新聞部ムツ、手紙の「謎」を無愛想系幼馴染みに見せびらかす!
ムツこと矢那瀬睦美は新聞部の元幽霊部員である。
帰宅部同然の一年を過ごしていた彼女だったが、三年生の引退を期に状況は一転。
新部長の方針で週に一度は部活に参加する事になってしまった。
元々数合わせで入部しただけの彼女に出来る事などタカが知れている。
期待されてないのを良い事に、ムツは今日も冷やかし半分で新聞部の扉を開いた。
「お疲れさまーっす……って、ありゃ? ミズっちだけ? 珍しー」
「おー矢那瀬。今日は来たんか」
部室には副部長で同級生の水谷忠志しかおらず、数少ない他の部員達は全員出払っているようだ。
「『今日は』に棘ない? つーかミズっちは何してんの?」
水谷はスマホを片手に険しい顔をしており、とても記事を書いているようには見えない。
ムツはドカリと近くの椅子に座ると何を書くでもなく水谷に絡み始めた。
「皆は取材とか?」
「まぁな。俺は資料整理だ」
スマホを置いた彼が机上の書類に手を伸ばした時だった。
置いたばかりのスマホが点灯し、小さく二回震えた。
どうやら電話ではなくメッセージの着信のようだ。
彼は僅かに動きを止めるとすぐにウンザリとした様子で再びスマホを手にした。
「どしたー? 嫌な連絡でもしてたの?」
「あー……まぁそんなトコ」
「え、なんかガチで嫌そうじゃん。大丈夫?」
無遠慮に繰り出されるムツの質問に、彼はやや迷いながらも口を開く。
「実は最近、父さんの弟が家に来ててさ。事情はよく分かんねーけど、今行く宛がないらしいんだわ」
「へぇ、なんか珍しい話だねぇ。叔父さんの事情はミズっちの親も知らないの?」
「さぁな。子供に教えたくねー事情があるから誤魔化してんのか、本当に知らないのかは分からねぇ。じーちゃんもばーちゃんももう居ないし……それより問題なのは、その叔父さんがウザ過ぎるって事なんだよ」
水谷はそう吐き捨てると、先程届いたメッセージを確認して顔を顰めた。
「その人もういい歳したオッサンなのに、中身も見た目も嫌に若作りっつーか……とにかく痛いんだよ。口を開けば女の話か昔のモテ自慢。あとはちょいワル自慢とマウントばっかで煩いったらねぇんだ」
「ひー、高校生相手にマウントはキッツいねぇ。無視出来ないの?」
「一応親戚だし、同じ家に住んでるとなると完全無視ってのは難しいな。一応距離はとってるけど、毎日暇だからか今みたいに何度もメッセージ送って来るんだよ」
ほら、とスマホを向けられ、ムツは反射的に画面を覗き込む。
そこには見慣れたメッセージアプリが起動されており、一方的に文章やスタンプが送られ続けているのが見て取れた。
「あ、既読無視はしてるんだ?」
「授業中とか関係なく送ってくるからな。向こうも既読無視は気にしてないみたいだし」
水谷の指が適当にメッセージを遡る。
内容はチラッと見えただけでもしょうもない物ばかりだというのが分かった。
やれ「冷蔵庫のアイス(アイスの絵文字)食っちゃった☆」だの「パチ屋(スロットの絵文字)で若い女(女性の絵文字)が隣に来た(笑顔とハートの絵文字)」だの──
かなりどうでもいい話ばかりである。
「いや~、これが送られ続けるのは確かにウザいわ。しかも全部コテコテなおじさん構文だし」
「だろ? 親も似たような文だけどさ。意味なく連絡してこない分、ストレスはねぇんだよな」
単語の合間合間に挟まれる絵文字がくどくて読みにくい。
何より、内容の低レベルさと品のなさが嫌悪感に拍車をかけていた。
「ん? 何この画像。『生足、おすそ分け』?……げ、キモっ!」
一見するとただ道路を撮っただけの画像だが、画面の端にもの凄いミニスカートの女性が映り込んでいる。
反射的に仰け反るムツに、水谷は慌ててスクロールする手を早めた。
「わ、悪ぃ。変なもん見せた!」
「いや、悪いのはこの叔父さんだけどね。盗撮、駄目、絶対!」
「はぁ……このおっさん、いつも俺の事を女っ気ねぇってバカにして来るんだよなぁ」
画像を削除した彼は、この際だからと他にも変な画像が無いか本格的に遡る事にしたようだ。
手持ち無沙汰な事もあり、ムツも一緒になって彼のスマホを覗き続ける。
