黒い竜との『絆のカケラ』
『……どうやら我は、リンドヴルムにしてやられたようだな』
転移によって傍に来たヨナ達を見て、ファーヴニルが呟く。
ヨナやパトリシアが感じていた違和感の正体……リンドヴルムはわざと敗れたのだと、ファーヴニルは言外に告げたのだ。
それは永い時を共に過ごし、闘いに挑んだファーヴニルにしか分からないこと。
「結局、色んなことが分からずじまいでしたね」
「うむ……」
リンドヴルムが友達と呼んだヘンリクの父と何があったのか、どうしてこのような凶行に走ってしまったのか。
ファーヴニルは『竜が人間を食べると理性を失ってしまうほど求めてしまう』と言っていたが、少なくともヨナには、リンドヴルムから理性が失われているとは思えなかった。
そうでなければファーヴニルとの闘いでわざと敗れたりはしないし、あのような穏やかな顔でこの世を去ることなどあり得ない。
「それで、これからどうするんですか?」
『リンドヴルムの亡骸を、バルディア山に持ち帰ろうと思う。あそこは、同胞が友と出逢った大切な場所だからな。だが』
ファーヴニルは終始うつむいたままのヘンリクを見やると。
『少年……ヘンリクよ。それを決めるのは、お主に委ねる』
「え……?」
意外な言葉に、ヘンリクは勢いよく顔を上げた。
よく見ると、彼は涙を流し過ぎて瞼が赤く腫れている。
『父を奪われ、苦しんできたのはお主だ。ならば、リンドヴルムをどうするかを決める権利があるのは、お主だけだ』
「あ……そ、そんなことを言われても……」
ファーヴニルに見つめられ、耐え切れずにヘンリクは顔を逸らす。
この五年間、ヘンリクとヘンリクの家族は行方不明だった父ラウリに縛られ、前に進めずにいた。
だからヘンリクは、次に進むために父の痕跡を求めて家を飛び出し、ヨナやパトリシアとともにバルディア山を目指したのだ。
その答えは悲しい結末だったが、ヘンリクはこれで次に進むことができる。
やり切れない思いはあるものの、父の呪縛から解き放たれ、心が軽くなったことも事実。
だから。
「……おいらもバルディア山で弔えばいいと思う。そうすれば、食べられちまった父ちゃんも一緒に供養できるから」
唇を噛みしめ、ヘンリクが答える。
小さな少年はこの時、大きな成長を迎えた。
「クゥン……」
「え、えへへ、よせよ……っ」
零れる涙をクウに優しく舐められ、ヘンリクは苦笑する。
でも、涙は止まることなく、むしろより溢れ出した。
『分かった。ならばリンドヴルムは、バルディア山で弔うとしよう』
ファーヴニルは目を瞑り、静かに頷く。
ヨナとパトリシアは、そんなヘンリクを見て頬を緩めた。
◇
『では、我はリンドヴルムを抱えて一足先にバルディア山に戻る。三人は我が戻ってくるまで、ここでしばし待て』
「なぬっ!?」
「えええええ!?」
「ヴォフ!?」
ファーヴニルの言葉に、パトリシアと泣き止んだばかりのヘンリク、それにクウまで驚きの声を上げた。
深夜にこのような場所で置き去りにされるとは、さすがに思ってもみなかったのだ。
「あはは、大丈夫ですよ。僕の魔法で転移すればいいんですから」
「あ……! そ、そうだったな!」
「ハア……ヨナがいてくれて助かったぜ……」
「ヴォウ! ヴォウ!」
二人と一匹が胸を撫で下ろす姿を見て、ヨナは苦笑する。
「ファーヴニルさんも一緒に転移で戻りますか? それなら一瞬で帰ることができますが」
『……いや、我は遠慮しておこう』
「そうですか」
ヨナが誘うが、ファーヴニルは首を左右に振る。
『二匹の竜の番』として、最後に語り明かしたいのだろう。
「じゃあ、僕達は行きますね」
リンドヴルムを倒し、ファーヴニルの望みも、パトリシアが受けたカレリア王国からの要請も、ヘンリクの敵討ちも果たした。
何より、ヨナは『二匹の竜の番』の伝説に立ち合うことができたのだ。これ以上、ここに留まる必要はない。
ヨナは舞台の上に人差し指を向け、魔法陣を描く。
「パトリシア殿下、ヘンリク、クウ」
「ああ」
「おう!」
「ヴォウ!」
二人と一匹が魔法陣の上に乗り、ヨナはファーヴニルへと向き直ると。
「ファーヴニルさん、失礼します」
『うむ。ヨナ……此度は助かった。何かあればいつでもバルディア山を尋ねてくるがよい。この黒竜ファーヴニル、力となろう』
「あはは……」
ファーヴニルの言葉に、ヨナは苦笑いを浮かべる。
『いつでも』と言ってくれたが、ヨナに残された時間は九か月半。もう再び逢えることはないだろう。
『おっと、そうだった』
「?」
突然、思い出したかのようにファーヴニルが呼び止める。
「ど、どうしましたか?」
『いや、パトリシアはリンドヴルム討伐の名目でバルディア山に来たのだ、その証が必要になると思ってな』
そう言うと、ファーヴニルがリンドヴルムの身体から一枚の鱗を剥がした。
元々が巨大な身体のため、鱗一枚とはいえ非常に大きい。
『さあ、持っていくがいい』
「う、うむ……だが、いいのか?」
『構わん。彼奴もそれを望んでいるであろうしな』
「そうか……」
パトリシアは、リンドヴルムの鱗を受け取る。
その大きさ故にかなりの重量がありそうだが、易々と持っていることからパトリシアはかなりの怪力のようだ。
「ファーヴニル殿、世話になった」
『なに……お主こそ。いずれ王となる者よ』
今度こそこれで、ファーヴニルとの語らいは終わった。
あとは、あの場所に戻るだけ。
そして。
ヨナ達は光の魔法陣に包まれ、バルディア山へ転移した。
『……お主の言っておったとおりだったな』
夜空を見上げ、ファーヴニルは呟く。
それはヨナのことを黒い竜に託した、古き友にむけて。
『ヨナよ。お主の数奇な運命に、幸あらんことを』
ファーヴニルは番だった白い竜を抱え、一滴の涙を零して夜空へと飛翔する。
――雄々しく、猛々しく、悠久と呼べる年月を重ねた先に孤独を迎えた黒い竜が紡いだ、余命一年の少年との小さな小さな『絆のカケラ』とともに。
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