英雄は、一週間後にやってくる
「よくぞまいった。我が娘パトリシア、そして……英雄ヨナよ」
「「っ!?」」
玉座に腰かけるカール皇帝の言葉に、ヨナとパトリシアは息を呑む。
なぜヨナが、英雄などと呼ばれているのか、と。
「ヨナの活躍は、『人魔対戦』の英雄である『沈黙の射手』クィリンドラ殿より聞き及んでおる。長年の悲願であった魔王軍幹部の一人、『渇望』のザリチュを打ち倒したことを。そしてパトリシアよ、此度のお主の白き竜の討伐も、まさにかつての勇者や英雄に匹敵する功績である」
「は……はっ……」
「は、はい……」
カール皇帝がヨナのことを知っているのはクィリンドラの仕業であることを知り、傅き顔を伏せたままのヨナは複雑な表情を浮かべる。
ヨナより前の位置で跪いているパトリシアもまた、事態に追いつけずぐるぐると思考を巡らせていた。
ヨナの実力を考えれば、魔王軍幹部を倒すことなど容易いことは分かる。とはいえ、英雄クィリンドラと面識があり、パトリシアと出逢うまでにそのような偉業を成し遂げているとは思いもよらなかったのだ。
ただ。
「陛下。お言葉ではございますが、さすがにそれはあり得ないかと存じます」
「む……どういうことだ?」
「はい。私は白竜リンドヴルム討伐の遠征の中で彼……ヨナと出逢い、共に過ごしました。頭の回転も速く将来有望な少年であることは認めますが、魔王軍幹部を倒すような、そのような力を到底持っているとは思えません。少なくとも今の彼は、英雄と呼ぶには至らないかと」
パトリシアは、あえてヨナが英雄などではないと訴える。
彼女の見た限り、カール皇帝はまだヨナの実力について半信半疑の様子。ならば、ここまでヨナを連れてきた自分なら、それを否定することができると判断したのだ。
もしヨナの実力を目の前のカール皇帝が知れば、きっと彼は帝国に利用されてしまう。
大切な友人であり弟のように可愛いヨナを、そんな薄汚い思惑に晒してたまるか、と。
「ふむ……傍におったパトリシアがそう言うのならば、そういうことなのかもしれぬな」
「はい。……ですが、クィリンドラ様もお戯れが過ぎます。一歩間違えれば国策を見誤ってしまうおそれがありました。帝国として、クィリンドラ様に厳重に抗議したほうがよろしいかと」
クィリンドラがどういう意図でヨナのことをカール皇帝に告げたのかは分からないが、いずれにせよパトリシアは釘を刺すことにした。
帝国として正式に抗議すれば、ヨナの功績は誤りなのだと聞いた人々は認識するだろうし、クィリンドラが今後ヨナのことを言いふらしても、信じる者もいなくなると踏んで。
「分かった。パトリシアの言を聞き入れ、クィリンドラ殿には帝国として抗議するとしよう。そうだな……」
カール皇帝は顎髭に手を当て、思案する仕草を見せる。
だがその表情は、明らかに何かを企んでいることを思わせた。
「早ければ一週間後にはクィリンドラ殿がこの皇宮にやって来る。その時はパトリシア、お主が余の代理として抗議をするのだ」
「っ!?」
やはり予想していたとおり、カール皇帝がそのようなことを宣った。
優れた為政者であることはパトリシアも認識しているが、それでも時折、こうやって人を試すかのような真似をする。
とはいえ。
「かしこまりました。このパトリシア、皇帝陛下の命により英雄クィリンドラ様に名代として抗議いたします」
クィリンドラに対して思うところがある彼女としては望むところ。パトリシアは快く引き受けた。
「うむ。ではパトリシアと英雄……ではないのだったな。客人ヨナよ、旅の疲れを癒すがよい」
「お心遣い、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
カール皇帝は立ち上がると、数人の供と護衛の騎士団長を連れて謁見の間を出る。
その傍らには。
「…………………………」
「フン」
どこか失望したような表情を浮かべてヨナを見る者と、パトリシアを一瞥し鼻を鳴らす者。
皇太子のレオナルドと、第二皇子のヴォルフだった。
「……ヨナ、私達も出よう」
「は、はい」
パトリシアと一緒に謁見の間を出て向かった先は、彼女の部屋だった。
「そ、その、ありがとうございます」
部屋に入るなり、ヨナは深々とお辞儀をする。
もちろん、『ヨナは英雄ではない』とカール皇帝に進言してくれたことについて。
「気にすることはない。それより、クィリンドラ様は何を考えてヨナのことを陛下に話したのか……」
「あ、あはは……」
憤りを見せるパトリシアに、ヨナは苦笑する。
長として『アルヴ』達をまとめ上げるクィリンドラは責任感が強く、少なくとも恩を仇で返すような人物ではないことをヨナは知っている。
でも、あえてクィリンドラはカール皇帝に自分の情報を流した。
クィリンドラの目的が知りたいのは、ヨナも同じだった。
「まあとにかく、陛下がクィリンドラ様は一週間後に皇宮に来るとおっしゃっていた。ならそれまで、私達は待つとしよう」
「はい……」
クィリンドラと、一週間後に再会する。
ヨナは窓の外を眺め、彼女ではなく彼女の娘……大切な人の一人、ティタンシアに思いを馳せた。
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