「ねね、ミズっち。今のって何? どういう意味?」
「……俺に聞くな」
「あ~、了解了解。早速今晩、お茶の間凍らせてみるわ」
「いややめろマジで」
時折挟まれる下ネタや競馬場の画像、汚い食べかけの食べ物の画像などから、相手の趣向や大雑把さが理解できる。
ふいにそれまでとは毛色の違う画像が写し出され、水谷とムツはほぼ同時に反応した。
「何それ、手紙の写真?」
「あぁ、これか……」
彼はいかにも嫌そうな顔で画像を拡大する。
そこには薄桃色の便箋に綺麗な文字で書かれた手紙が写されており、ムツは直感で女性が書いた物だと感じた。
「先週だったかな。叔父さんがまたモテ自慢してきてさ。俺の事『ラブレターなんて貰った事ないだろー』って煽ってきたんだよ。……まぁ事実だけどな」
「今どきラブレターとか珍しくない? 私も貰った事ないけど元気に生きてるからへーきへーき」
「お、おぅ……でもそん時俺、すげームカついてさ。つい『言うだけならタダですよね』って言い返しちゃったんだよ」
「へー、やるじゃん」
言われっぱなしより良いと頷くムツだったが、水谷は苦々しくスマホに目を落としたままだ。
「その後部屋に籠もってたら、この画像が送られてきたって訳だ」
「? どれどれ」
ムツは改めてしっかりと文面を目で追った。
──虎哲さんへ
お疲れ様です。いつもお世話になっております。
しばらくお会いしていませんが、お元気ですか? 何度かお電話したのですが繋がらなかったので筆を取りました。
たいへんなご苦労をされたそうで、その後いかがお過ごしでしょうか。さして何もできず、心配するだけだった事が悔やまれます。
いまでも私の気持ちは変わってません。留守電にもメッセージを残したのですが、何ぶん不慣れなもので……
しっかり録音出来てなかったのではと不安になったので改めてお伝えします。友人の一人として、虎哲さんのご多幸をお祈りしております。
てがみなんて古臭いと笑われるかもしれませんね(笑) 出来る事なら直接お伝えしたかったです。
いまだこちらの生活は落ち着きませんが、近々お会いできたら嬉しいです。また飲みに行きましょうね。
まえに一緒に行った日本酒の美味しいお店を予約しておきます。ぬるめの熱燗、お好きでしたよね?
すぐにでも本当はお会いしたいのですが……仕事が一段落したら、またご連絡します。
なつこ──
長い上に回りくどい文面で要領を得ない。
ムツは怪訝な顔でスマホを水谷に返した。
「虎哲さんって叔父さんの事? つーかさ、これラブレターじゃなくね?『友人の一人として』って書いてあるじゃん」
ただの勘違い男かと呆れるムツだったが、水谷は「俺もそう言ったんだけどさ」と首を振る。
「そこでまた叔父さんにバカにされたよ。『お前は縦読みも知らないのか。これだから無知なお子様は』ってさ」
「はぁ? 縦読みぃ?」
その知識くらいはある。
ムツは再度スマホを受け取ると、睨みつけるように手紙を読み直した。
「えーと、文章の頭は『お』……『し』……あっ!」
──お し た い し て い ま す
「『お慕いしています』かぁ、なるほど~って、いや遠回しっ!」
一瞬だけ納得したムツは大袈裟に突っ込んだ。
「無いわー。このなつこって人の見る目の無さもだけどさぁ。悪いけどこの告白の仕方も正直無いわー」
「だよな。俺も分かった時は引いたし」
手紙の主が居ないのを良い事に、二人の感想は容赦がない。
ムツはふと、彼の叔父の「虎哲」という名前の字面から別の人物を思い出した。
ムツの幼馴染みの一人、虎之助である。
当然、同じ「虎」でも性格はまるで違う。
こちらの「虎」は硬派で口が悪く、ぶっきらぼうだが頼れる兄貴肌な男なのだ。
ムツの心に理由のないイタズラ心が湧く。
「ね、ね。もし良かったらその画像くれない? 他に流さないからさー」
「は? 俺は別に構わねぇけど、こんなん何に使うんだよ」
首を傾げながらも彼はすぐに画像をムツに送信する。
嬉々として画像を受け取った彼女は悪どい笑みを浮かべた。
「いやぁ、トラに見せて縦読みに気付くか試してやろうと思ってさ」
「トラって、B組の針ヶ谷か。何でだ?」
「ふっふーん。あのスカシが気付かなかったら、私と同レベルって事でしょ? 弄り倒してやるんだー」
