裏切った友達
「グオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
「グルルルルオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
黒い竜と白い竜の闘いの幕が上がってから、およそ十分。
竜達は互いの強靭な鱗で覆われた身体に牙を、爪を突き立て、闘いを繰り広げている。
その身体は既に赤い血に染まっているが、二匹の竜の闘争心は衰えることなく、激しくぶつかり合った。
「す、すごい……」
ヨナが用意した観覧席から見下ろして観戦しているパトリシアが、ぽつり、と呟く。
まだ若干十八歳ではあるが、パトリシアも将軍として多くの兵を従え、既に初陣も果たしている。
千人を超える規模の戦闘も経験してきた彼女だが、二匹の竜の闘いと比べれば人間同士の戦などなんと小さなものなのか。
パトリシアは黒と白の竜を見つめ、『白銀の剣姫』などともてはやされて少なからず驕っていた自分を恥じ、唇を噛む。
だが、普通の人間であれば竜同士の闘いを見ても、別の世界の出来事として捉え、決して自分と比較しようとはしないもの。
つまり、伝説の存在である竜と自分を比較し、悔しさを覚えるパトリシアもまた尋常ではない。
彼女もまた、五百年前の英雄達に比肩する人物ということだろう。
一方、同じく闘いを見つめているヘンリクとクウはというと。
「ヴゥウウウウウウ……ッ!」
身体を震わせてへたり込むヘンリクの前に立ち、クウは二匹の竜に向けて鋭い視線を向けて唸り声を上げて威嚇していた。
ファーヴニル曰く、クウは狼の王の末裔とのこと。
なら、流れる王の血が彼をそのように奮い立たせているのかもしれない。
たとえその相手が、竜であったとしても。
いずれにせよ、あとは二匹の竜の闘いを最後まで見届けるだけ。
ヨナは舞台の上へと視線を向け、行方を見守る。
ファーヴニルが敗れた場合、自分が闘うことを見据えて。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
リンドヴルムが前脚でファーヴニルの頭を舞台に押し付け、そのまま全体重を預ける。
剝き出しになったファーヴニルの首に、リンドヴルムが牙を突き立てた。
「ガフ……ガフ……ッ!」
逃れようとファーヴニルは身体をよじるが、リンドヴルムがそれを許さない。
このままいけば、リンドヴルムの勝利になる。ヨナ達の目にはそう映った。
『あはははは! どう? これで君がぼくには勝てないってことが、理解できたでしょ?』
『……闘いが終わるまで、まだ分からぬ!』
『強がりを言ったところで、ファーヴニルはこのままぼくに首を食いちぎられて終わるんだ! ……だからさあ、もう降参しちゃったら? ぼくも君の相手なんて面倒くさいし』
『…………………………』
リンドヴルムは頭の中に話しかけて降参を促すが、ファーヴニルは口を噤む。
この声はヨナ達にも聞こえており、彼等からファーヴニルを説得しろという意味合いもあるのかもしれない。
だが、ヨナ達にファーヴニルを説得するつもりはない。
どのような結果になろうとも、三人と一匹はそれを受け入れるのみ。
すると。
『ああもう! どいつもこいつも分からず屋だなあ!』
『っ!?』
突然、リンドヴルムはファーヴニルの首から突き立てていた牙を抜き、距離を置いた。
『……どうした。あのまま続けていれば我を屠ることができたであろうに』
『だから何度も言ってるじゃないか! 君の相手をするのは面倒なんだよ!』
『ならば余計に、我を倒すべきではないのか? そうでなければ、我は何度でもお主に挑むぞ』
苛立ちを募らせるリンドヴルムに対し、ファーヴニルは不敵に笑う。
既にファーヴニルは満身創痍で、このままではリンドヴルムを倒せないことを理解した上で。
『…………………………』
『…………………………』
二匹の竜が睨み合い、静寂が生まれる。
とはいえ。
『…………………………ハア、分かったよ』
その時間は、溜息を吐きかぶりを振るリンドヴルムによってすぐに失われた。
『昔のよしみとして、ぼくが君を殺してあげるよ。このぼくを裏切った友達……“ラウリ”と同じようにね』
そう言うと、リンドヴルムは竜らしからぬ醜悪な笑みを浮かべた。
その時。
「え……?」
ヘンリクが立ち上がり、呆けた声を漏らす。
彼の視線の先には、リンドヴルムがあった。
「待てよ……『ラウリ』って……どういうことなんだよ……」
「ヘンリク?」
「どうした……?」
「ヴォウ?」
茫然とした表情で、ヘンリクはよろよろと今いる観覧席の端へと歩を進める。
ヨナ達が声をかけるものの、ヘンリクには聞こえていないようだ。
「なあ……何とか言えよ。言ってくれよ。……おいらの父ちゃんを殺したって、どういうことなんだよおおおおおおッッッ!」
ヘンリクがリンドヴルムを見据え、絶叫した。
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