表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/138

白い竜の大切な友達③

『ごめんね……ごめんね……っ』


 地面に横たわるラウリの亡骸(なきがら)の前で、ぼくは涙を(こぼ)して何度も謝罪する。


 ぼくが焦って詰め寄ったりしなければ、彼が崖から落ちたりすることなんてなかった。

 ぼくがもっと早く前脚を伸ばしていれば、彼をつかむことができたのに。


 全部……全部ぼくのせいだ。


『ラウリ……ラウリ……』


 血に塗れたラウリを前脚に優しく乗せ、ぼくは彼の名をささやく。

 初めてできた、たった一人の人間の友達(・・)


 彼は崖下へと落ちていく中でも、ぼくを見て微笑んでくれた。

 ぼくのことを『いつまでも友達(・・)』だって言ってくれた。


 こんなにも愛おしい彼は、もうこの世にいない。


 でも。


『ラウリ……ずっと……ずっと友達(・・)でいようね……?』


 ぼくは前脚の上のラウリにゆっくりと顔を近づける。


 絶対に、離れたりしないように。

 永遠に、守り続けるために。


 だから。


 ――ぼくは、ラウリと一つになった。


『っ!?』


 それと同時に、ぼくの中でどうしようもない衝動が込み上げてくる。

 身体中が、一斉に叫び出したんだ。


 『もっと寄越せ』、『この甘美な果実をもっと』って。


 ぼくは許せなかった。

 大切な友達(・・)とずっと一緒にいるために口にしたのに、ぼくの身体はそんな酷いことを叫び続け、全然言うことを聞いてくれないんだ。


 でも、どうしても抗えなくて、苦しくて、悲しくて、切なくて、渇いて、狂おしくて。

 ぼくは助けを求めるために、ファーヴニルのところに行った。


『っ!? リンドヴルム、お主……』


 ぼくの口元を凝視し、彼女(・・)は呟く。

 ラウリを口にしたんだし、元々ぼくの身体は白い、なら、血の赤が目立っていても当然だ。


『あー……ちょっとお腹が空いたから、()をね……』


 咄嗟(とっさ)に吐いた嘘。

 分かっている。人間を食べることは、竜にとって禁忌だってことくらい。


 それでもぼくは、ラウリと一緒になることを選んだ。

 だからファーヴニルに助けを求めるなんて、おこがましいことも。


 それからぼくはファーヴニルと(たもと)を分かち、北の果てに引きこもった。

 ぼくの中に湧き上がる渇望を、抑え込むために。


 『人間を食らい尽くせ』と叫ぶ身体の誘惑に、抗うために。


 そんなぼくの意思は、たった五年で無に帰した。

 こうなると、残された手段はファーヴニルがぼくを止めてくれることだけ。


 そのために彼女は、バルディア山でずっと待ち構えているのだから。


 だけど……ファーヴニルでも飢えたぼくを止めることはできなかった。

 僕は人間がたくさん住む街を見つけ、そして――。


 ――人間を、食らい尽くしてしまった。


 ◇


『嫌だ……嫌だよお……っ』


 正気に戻ったぼくは、人間の街から遠く離れた森の中で頭を抱え、震えていた。


 自分の犯した過ちが許せなくて。

 取り返しのつかないことをしたぼくが、許せなくて。


 なのにぼくは、そんな自分を止めることができない。

 それに、唯一止めてくれると信じていたファーヴニルでも、ぼくを止めることができなかった。


 このままぼくは、欲望の赴くままに人間を食べ続けてしまうんだ。


「グオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 ぼくは夜空に向かって叫ぶ。

 誰かぼくを、殺してくれと。


 これ以上大好きな人間を、食べさせないでくれと。


 そんな願いが通じたのかな。

 夜空の先から、黒い竜が……ファーヴニルが来てくれたんだ。


 だからぼくは全力で(あお)ったよ。

 こうすれば、ファーヴニルが怒りで躊躇(ちゅうちょ)なく殺してくれると思ったから。


 こうすれば、ぼくの大切な同胞(はらから)が苦しまなくて済むから。


 それとファーヴニルは、三人の人間と一匹の魔獣を連れてきた。

 小さな小さな子供が二人と、女の子が一人。それに白い狼も。


 あの白い狼には見覚えがある。

