本当のヨナ
「でしたら、これからわたくしとどこかへ行ってしまいましょうか?」
そう言うと、マルグリットは悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「どこか……ですか?」
「ええ」
「で、でも、マルグリット様は今日のパーティーに参加するためにここに来られたんですよね? それなら……」
「フフ、元々は今日の祝賀会はヨナに再び出逢えるかもと思って、お父様についてきただけですもの。別にそれに参加したいわけではありませんわ」
遠慮するヨナはおずおずと尋ねるが、マルグリットは笑顔でそう答えた。
「で、でも、それだったらどこへ……」
「わたくし、ヨナと再会できたら一緒に行ってみたかった場所がありますの。だから、そこにしましょう」
「一緒に行ってみたかった場所、ですか……?」
「ええ! あなたがわたくしに奇跡を見せてくれた、あの場所……ハーゲンベルク領のあの南西の丘ですわ!」
マルグリットが提案した場所は、意外にも飛蝗の大群を焼き尽くした、あの緑の丘だった。
「それにヨナでしたら、どんなに遠く離れた場所でも魔法であっという間に連れて行ってくださるでしょう?」
その綺麗な顔を鼻が触れそうになるほど近づけ、ヨナの顔を覗き込むマルグリット。
至近距離から真紅の瞳で見つめられたヨナの顔は、みるみるうちに赤くなっていく。
「わわ、分かりました! あの丘に行きましょう!」
「ありがとうございますわ!」
「わわわわわ!?」
照れや緊張、他にも色々な感情が押し寄せてきて勢いのまま了承したヨナだったが、マルグリットに満面の笑みを浮かべて抱きつかれ、もう顔どころか耳や首まで真っ赤になってしまった。
マルグリットもマルグリットで、無邪気を装ってヨナに抱きついたものの、本当は恥ずかしさと緊張で心臓が速く高鳴っている。想い人を逃がさないために、小さな少女は必死に頑張っているのだ。
「じゃ、じゃあ行きますね!」
ヨナは床に人差し指を向けて魔法陣を描くと、二人はハーゲンベルク領の南西の丘へと転移した。
そこには。
「うわあああ……!」
辺り一面に黄金色に輝く小麦畑が広がっており、ヨナは思わず感嘆の声を漏らした。
「この景色を、ヨナに見せたかったの……あなたの起こした奇跡が、この目の前の小麦たちを守ってくれたんですわ……」
隣に立つマルグリットが、風でなびくホワイトブロンドの髪を耳にかけ、優しく微笑む。
いつしかヨナは、黄金色の小麦畑ではなくマルグリットに目を奪われていた。
「あら……わたくしの顔に、何かついてまして?」
「っ!? いいい、いえ!」
視線に気づきマルグリットが尋ねると、ヨナは慌てて誤魔化すようにかぶりを振る。
まさか彼女に見惚れていたとは、恥ずかしくて口が裂けても言えない。
「フフ、変なヨナ」
マルグリットはくすり、と笑い、ヨナの肩に頬を寄せた。
彼女の温もりが心地よく、ヨナも肩を寄せる。
「その……答えづらいのなら答えなくても構いませんわ。だけど、どうしてヨナは祝賀会への参加が嫌だったんですの?」
最初は、聞かないでおこうと思った。
でも……それでも、マルグリットは尋ねる。
彼が何に苦しんでいるのかは分からないけど、少しでも力になりたいと思ったから。
「あ、あはは……きっと、聞いても面白くないと思いますよ」
ヨナは頭を掻き、苦笑する。
そのオニキスの瞳に、寂しさと悲しみを湛えて。
だけど、ヨナはマルグリットになら話してもいいんじゃないかと思った。
こんな自分を受け入れてくれた、マルグリットだからこそ。
「構いませんわ。わたくしはヨナのことなら、なんでも知りたい……」
真紅の瞳を潤ませ、マルグリットはヨナを見つめる。
その表情は慈愛を湛え、それでいて凛とした心の強さが窺えた。
「本当に、馬鹿でくだらない話なんです……」
ヨナはゆっくりと口を開き、語り始める。
生来不器用で普通の人ならできるようなことも満足にできず、生家ではずっと出来損ないの役立たずだと蔑まれ続けてきたこと。
たくさん頑張ってきたけど自分のことを見てくれる人が誰一人としておらず、人前では気にしていないように振る舞っていながらも一人ぼっちで泣いていたこと。
それでも、いつか見てくれるんじゃないかと心のどこかで信じていた父や家族に、はっきりと見限られてしまったこと。
そして……そんな家を飛び出して、旅をして一人だけで生きていこう、と。
「ヨナ……あなた……」
「はい。僕の名前はヨナ……ヨナタン=ゲーアハルト=ラングハイム。ラングハイム公爵家の長男でした」
ヨナの本当の名前を聞き、マルグリットは両手で口元を押さえる。
ラングハイム家からは二か月前に縁談を申し込まれた。
相手は次期後継者のジークバルト=クラウス=ラングハイム。……つまり、ヨナの弟。
「その父や家族も、きっと祝賀会に参加しているはず。だから僕は……逃げたんです。会いたくなくて、もうこれ以上傷つけられたくなくて……っ」
ヨナの肩が、小さく震える。
きっと彼はこれまで、たくさんのつらい思いをしてきたのだろう。マルグリットはそれを思い、心を鷲づかみされたように苦しくなった。
「だから、本当の僕はこんなにも情けなくて、弱い人間なんです。僕は……僕は……っ」
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