白い竜の最後
「ッ!? ガ……フ……ッ!?」
ファーヴニルの牙が、リンドヴルムの白い喉元を捉えた。
「ファーヴニル殿! そこだ! そのまま嚙みちぎれ!」
興奮したパトリシアが、檄を飛ばす。
ヘンリクもまた、拳を強く握りしめて何度も頷いた。
ヘンリクはきっと、ファーヴニルと自分を重ねているのだろう。
小さな自分では叶わない父親の敵討ちを、あの黒い竜に託して。
一方でヨナは。
「どうして……」
二匹の竜の実力差や身体に受けている傷などを考慮すれば、リンドヴルムの前脚がファーヴニルの頭あるいは首を捉えて終わると思っていた。
だが結果は、ファーヴニルが前脚を奇跡的に躱し、起死回生の一撃をその喉笛に与えたのだ。
――バシッ!
「ヨナ! 君が不思議に思うのは分かるが、今はファーヴニル殿を応援する時だ!」
「あ……そ、そうですね! ファーヴニルさん、頑張ってください!」
どうやらパトリシアも同じ疑問を抱いていたようだ。
彼女に背中を叩かれ、ヨナも同じように声援を送る。
「グオ……グオオ……ッ!」
「ガフ……フ……ッ」
ファーヴニルの牙が喉元に深く食い込み、リンドヴルムが苦悶の表情を浮かべる。
とはいえ、やはり余力のないファーヴニルも厳しそうだ。
「これは我慢比べになりそうだな」
「はい……」
ここでファーヴニルが力尽きて牙を外してしまえば、リンドヴルムに倒されるしかない。
まさにこれが、勝敗を分ける分水嶺になる。
『……ファーヴニルのくせに、頑張る……じゃないか』
『…………………………』
口の端を持ち上げて軽口を叩くリンドヴルム。
ファーヴニルはそれに答えず、一心不乱にその顎に力を込めた。
『分かって、るの……? 君が、その牙を外せ、ば……ぼくに殺され、る……ってことが……』
『…………………………』
なおも煽るリンドヴルムと、ただ無言で喉笛を食いちぎろうとするファーヴニル。
観覧席から俯瞰して見ているヨナには、二匹が今どのような状態なのか分からない。
「……まずいな」
「え……?」
「見ろ。ファーヴニル殿の呼吸が荒くなり、僅かに下顎が落ちている」
パトリシアが指摘するとおり、確かにファーヴニルに体力の限界がきているように見える。
リンドヴルムも苦しそうにしているが、まだ余力はありそうだ。
その時。
「ッ!?」
「グオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
なんとリンドヴルムが、喉元を噛みつかれたままファーヴニルを持ち上げた。
このまま舞台に叩き落とされればファーヴニルの牙は外れ、あとはリンドヴルムになぶり殺しにされるだけだろう。
『あは、は……これで終わり、だよ……』
『…………………………まだだッッッ!』
今まで沈黙を貫いていたファーヴニルが、カッ、と目を見開き、自重に任せて身体を半回転させた。
「ガガガ、ガガッ!?」
喉笛を捩じ切られ、リンドヴルムが奇妙な叫び声を上げる。
――ズウウウウウンン……ッ。
ファーヴニルの黒い巨体が落ち、舞台を揺らす。
少し遅れ、リンドヴルムの白い巨体が喉笛から大量の血が噴出したまま、仰向けに倒れた。
『我の……勝利、だ……っ!』
最後の力を振り絞り、ファーヴニルが立ち上がると。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
大空へ向け、勝利の咆哮を上げた。
◇
『あは……は……このぼくが、ファーヴニル……なんかに、負ける……なんて、ね……っ』
ヨナ、パトリシア、ヘンリク、クウ、そして勝者であるファーヴニルが見守る中、リンドヴルムはなおも悪態を吐く。
だが、敗者の白い竜からどこかすっきりしたような、清々しさを感じるのは気のせいだろうか。
『なぜだ……』
『なぜ……? あはは……な……何を言って、るか……分からない、なあ……』
ファーヴニルの問いかけにリンドヴルムは嗤って惚けてみせるものの、その声は力なく、呼吸もままならない。
噛みちぎられた喉笛から噴き出ていた血は止まったが、その傷口から骨が剥き出しになっている。助かることはないだろう。
すると。
「ざ……ざまあみろ! おいらの父ちゃんを……父ちゃんを殺したから、こんな目に遭うんだッッッ!」
ヘンリクが憎しみを込め、リンドヴルムに言い放つ。
その瞳から、大粒の涙を零して。
彼にとってリンドヴルムは父を奪った仇敵であり、絶対に許せない存在。
だというのに、ヘンリクの胸中には恨みや憎しみといった感情の他に、言葉では表現できない複雑な感情が入り混じっていた。
その感情に名前を付けるには、ヘンリクはまだ幼かったようだ。
「リンドヴルム……教えてほしい。どうして君は、ヘンリクのお父さんを食べたの? どうして友達だったはずの人を、『裏切り者』なんて呼んだの……?」
ヨナはずっと引っかかっていた。
ファーヴニルから聞いた話では、リンドヴルムは人間にすごく興味があり、友達ができたことをとても喜んでいたと。
なら、どうしてそんなことをしなければならなかったのか。一体彼は、何を裏切られたのか。
『もうあなたとは逢わない』と言われたから? そんな馬鹿な。
きっとリンドヴルムには、理由があるのだ。
友達を食べなければならなかった、その理由が。
『あは……は……さあ……ね……』
リンドヴルムはヨナの問いかけに答えようとせず、空を見つめると。
「ゴバ……ゴ……ゴポ…………………………ッ」
「「「「「っ!?」」」」」
その大きな口から赤黒い血を吐き出し、目を見開いたまま息を引き取った。
なのに。
「どうして……どうして、そんな顔してるんだよ……っ! オマエはもっと苦しめよ! 父ちゃんと同じ苦しみを味わわなきゃ駄目じゃないかあ……っ!」
ヘンリクは崩れ落ちて慟哭し、観覧席の床を拳で何度も叩く。
リンドヴルムはまるで友達に出逢えたような穏やかな微笑みを湛え、慈しむように、包み込むように前脚で自分の胸を押さえていた。
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