 ラウリが森の中で拾った、小さな狼の子供。あんなに大きく成長したんだね。


 すると子供のうちの一人が、ぼくとファーヴニルが闘うための舞台を用意してくれた。

 それはとても圧倒的で、竜であるぼくですら度肝を抜かれるほどすごくて。


 もしファーヴニルがぼくを倒すことができなくても、あの子供ならそれができる。

 そう確信したから、少しだけ心が軽くなった。


 そして……ぼくとファーヴニルの闘いが始まった。


 でも、やっぱりぼくのほうが強くて、このままだとファーヴニルは傷つき、倒れてしまう。

 こんなことはしたくないけど、ぼくの身体がそれを拒否するんだ。


甘美な果実(・・・・・)咀嚼(そしゃく)を邪魔する者は、全て排除しろ』


 まるでぼくに、そう言い聞かせるように。


 だからぼくは、少しでもファーヴニルが奮起するように憎々しげに言ってやったんだ。

 リンドヴルムという竜が、どれだけ悪い竜なのかを。


 そうしたら。


「なあ……何とか言えよ。言ってくれよ。……おいらの父ちゃんを殺したって、どういうことなんだよおおおおおおッッッ!」


 まさか彼がラウリの子供だなんて、思いもよらなかったよ。

 そっか……ぼくが彼にあげた薬草で元気になって、ここまで大きくなったんだね。本当によかった。


 ならなおさら、ぼくは派手に倒されないと。

 少しでもラウリの子供の悲しみが癒えるように。


 そんなぼくの思いが通じたのかな。

 ファーヴニルの牙はぼくの喉笛を捉え、食いついて離さない。


 さあ……あと少しだよ。

 あと少しで、ぼくは君に倒される。


 ぼくも力を振り絞り、ファーヴニルを持ち上げた。

 どうする? このままだと、舞台の上に叩きつけられちゃうよ?


 だから――最後の力を振り絞って。


「ガガガ、ガガッ!?」


 ありがとう……。

 これでぼくは、もう……人間を食べないで済むよ……。


 ◇


 ファーヴニルが、ラウリの息子が、魔法使いの子供が、ラウリが拾った白い狼が、ぼくのことをじっと見つめている。


 や、やだなあ……ぼくは悪い奴なんだから、そんな目で見ないでよ。


「ざ……ざまあみろ! おいらの父ちゃんを……父ちゃんを殺したから、こんな目に遭うんだッッッ!」


 そうそう……そうやってぼくのことを憎んで、少しでも救われてよね……って、どうしてそんなに泣くのさ。


「リンドヴルム……教えてほしい。どうして君は、ヘンリクのお父さんを食べたの? どうして友達だったはずの人を、『裏切り者』なんて呼んだの……?」


 魔法使いの子供も、嫌な質問するなあ。

 そんなの、答えられるわけないじゃないか。


 彼はずっとぼくのことを友達(・・)だって言ってくれたのに、勘違いして裏切ったのはぼくなんだから。

 ラウリとずっと一緒にいたくて、食べちゃったんだから。


 あ……そろそろお別れかな。

 ファーヴニルはいつも偉そうに強がったりするけど、本当は寂しがり屋だからちょっと心配だな。


 でも……ごめんね?

 ぼくはもう、君の(そば)にいることができないんだ……って。


『私は、いつまでもリンドヴルムの友達です』


 あ……。


 あああ……。


 あああああああああああああああああああ……っ。


 ぼくの中のラウリが、言ってくれた。

 今でもまだ、ぼくのことを友達(・・)だって……っ。


 え……えへへ……嬉しい、なあ……。


 ね……ラウリ……。

 これからも、ずっとずっと一緒にいようね……。


 だって――。


 ――ぼく達は、ずっと友達(・・)だから。

お読みいただき、ありがとうございました!


少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、

『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!


皆様の評価は、作者にとって作品を書き続ける原動力です!

何卒応援をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼HJノベルス様公式サイトはこちら!▼

【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