定期診察
「む……ヨナ、どこへ行くのだ?」
パトリシアの客人として皇宮に滞在して、今日で一週間。
革の鞄を手にしたヨナを目敏く見つけ、パトリシアが尋ねた。
「あ、あはは、ちょっと外の空気でも吸いに行こうかと……」
「もう夜だぞ? こんな時間にどこに行くというのだ」
基本的に細かいことは気にしないが、ちょっとした異変には聡いパトリシア。
普段と違うヨナの様子を嗅ぎ取ったのだろう。これも『白銀の剣姫』として鍛え続けた、危機察知能力の賜物といえる。
「……まさかとは思うが、私に内緒でここを出て行こうなどと考えているのではないだろうな」
「っ!? ま、まさか!」
パトリシアの指摘に、ヨナは慌てて否定した。
ヨナにはまだそんな気はないが、これまでマルグリットやアウロラ、プリシラ、それにティタンシアには別れを告げずに去った。その事実があるのでヨナは居たたまれなくなり、思わず挙動不審になってしまう。
「怪しい……」
「ほ、本当ですから!」
じと、とした目で見つめるパトリシアに、ヨナが必死になって弁明する。
嘘ではないが、それでも目的の場所を彼女に知られたくはない。とにかくヨナは、信じてもらうために訴えていると。
「ぷ……ふふ! 分かった分かった。だがもう時間も遅いのだから、早く帰ってくるのだぞ」
「は、はい!」
一生懸命に話すヨナを見て可愛くなってしまい、パトリシアは吹き出して笑いつつ外出を了承する。やはり彼女は、ヨナにはどうしても甘くなってしまうようだ。
もしこんな彼女の姿を帝国軍の騎士や兵士達が見たら、きっと彼等は目を丸くするに違いない。
「では、行ってきます!」
「ああ、気をつけてな」
ヨナは床に魔法陣を描き、転移する。
行き先は、もちろんギュンターの診療所前。
そう……今日で前回の診察からちょうど一か月経った。
「やあヨナ、待っていたよ」
「ギュンター先生!」
まるで見計らったかのように扉を開けて現れたギュンターに、ヨナは驚きつつもすぐに顔を綻ばせる。
「では、早速診察を始めよう。服を脱いで」
「は、はい」
診察室の椅子に座り、ヨナが服を脱いだ。
いつものこととはいえ、もし予想外に病状が悪化していたらどうしようと、ヨナはやはり不安で一杯になる。
「うん……うん……」
ギュンターは丁寧にヨナの心臓の音を聞いたり脈を取ったり、流れるように診察をしていく。
真剣な様子の彼を見つめ、ヨナは緊張から唾を飲んだ。
「ふう……」
「その、どうでしたか……?」
「可もなく不可もなく、だね」
そう言うと、ギュンターが眉根を寄せてかぶりを振った。
つまり、ヨナの身体は順調に悪化の一途を辿っているということに他ならない。
「それで……妖精の森に行くことはできたかい?」
前回の診察時に一縷の望みに賭けてヨナに依頼した、妖精王から『魔力過多』の治療法について聞き出すこと。
この一か月もギュンターはヨナの治療法について研究を続けてきたが、やはり打開策を一切見つけることができなかった。
「あ、そ、そうでした」
ヨナは思い出したかのように革の鞄を開け、小さな布袋を取り出す。
「これは?」
「妖精達がくれた『妖精の粉』です」
オーブエルン公国にある漆黒の森で出逢った、妖精王オベロン。
彼が『スヴァルトアルヴ』を救ったお礼として、ヨナに贈った『妖精の粉』。これがあれば、ヨナの痛みや苦しみを大幅に和らげることができる。
「妖精王のオベロンさんが言うには、これだけで一年分あるそうです」
「そうか……」
残念ながらヨナの治療法を見つけることはできなかったが、ヨナを苦しみから救うことができるのは非常にありがたい。
何せギュンターは、今回の診察結果を受け薬をどう処方しようかと頭を悩ませていたのだから。
というのも、今の彼の医療技術ではヨナを蝕んでいる痛みを、これ以上和らげることは不可能だったからだ。
ギュンターはヨナから『妖精の粉』の入った布袋を受け取ると。
「……任せてくれ。きっと私が、君の病気を治してみせる」
これは、ギュンターの覚悟と決意。
目の前の小さな少年が手に入れてくれた『妖精の粉』という奇跡の代物を、蜘蛛の糸よりも細い可能性を手繰り寄せて救う手立てを見つけることができるのは自分しかいないのだと、強く信じて。
「はい……どうかよろしくお願いします」
ヨナは居住まいを正し、深くお辞儀をする。
ヨナはこの弱々しく今にも消えてしまいそうな命を、ずっと前からギュンターに預けてある。
なら、あとは信じるだけ。
「おっと、話が長くなってしまったね。それじゃ向こうの部屋に移動して、また聞かせてくれないか? 妖精王オベロンの話も含め、今回の君の冒険譚を」
「はい!」
今日のためにギュンターが用意した、特製の蜂蜜入りのお茶と甘いお菓子。
それらに舌鼓を打ちながら、ヨナとギュンターは楽しい夜のひと時を過ごした。
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