英雄帰還の報
「……報告は以上です」
「ふむ……」
エストライア帝国皇宮の謁見の間。
皇帝、カール=フランツ=フォン=エストライアは頬杖をつき、軽く息を吐いた。
五百年前の『人魔対戦』の英雄、『沈黙の射手』クィリンドラより聞かされた、魔王軍幹部『渇望』のザリチュを討ったとされるヨナという名の少年。
帝国内及び西方諸国各地に配置している諜報員に命じ、少年ヨナの捜索に当たらせてみたものの、特に進展はない。
「レオナルドよ。そのヨナという少年、そこまで必要か?」
勇者や英雄でさえ困難を極める魔王軍幹部を倒したヨナ。
その真偽は定かではないが、もし本当であれば対魔王軍残党の戦力として大いに期待できる。
もちろん、魔王軍残党を討伐した後も。
だが、エストライア帝国は西方諸国でも最大規模の版図を誇る強国。一人の英雄に頼る必要をさほど感じてはいなかった。
何より帝国には、魔王軍残党との戦いの中で培った、魔導具の技術がある。
帝国南部において魔王軍幹部『背教』のタローマティ率いる魔王軍残党と互角に渡り合っているのは、偏に魔導具によるところが大きい。
なら、クィリンドラがあれほどもてはやした少年ヨナも、帝国にとって重要視する必要があるのかと、カール皇帝は疑問に思っていたのだ。
「おそれながら陛下、たった一人で魔王軍幹部に相対することができるということは、少なくとも帝国最大火力を誇る魔導具『神の裁き』十基に匹敵すると思われます。たった一人で拠点攻略が可能であることを考えると、決して侮れないかと」
カール皇帝の前で跪き、流暢に答えるレオナルド。
彼が皇帝に進言し、ヨナを帝国に引き入れようとする理由……それは、英雄クィリンドラに貸しを作るために他ならない。
そもそも少年に過ぎないヨナという者が魔王軍幹部を倒すなど、最初から信じてはいなかった。
それよりも、カール皇帝が敬意を払う五百年前の英雄達に恩を売ることで、まだ盤石とはいえない後継者争いにおいて優位に進めようと画策したのだ。
すると。
「お待ちください皇帝陛下。たとえクィリンドラ様の要請もあるとはいえ、たかが子供にそこまでする必要があるのでしょうか」
「む……」
二人の会話に割って入ったのは、精悍な顔つきをした第二皇子のヴォルフだった。
「兄上が申し上げたとおり、『神の裁き』十基程度の価値しかないのであれば、あまり意味はありません。そんなことにかまけている暇があるのであれば、少しでも魔導具を量産し、南部のランベルク公爵に支援を送るべきです」
ヴォルフもカール皇帝と同様、少年にすぎないヨナに少しも期待していない。
それよりも、帝国の戦の要となるのは魔導具。こちらに注力を注ぐべきという考えだった。
いずれ帝国の、さらなる版図拡大を見据えて。
「待て。何度も言っているが、魔導具の生産には莫大な金と人員が必要。それに優れた魔法使いもな。簡単にできるものではないことは、お前も分かっているはずだ」
「そうでしょうか。皇帝陛下の名において私腹を肥やす貴族達から費用を徴収すれば可能では? それに魔法使いについても『魔塔』の連中を従えれば、いくらでも確保できますが」
ヴォルフが告げた『魔塔』とは、ベネディア王国よりさらに西の中央海沿岸にある中立都市“フロランス”にある、魔法使いの研究施設である。
ここには西方諸国の各国の魔法使いが集まり、日々魔法の研究に明け暮れていた。
かねてよりヴォルフはこのフロランスに注目しており、軍事利用のために帝国の支配下に置くべきと進言しているが、カール皇帝は首を縦に振ることはない。
なぜなら。
「何度も言っているであろう。フロランスはあくまでも中立の立場にある。たとえエストライア帝国であっても、手出しはできん。それに、『魔塔』は中立を貫いているからこそ発展を遂げ、帝国の魔法使いもその恩恵を受けて魔導具を開発できたのだ。いい加減理解しろ」