「それはつまり俺も矢那瀬と同レベルって事かよ……」
ガックリと項垂れる水谷も存外失礼な男である。
ムツは頬を膨らませつつ、来たる幼馴染みへの煽りチャンスに胸を踊らせた。
そしてその機会は翌朝に訪れた。
ムツが家を出た瞬間、道の先に見慣れた後ろ姿が見えたのだ。
あの背の高い黒髪ツンツン頭は紛う事なき幼馴染みの虎之助である。
猪の如き勢いで駆け寄る彼女を半身で躱し、虎之助は思いきり眉間に皺を寄せた。
「んーだよ、朝っぱらから」
「おはよートラ! 突然だけどこの手紙を読んでおくれ! そして感想よろ!」
彼女の突然の思いつきや奇行は今に始まった事ではない。
慣れとは恐ろしいもので、虎之助は欠伸をしながらスマホを受け取った。
「っとに、朝にそのテンションはキツいっつの。…………で、この虎哲となつこって誰だよ」
「最近ミズっちの家で居候してる叔父さんと、その知り合い的な? 私もよく知らん! そんな事より何か気付かない?」
妙にソワソワするムツの意図が読めず、虎之助は奇妙な生物を見る目でスマホをつき返した。
「何かって言われても……水谷の叔父さんがヤベェ女に目ぇつけられてんなーって事くらいしか分かんねぇよ」
「は? え……まさかトラ、もうラブレターの秘密に気付いちゃったの?」
流石にザッと一読しただけで縦読みに気付かれるのは予想外である。
がっかりするムツを尻目に、虎之助は「あ?」と片眉を上げた。
「何だ、お前答え知らねーでこのクイズ出してきたのかよ」
「? 答えならラブレターでしょ。ほら、行の頭の縦読みで……」
ムツがもう一度画像を見せようとすれば、スマホはあっさりと虎之助に奪われてしまう。
むくれるムツに構わず、彼は小さく呟いた。
「死ぬまで許さない」
「ヒェ、私が何をした」
「ちっげーよ。この手紙に書いてある事だアホ」
頭に軽い手刀が落とされるも、ムツの脳内には疑問符が浮かぶばかりである。
まるで理解していない彼女に痺れを切らし、虎之助は面倒臭そうに画像を見つめた。
「確かに、段落の頭を縦読みすると『おしたいしています』になる。わざとらしく『今』や『手紙』みたいな簡単な単語を平仮名で書いて気付き易くする辺り、恋文だと思わせる事が狙いだろうな」
「ほうほう。で、さっきの物騒なセリフは何よ?」
その「わざとらしさ」に初見で気付けなかった事には触れず、ムツは話の続きを促す。
虎之助は「少しは自分で考えろ」と呆れながらも解説を続けた。
「この手紙、文章が二文ごとに改行されているのに違和感あるだろ」
「あぁ、確かに。でも癖なんじゃないの? もしくは縦読みに使えない文章だから後ろにひっ付けただけとか」
試しに後者の文頭で縦読みをしてみたが文章にはならない。
「ほら、二文目を足して縦読みしても『お』『い』『し』『何』『た』……意味不明じゃん。二文目の頭文字だけでも『い』『何』『さ』『留』……で文にならんし」
ぶぅぶぅと文句を垂れるムツを押し退け、虎之助はムツに合わせていた歩みを少しだけ早めた。
「縦読みは縦読みでも、下からだ。二文目のな」
「ニブンメ……シタカラ……?」
何故か片言になりつつ、ムツは再度画像を見つめる。
「歩きスマホすんな」との尤もな叱りを受けつつ、ムツは虎之助の背中にスマホを当てながら文章を読み直した。
「えーと、『いつも』『何度か』『さして』の一文字目の逆だから……」
──い 何 さ 留 友 出 ま ぬ 仕
──仕 ぬ ま 出 友 留 さ 何 い
──し ぬ ま で ゆ る さ な い
「うげ」
ようやく「死ぬまで許さない」の一文に辿り着き、ムツはゾッとしながら画面を閉じた。
ムツが理解した事を察した虎之助が雑に背中を払う。
「分かったら離れろ、うぜぇ」
「うい、あざす!」
ムツが事故らないように庇っていた辺り、素直とは程遠い性格である。
無言の気遣いをからかうでもなく、ムツは難しい顔で虎之助を見上げた。
「で、どうしよ? ミズっち、この叔父さんの事めちゃ嫌ってるんだけどさ。やっぱ伝えるべき?」
「知るかよ。別に『殺してやる』みたいな脅迫文じゃねぇんだし、そこまで気にする事はねぇと思うがな」
「そう? でも怖くない?」
