大切な女性からのいけないお誘い
「ヨ……ヨナ、なんですの……?」
ぶつかった相手は、ヨナのことを初めて見てくれて、初めて褒めてくれた、誰よりも大切な女性――マルグリット=ハーゲンベルクだった。
「あ……マ、マルグリット、様……」
パトリシアに強引に誘われたということもあるが、最初は拒んでいたヨナが帝都に行くことを決めた一番の理由は、ひょっとしたらマルグリットに再び逢えるかもしれないから。
大切な女性との再会を果たしたというのに、心の底から嬉しいはずなのに、ヨナは思うように言葉が出ない。
でも、そんなことを構っていられない事態が起きる。
「あ……あああああ……っ!」
「っ!? マルグリット様!?」
堰を切ったように、真紅の瞳から大粒の涙を零し始めるマルグリット。
彼女はずっと想い続けていた。
ツヴェルクの街で出逢い、尊敬する父を、領地を、自分の心を救ってくれたヨナを。
儚くも美しいオニキスの瞳を持つ、この世界中の誰よりも素敵な男の子を。
でも彼は、マルグリットの前から消えてしまった。
お別れの言葉を交わすことも、させてもらえないままに。
そんなヨナが、今、目の前にいる。
「ヨナ……ヨナ……逢いたかった……逢いたかったですわ……っ」
「あ……」
ヨナの胸に飛び込み、泣きじゃくるマルグリット。
どうしていいか分からず困惑するヨナだが、これだけは言える。
マルグリットと別れてから二か月。
彼女はいなくなってしまった自分のことを、こんなにも想ってくれていたのだということを。
出来損ないの役立たずと言われ続けてきた自分を、こんなにも想っていてくれたのだということを。
「その……ぼ、僕も、逢いたかったです……っ」
余命一年しかないからと諦めずっと心に蓋をし続けてきたヨナ。
それが今、シャツに染み渡るマルグリットの熱い涙によってこじ開けられる。
「ううう……うわあああああああああ……っ」
気づけばヨナはマルグリットを抱きしめ、彼女と同じように泣きじゃくっていた。
本当はこんなことをしてはいけない。あと九か月すれば死んでしまう。だから、今すぐ彼女の前から消えなければいけない。
そんな思いが頭の中を駆け巡るが、ヨナは抗えない。抗うことができない。
こんなにも自分のことを大切に想い、涙を零してくれるマルグリットの、優しい温もりを知ってしまったから。
ヨナはもう……この温もりを手放せない。
◇
「……それで、どうして急にいなくなってしまったんですの?」
「…………………………」
ようやく泣き止んだヨナだったが、皇宮の廊下の真ん中で、同じく泣き止んだマルグリットによって尋問を受けていた。
当然、正座した状態で。
「べ、別に寂しかったわけではありませんわよ? でも、それでもわたくしとヨナは、その……大切なこ……友達じゃありませんこと?」
勢いに任せて『恋人』だと言いそうになり、マルグリットは慌てて言い直す。
もちろん、あわよくば将来はヨナと結婚したいと考えていた彼女。既にその想いは、父であるハーゲンベルク公爵にも伝えてある。
なら、まずすべきことはヨナとの婚約。
放っておけば目の前の男の子は、あの時のように何も言わずに去りかねないのだ。少しでも逃げられないように退路を塞がなければならない。
だというのに、この期に及んで日和ってしまったマルグリット。
彼女の心の中はどうしてそんなことをしてしまったのかと、後悔の波が押し寄せていた。
一方で。
「え、えへへ……」
正座で尋問を受けているにもかかわらず、嬉しそうにはにかむヨナ。
自分のことを大切な存在だと言ってくれた、示してくれたマルグリットに、喜びを隠すことができなかった。
「も、もう! 聞いてますの?」
「あ……も、もちろんです! でも、えへへ……」
どうしても顔が綻んでしまうヨナ。
もっとヨナに詰め寄りたいマルグリットだったが、こんな表情を見せられてしまっては何も言えなくなってしまい、逆に頬を赤らめてしまう。
「ほ、本当にヨナは、ずるいですわ……」
「そ、そんなことないですよ?」
「いいえ! ヨナはずるい! ……だから、わたくしのことをエスコートしてくださいまし」
目的こそヨナに出逢えるかもしれないという淡い期待で出席したマルグリットだが、本来の目的はパトリシアの白い竜討伐の祝賀会。なら、男性が女性をエスコートするのが礼儀というもの。
それ以上に、今日という日をヨナと過ごしたい。マルグリットは、頬を染めて右手を差し出す……のだが。
「そ、その……」
そう……ヨナは祝賀会の場から逃げ出したからここにいるのだ。
かつて父と呼んだ、ラングハイム公爵と会いたくなくて。
だから、本当は繋ぎたいその手を、ヨナは繋ぐことができない。
すると。
「え……?」
「フフ、ひょっとしてヨナは、パーティーが嫌いですのね」
なぜヨナが祝賀会を嫌がるのか、その理由は分からない。
でもマルグリットは、ヨナの悲しそうな表情を見てすぐに理解した。
パーティーではなくそれ以上の何かが、愛するヨナを苦しめているのだと。
だから少しでもヨナが元気になれるようにと、彼女は優しく抱きしめる。
こんなことでいつものヨナに戻ってくれるか、それは分からない。
それでもマルグリットは、抱きしめずにはいられなかった。
どうかヨナの悲しみが、救われてくれますように、と。
そして。
「でしたら、これからわたくしとどこかへ行ってしまいましょうか?」
そう言うと、マルグリットは悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
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