージが届き、そこには水沢が丁寧で紳士的で対応も分かりやすかったという旨の事が書かれており、その事が原因で氏神家の窓口になるのは、もう少し先の話である。




 「ただいま」


 「おかえり、湖夏さん。夕飯の準備はもう少し待ってね、先に片付けしちゃうね」


 湖夏さんが帰ってきてくれたのは嬉しいけれど、今帰ってこられるとちょっと困っちゃう。湖夏さんは綺麗好きだし、散らかっているとすぐ片付けるように怒るから。


 「……ほら、さっさと全部片づけるわよ。私はこっちの障子を戻していくから、岬は掃除道具を片付けていきなさい」


 「えー?でも、まだ大部屋の掃除も途中だし、後ですぐ出来るように隅っこの方に……」


 「…………」


「わ、わかった、わかった。また休日にでもやるから」


 なんだか今日の湖夏さんはいつもより優しい気がして、ついつい甘えてみたけど、やっぱりいつもの湖夏さんだった。でも、いつもなら帰ってきて開口一番にネチネチと文句を言ってくるのに、今日は口調も優しいし、何か言うわけでも無く、目線で訴えて来た事から何かあったのかもしれない。


 「いや、私が今度やっておくわ」


 「え、どうしたの、本当に何かあったの?」


 まるで心外だと言わんばかりに溜息をつく湖夏さん。そこまで普段の私って厳しかったかしら?と思い返してみれば、思ったより厳しく接していたな、とか考えていそうな顔をしている。


 「別に何もないわ。いつも岬は頑張っているから、偶には手伝ってあげようかと思った私の善意に何か文句でもあるのかしら?」


 ホント、こういうところがあるから、湖夏さんにはついつい甘えてしまうのだ。

 いつもは厳しくて、気を抜いていると叱責が飛んでくることもあるけれど、時折、とても優しい目で私を見ていることがあるのだ。


 「えへへ、湖夏さん」


 「もう、今度は何かしら?」


 「ん~なんでもない!」


 「はあ?いいからさっさと手を動かしなさい」


 「はーい」


 優しい目の湖夏さんは、こうして何もないのに呼び掛けると、私を見てくれて、その目を見せてくれる。それが堪らなく好きで、ついついまた甘えてしまう。

 表情も、雰囲気も口調も面倒だと全身で表しているのに、心の中の優しさが目にだけ現れているのが、なんとも湖夏さんらしくて微笑ましい。

 今日は陰陽連の大人たちとお話しをしたし、ちゃんと氏神家として恥じない姿を見せるようにと肩ひじを張っていたからこそ、こうした何気ない空間に癒される。


 だが、片付けが終わってしまうと、この時間が終わってしまうような気がして、なんとかもう少し、もう少しだけ引き延ばせないかなとも思ってしまった。


 「湖夏さん、湖夏さん」


 ごめんなさい、湖夏さん。今日だけ、今日だけだから。明日からはしっかりするから。


 「……今度は何かあるんでしょうね?」


 「うん、夕飯は何がいいかなって」


 だから、今だけはもう少し私を見ていて欲しいな、なんて。


 「いつも私に聞くけれど、偶には岬が食べたいものでも作ったらどう?」


 「じゃあ、きつねうどん!」


 「はあ、それも私の好物じゃないの。いいわ、折角なら飛び切り美味しいのを頼むわ」


 こんなに気を抜けるのは、きっとここだけなのだろう。そんな事を取り留めもなく考えながら、私は夕飯の支度を始めた。

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