「……はっ」
カール皇帝にたしなめられ、ヴォルフはすぐさま首を垂れる。
だが苦虫を噛み潰したようなその表情を隠し切ることができず、それを見たカール皇帝は溜息を吐いた。
「いずれにせよレオナルドよ、引き続き少年ヨナの捜索に当たるのだ」
「はっ!」
ヴォルフを見やった後、レオナルドもまた首を垂れる。
どこか勝ち誇った笑みを湛えて。
その時。
「失礼します」
「何だ?」
謁見の間に現れたのは、宰相の“エクムント=ハッシャー”。
その手には一通の手紙を携えていた。
「カレリア王国に遠征中のパトリシア殿下より、バルディア山に棲む白い竜、リンドヴルムの討伐に成功したとの報告がありました」
「おお! 誠か!」
「はっ!」
思いがけない朗報に、カール皇帝は思わず玉座から立ち上がる。
伝説に名高い『二匹の竜の番』の片翼で。人間の身には到底敵わないと思われていた白い竜を討伐したのだ。カール皇帝のこのような反応も当然だった。
一方で、面白くないのはレオナルドとヴォルフ。
『白銀の剣姫』と呼ばれ帝国民の人気も高いパトリシアが白い竜の討伐を果たし、特にヴォルフに至っては同じ軍属であるにもかかわらず、妹にさらに水を開けられた格好をなった。
今でこそ立場上は元帥と将軍とパトリシアの上に立っているが、それも今回の功績によってどうなるか分からない。
いずれにせよ、パトリシアが帰還するまでに対策を講じる必要がある。
レオナルドとヴォルフは、今後について策をめぐらせていた。
「パトリシア殿下は帝国軍より先行し、帝国に帰還するとのこと。また、客分としてヨナという少年を伴うとのことで、丁重に迎えるよう準備をしておくようにとの通達がありました」
「ヨナだと!?」
「っ!?」
真偽のほどは定かではないが、パトリシアの客分として同行しているヨナという名前の少年。
まさかこのような偶然までもが重なるとは思いもよらず、カール皇帝はますます顔を綻ばせる。
逆にレオナルドは、顔を伏せながらこれ以上ないほど顔を歪める。
当然だ。せっかくクィリンドラに恩を売り、あわよくば自分の支援者に引き込もうと考えていた思惑が、頓挫してしまったのだから。
よりによって、『白銀の剣姫』パトリシアによって。
「よし! 白き竜を倒した英雄パトリシアと、少年ヨナを迎え入れる準備を速やかに整えよ! クィリンドラ殿に英雄の帰還を伝えるのだ!」
「ははっ!」
カール皇帝の命を受け、ハッシャー宰相をはじめ謁見の間にいる者達が動き出す。
レオナルドとヴォルフも、少しでも自分の立場が優位になるように手を打つため、急ぎ退室した。
そして、英雄帰還の報は帝国貴族達にも大々的に伝えられる。
その中には。
「マルグリット! ヨナが帝国に帰ってくるぞ!」
「! 本当ですか! ヨナが……っ!」
ヨナとの再会の時を想い、咲き誇るような笑顔を見せるマルグリットも。
「ヨナ……本当に、貴様だというのか……っ」
報告の書簡を握りつぶし、複雑な表情を見せるラングハイム公爵も。
まもなく、エストライア帝国で様々な運命と思惑が交錯する。
――かつて家族から役立たずの出来損ないと呼ばれた、英雄ヨナを中心として。
お読みいただき、ありがとうございました!
これで第四章は全て終わり、次回から第五章!
ヨナがいよいよ帝国に帰還します!
マルグリットやハーゲンベルク侯爵、それにラングハイム公爵との邂逅でヨナはどうなるのか?
ティタンシアは? カルロは? 双子の侍女は?
どうぞお楽しみに!
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