白い竜の大切な友達③
『ごめんね……ごめんね……っ』
地面に横たわるラウリの亡骸の前で、ぼくは涙を零して何度も謝罪する。
ぼくが焦って詰め寄ったりしなければ、彼が崖から落ちたりすることなんてなかった。
ぼくがもっと早く前脚を伸ばしていれば、彼をつかむことができたのに。
全部……全部ぼくのせいだ。
『ラウリ……ラウリ……』
血に塗れたラウリを前脚に優しく乗せ、ぼくは彼の名をささやく。
初めてできた、たった一人の人間の友達。
彼は崖下へと落ちていく中でも、ぼくを見て微笑んでくれた。
ぼくのことを『いつまでも友達』だって言ってくれた。
こんなにも愛おしい彼は、もうこの世にいない。
でも。
『ラウリ……ずっと……ずっと友達でいようね……?』
ぼくは前脚の上のラウリにゆっくりと顔を近づける。
絶対に、離れたりしないように。
永遠に、守り続けるために。
だから。
――ぼくは、ラウリと一つになった。
『っ!?』
それと同時に、ぼくの中でどうしようもない衝動が込み上げてくる。
身体中が、一斉に叫び出したんだ。
『もっと寄越せ』、『この甘美な果実をもっと』って。
ぼくは許せなかった。
大切な友達とずっと一緒にいるために口にしたのに、ぼくの身体はそんな酷いことを叫び続け、全然言うことを聞いてくれないんだ。
でも、どうしても抗えなくて、苦しくて、悲しくて、切なくて、渇いて、狂おしくて。
ぼくは助けを求めるために、ファーヴニルのところに行った。
『っ!? リンドヴルム、お主……』
ぼくの口元を凝視し、彼女は呟く。
ラウリを口にしたんだし、元々ぼくの身体は白い、なら、血の赤が目立っていても当然だ。
『あー……ちょっとお腹が空いたから、獣をね……』
咄嗟に吐いた嘘。
分かっている。人間を食べることは、竜にとって禁忌だってことくらい。
それでもぼくは、ラウリと一緒になることを選んだ。
だからファーヴニルに助けを求めるなんて、おこがましいことも。
それからぼくはファーヴニルと袂を分かち、北の果てに引きこもった。
ぼくの中に湧き上がる渇望を、抑え込むために。
『人間を食らい尽くせ』と叫ぶ身体の誘惑に、抗うために。
そんなぼくの意思は、たった五年で無に帰した。
こうなると、残された手段はファーヴニルがぼくを止めてくれることだけ。
そのために彼女は、バルディア山でずっと待ち構えているのだから。
だけど……ファーヴニルでも飢えたぼくを止めることはできなかった。
僕は人間がたくさん住む街を見つけ、そして――。
――人間を、食らい尽くしてしまった。
◇
『嫌だ……嫌だよお……っ』
正気に戻ったぼくは、人間の街から遠く離れた森の中で頭を抱え、震えていた。
自分の犯した過ちが許せなくて。
取り返しのつかないことをしたぼくが、許せなくて。
なのにぼくは、そんな自分を止めることができない。
それに、唯一止めてくれると信じていたファーヴニルでも、ぼくを止めることができなかった。
このままぼくは、欲望の赴くままに人間を食べ続けてしまうんだ。
「グオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
ぼくは夜空に向かって叫ぶ。
誰かぼくを、殺してくれと。
これ以上大好きな人間を、食べさせないでくれと。
そんな願いが通じたのかな。
夜空の先から、黒い竜が……ファーヴニルが来てくれたんだ。
だからぼくは全力で煽ったよ。
こうすれば、ファーヴニルが怒りで躊躇なく殺してくれると思ったから。
こうすれば、ぼくの大切な同胞が苦しまなくて済むから。
それとファーヴニルは、三人の人間と一匹の魔獣を連れてきた。
小さな小さな子供が二人と、女の子が一人。それに白い狼も。
あの白い狼には見覚えがある。
ラウリが森の中で拾った、小さな狼の子供。あんなに大きく成長したんだね。
すると子供のうちの一人が、ぼくとファーヴニルが闘うための舞台を用意してくれた。
それはとても圧倒的で、竜であるぼくですら度肝を抜かれるほどすごくて。
もしファーヴニルがぼくを倒すことができなくても、あの子供ならそれができる。
そう確信したから、少しだけ心が軽くなった。
そして……ぼくとファーヴニルの闘いが始まった。
でも、やっぱりぼくのほうが強くて、このままだとファーヴニルは傷つき、倒れてしまう。
こんなことはしたくないけど、ぼくの身体がそれを拒否するんだ。
『甘美な果実の咀嚼を邪魔する者は、全て排除しろ』
まるでぼくに、そう言い聞かせるように。
だからぼくは、少しでもファーヴニルが奮起するように憎々しげに言ってやったんだ。
リンドヴルムという竜が、どれだけ悪い竜なのかを。
そうしたら。
「なあ……何とか言えよ。言ってくれよ。……おいらの父ちゃんを殺したって、どういうことなんだよおおおおおおッッッ!」
まさか彼がラウリの子供だなんて、思いもよらなかったよ。
そっか……ぼくが彼にあげた薬草で元気になって、ここまで大きくなったんだね。本当によかった。
ならなおさら、ぼくは派手に倒されないと。
少しでもラウリの子供の悲しみが癒えるように。
そんなぼくの思いが通じたのかな。
ファーヴニルの牙はぼくの喉笛を捉え、食いついて離さない。
さあ……あと少しだよ。
あと少しで、ぼくは君に倒される。
ぼくも力を振り絞り、ファーヴニルを持ち上げた。
どうする? このままだと、舞台の上に叩きつけられちゃうよ?
だから――最後の力を振り絞って。
「ガガガ、ガガッ!?」
ありがとう……。
これでぼくは、もう……人間を食べないで済むよ……。
◇
ファーヴニルが、ラウリの息子が、魔法使いの子供が、ラウリが拾った白い狼が、ぼくのことをじっと見つめている。
や、やだなあ……ぼくは悪い奴なんだから、そんな目で見ないでよ。
「ざ……ざまあみろ! おいらの父ちゃんを……父ちゃんを殺したから、こんな目に遭うんだッッッ!」
そうそう……そうやってぼくのことを憎んで、少しでも救われてよね……って、どうしてそんなに泣くのさ。
「リンドヴルム……教えてほしい。どうして君は、ヘンリクのお父さんを食べたの? どうして友達だったはずの人を、『裏切り者』なんて呼んだの……?」
魔法使いの子供も、嫌な質問するなあ。
そんなの、答えられるわけないじゃないか。
彼はずっとぼくのことを友達だって言ってくれたのに、勘違いして裏切ったのはぼくなんだから。
ラウリとずっと一緒にいたくて、食べちゃったんだから。
あ……そろそろお別れかな。
ファーヴニルはいつも偉そうに強がったりするけど、本当は寂しがり屋だからちょっと心配だな。
でも……ごめんね?
ぼくはもう、君の傍にいることができないんだ……って。
『私は、いつまでもリンドヴルムの友達です』
あ……。
あああ……。
あああああああああああああああああああ……っ。
ぼくの中のラウリが、言ってくれた。
今でもまだ、ぼくのことを友達だって……っ。
え……えへへ……嬉しい、なあ……。
ね……ラウリ……。
これからも、ずっとずっと一緒にいようね……。
だって――。
――ぼく達は、ずっと友達だから。
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