一度気付いてしまったら気味の悪い怪文書にしか思えない。
昨日とは別の意味でドン引きするムツに、虎之助はにべもなく吐き捨てた。
「大体、本気で何かする気ならこんな犯行予告めいた手紙なんざ送らねぇだろ。もし相手にバレたら警戒されるし、いざという時の証拠になるからな」
「言われてみれば確かに!」
「大方、『伝わらなくても良い、もしくは相手に気付かれたくないがどうしても伝えたい』っていう自己顕示欲の表れだろうな。勿論『決意表明』的な例外もあるだろうが……」
「なるほど、『言わずにはいられない』って事かね? なんかトラが心理学者みたいな事言うの似合わなすぎてウケるー」
「うるせぇよ。とにかく、どうしても気になるなら水谷に伝えりゃ良い。本人に伝えるかどうかの判断はムツじゃなくて水谷が決める事だろ」
確かに虎之助の言う事は尤もである。
ムツが改めて礼を言うも、まともな返事は無かった。
いつもの事である。
ちなみにこの日、水谷は学校を欠席しており会えずじまいであった。
手紙の件は内容が内容だけに放っておく気にもなれず、ムツは水谷に虎之助が見つけた縦読みの解説メッセージを送信する。
既読は数時間後に付いたが返事は無かった。
◇
返事があったのは翌朝になってからである。
放課後に話したいという水谷の申し出を受け、ムツは部室の戸を開いた。
活動日ではない為、水谷しかいない。
彼はどこか憔悴した様子で着席しており、ムツが入室すると同時に話しだした。
「昨日は返事しなくて悪かったな。実は矢那瀬と話した日の夜、叔父さんが家の通帳と印鑑を盗もうとしたみたいで、気付いた父さんと大喧嘩してさ」
「ヒドッ! 気付けて良かったねぇ」
「まぁな。他にも色々あったし、流石に両親ブチ切れで、昨日正式に叔父さんを家から追い出したんだ」
「うわぁ……そりゃ返事する余裕なんて無いっしょ。全然気にすんなし」
ムツの明るい返しも虚しく水谷の表情は浮かない。
「俺だけじゃなく弟と妹も叔父さんに迷惑してたみたいでさ。そういう意味でもかなり問題になっちまって……」
「あらら。でも困ってる事はちゃんと親に伝えて対処して貰うべきだし、結果としては良かったんじゃないの?」
「ハハ……だな。確かに昨日は家が荒れて大変だったけど、今後の事を考えたらこれで良かったと思うよ。暫くは逆恨みが怖いけどな」
遠い目をする水谷の表情が不安を物語っている。
逆恨みをするような人間が身近にいた事がないムツにとっては未知の心境だろう。
「えぇと……何かあったら警察に相談だねぇ」
「家でもそうしようって決めたよ。もうあの人を親戚と思うなってさ」
そう言いながらも、やはりまだ気持ちの整理はつかないらしい。
眉を下げる水谷の肩を軽く叩き、ムツはポケットから取り出した飴を彼に差し出した。
◇
その数週間後。
ムツはテレビのニュースを見てひっくり返る程驚く事となる。
『昨夜未明、異臭がすると近所からの通報を受けた所、アパートの一室で胸から血を流して亡くなっている水谷虎哲さん(43)が発見されました。
その部屋の住人で水谷さんの同棲相手である藤之宮奈津子さん(37)に事情聴取をした所、「自分が刺した」との供述を……』
「……マジでか」
同姓同名の他人とは思い難い。
女性がどんな思いで手紙を書いたのか。
女性がどんな思いで彼と同棲したのか。
もし被害者が水谷家に居候を続けていたらどうなっていたのか。
そもそも、被害者は女性に何をしたのか──
ムツには知る術などなかった。
<あとがき>
お読み頂きありがとうございます。
本作は小説家になろう公式企画「春の推理2024」の参加作品です。
また、ムツは「新聞部ムツシリーズ」の主人公でもあります。
今回はもう一人の幼馴染みは欠席です。
余談ですが、水谷の叔父は作中に書かれている以上に悪い事をしてました。
(水谷家の皆さんの財布から小金を盗んだり、水谷妹さんに性的犯罪行為(未遂)をしてたり、物を勝手に売ったり)
ただの同級生であるムツに、そこまで詳細は語らないよなぁ……と思ったのでカットした次第です。
人に恨まれる事はしちゃ駄目ですね。
最後までお付き合い下さり誠にありがとうございました!