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余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
序章 余命一年の公爵子息
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とある医師の願い

 ギュンター=シュルツがヨナタン=ゲーアハルト=ラングハイムと初めて出会ったのは、今から九年前。


 当時、帝都でも指折りの医者だった彼は、五大公爵家の一つであるラングハイム家に好待遇で招聘され、ベッドで寝たきりの状態の当時二歳だったヨナタンを診察したのが始まりだった。


 だが、一通り診察を終えたギュンターは愕然とする。

 原因不明の病によって身体の組織はぼろぼろになっており、これでは完全に回復することは不可能だろう。


 ラングハイム公爵からは、何としてでも治療するようにとの厳命を受けている。

 ギュンターはヨナを少しでも回復させるため、この日から治療を開始した。


 だが。


「くそ……っ! 身体の回復を促進させる薬を処方しても、一向に効き目がない!」


 一般的な患者であれば、ギュンターの薬で劇的とまではいかないまでも、それでもかなりの効果が見込め、実際にそれだけの成果を上げてきた。

 だというのに、ヨナの場合は回復する(きざ)しすらない。……いや、正しくは回復を上回る速さで傷ついているのだ。


 これは、ヨナが薬を服用してからその効果を、ギュンター自身が不眠不休で検証したことにより分かったことだった。

 原因を突き止めるため、ギュンターはさらにヨナの身体の研究にのめり込む。


 その結果。


「……ヨナの身体は、回復する見込みがないということか」

「はい……」


 ギュンターの報告を受けるも、ラングハイム公爵は表情を崩さない。

 普通、自分の息子が永遠に苦しむという事実を知れば、嘆き悲しむものだが。


「原因はなんだ」

「ヨナタン様の身体を調べた結果、普通の人々と比べて魔力が圧倒的に多いことが分かりました」


 そう……ヨナの症の原因は、『魔力過多』によるもの。

 常人よりも遥かに多い膨大な魔力が許容を超え、器である肉体を傷つけてしまっているのだ。


 そのことに気づいたのは、まさに偶然(・・)だった。

 ヨナと同じ症例が過去になかったか文献をくまなく調べていたギュンターは、ラングハイム家所蔵の書物の中から、たまたま(・・・・)奇病に関する症例をまとめた本を見つけたのだ。


 それも、無造作に積まれていた本の一番上に。


「ならばヨナは、誰よりも魔法の才能を持っているということか? それに、魔法を使えば魔力は減るから回復は可能だと思うが」

「お言葉ですが閣下、膨大な魔力の常時放出など不可能です。それこそ戦術級の魔法を四六時中そこら中に放っているようなものですから」

「む……」


 ギュンターはヨナの持つ魔力量について測定したが、残念ながら『測定不能』。

 つまり、今のこの世界でヨナの魔力量を正確に測る方法はないということだ。


 それだけヨナの魔力が規格外だということの証左である。


「ではどうするのだ。このままヨナは、寝たきりのままだというのか」

「残念ながら……私にできることは、精々ヨナタン様の痛みを和らげ、できる限り進行を遅らせることだけです」


 このまま治療を施さずに放置すれば、ヨナの身体は取り返しのつかないところまで傷つき、最悪成人を迎える前に死んでしまうことも考えられる。

 ならば、医師として最後まで抗ってみせる。ヨナの病が判明した時、ギュンターはそう決意した。


「……分かった。後は君に任せよう」

「かしこまりました」


 この日から、ギュンターとヨナの病との戦いが始まった。


 なのに。


 その五年後、思わぬ形で戦いに終止符が打たれる。

 絶対に動けるはずのないヨナが、見事に立ってみせたのだ。


 そのことを喜びつつも、ギュンターはどうしても納得ができない。

 何度診察をしても、彼の身体は何一つ良くなっていないのだから。


「……君の診断結果では、ヨナの身体が回復することはないのではなかったのか」

「そ、そのとおりです。ですが、彼の病状は変わっておりません」

「ならば、これはどういうことだ」

「それは……」


 ラングハイム公爵が指差すその先には、立っているヨナの姿がある。

 本来ならばあり得ないその事実に、ギュンターは混乱を極めた。


「ふう……君は優秀だと聞いて、雇ったのだがな。もういい、君との契約はここまでとしよう」

「っ!? お、お待ちください! せめてヨナタン様の診察の継続を!」

「パウル。ギュンター医師を帝都まで送り届けてくれ」

「かしこまりました」

「待って! 待ってください……っ!」


 そうしてギュンターはラングハイム家からお払い箱となり、再び帝都で診療所を開くものの、ヨナを救うことができなかったことへの罪悪感と無力感で、以前のように医療への情熱を傾けることができなくなっていた。


 帝都に戻ってから、一年後。

 思わぬ患者が、診療所を訪れた。


「あ、あなたは……」

「ギュンター先生、お久しぶりです」


 ぺこり、とお辞儀をする少年。

 見間違うはずもない。彼はあのヨナだった。


「ど、どうしてここに……」

「先生は既にご承知だと思いますが、僕の身体は治ってはいません。ただ、魔法によって自分自身を操っているだけです」


 ヨナは、ギュンターに動くことができた種明かしをした。


 偶然(・・)発見し習得した古代魔法によって、自分自身の身体を操作していること。

 ギュンターの治療を受けられなくなったことで症状は日に日に悪化しており、耐えがたい苦痛に悩まされていることを。


「……足りないかもしれませんが、お金ならこれだけあります。なのでどうか、これからも僕を治療してはいただけないでしょうか」


 ヨナが提示したお金は、破格であった。

 それこそ、ラングハイム家から受け取っていた報酬と遜色ないほどに。


「それはもちろん、私としても願ってもないことですが……」

「お願いします!」


 まさかヨナが自分を尋ねてくるとは思いもよらなかったギュンターだったが、目の前の彼は間違いなく彼だ。

 それに、彼がこうして来てくれたことで、ギュンターの冷めていた医療への情熱に再び火が灯る。


「……分かりました。このギュンター=シュルツ。微力ながら尽くさせていただきます」

「! ありがとうございます!」


 ギュンターによるヨナの治療が、この日から再開した。


 ◇


「行ってしまったか……」


 見えなくなった小さな背中を思い浮かべ、ギュンターは朝焼けの空を仰ぎ見る。

 ヨナとのこれまでの九年間、こう言っては彼に悪いがとても充実していた。


 もちろんヨナに余命宣告をしなければならない無能な自分に対し、忸怩(じくじ)たる思いもある。

 それでもギュンターは、自分にできることを精一杯やった。それはこれからも変わらない。


「ヨナ……どうか君の残りの人生に、幸あらん事を」


 彼の不幸な生い立ちを知っておきながら、ギュンターは無責任な言葉を呟く。

 でも……それでも、ギュンターはそう願わずにいられなかった。

お読みいただき、ありがとうございました!


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