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旅立ち

「ですので何も心配いりません。僕は大手を振って旅をすることができます」


 そう言うと、ヨナはニコリ、と微笑んだ。

 オニキスの瞳には、後悔も未練もない。


「……申し訳ありませんが、一年分の薬をお渡しできません」

「っ!? ど、どうしてですか!?」

「私はヨナタン様の症状に合わせ、薬の分量を調節しています。これから先、さらに症状が悪化することが分かっているのに、今の薬ではおそらく効き目は薄いでしょう」

「で、でしたら、もっと強い薬を……」

「それこそ渡すわけにはいかない。いいですか? 強すぎる薬は、かえって毒になることもあるのですよ」

「う……」


 ギュンターの正論に、ヨナは声を詰まらせる。

 だが、薬がないことには旅もままならなくなってしまう。


 かといって他の医者に薬を処方してもらおうにも、ここまで病状を正確に把握しているのは彼だけだ。

 なら、何としてでもギュンターを説得するしかない。


「……二か月」

「え……?」

「せめて二か月に一度、私の診察を受けてください。古代魔法によって転移ができるヨナタン様なら、それも可能ですよね?」

「はい……」


 ギュンターの瞳には、これ以上譲歩するつもりはないという意志が込められていた。

 仕方なくヨナは、無言で頷く。


「では、診察室に移動しましょう。今の病状を確認しないことには、薬も処方できませんから」


 先日は診察をする前に飛び出してしまったこともあり、受けないわけにもいかない。

 ヨナは大人しく従い、診察室の席に座った。


「……さすがに薬はもう持っていないですよね?」

「ちょうど一週間前に、残っていたものを含めて全部使い切りました」

「やっぱり……」


 暗い表情のギュンターを見て、ヨナは症状が悪化していることを理解する。


(こんなことなら、もっと早くギュンター先生に診察してもらうんだった……)


 ヨナは後悔するが、今さらでしかない。

 たとえ一日でも生き抜くことができるよう、これからはちゃんと自分の身体を大切にしようと、ヨナは心に誓った。


 もう一分一秒だって、無駄にはできないのだから。


 一通りの診察を終え、ギュンターは薬を処方する。

 ヨナにとって見慣れた光景ではあるが、今日はいつもと違い薬草をすり潰す彼の姿にはどこか気合いと覚悟のようなものが見受けられた。


「いいですか? 二か月後、必ず来てくださいね」

「わ、分かってます!」


 出来上がった薬を渡す時にも念を押され、さすがのヨナも顔をしかめる。

 でも、それだけ自分のことを心配してくれているということの証明なのだから、内心では喜んでいた。


「それで、ヨナタン様は……」

「ギュンター先生。今の僕はもう、ただのヨナ(・・・・・)です。だから敬語も不要ですし、呼び捨てにしてください」

「うーん……分かったよ。ヨナはこれから、どこへ向かうのかな?」

「とりあえず、ラングハイム領とは反対の方角に行こうかと」


 ラングハイム家での十年間は、ヨナにとって消し去りたい過去でしかない。

 そんな思いが、彼を自然とそうさせていた。


「そうか……移動は、いつものように転移魔法を使うのか?」

「せっかくの旅ですから、馬車でのんびり移動します。お金もありますから」

「はは、しっかりしてるな」


 懐を叩く仕草を見せるヨナを見て、ギュンターは相好を崩す。


「それと……これは、これから一年分の診察代とお薬代です。どうか受け取ってください」

「おいおい……」


 そう言ってヨナが革の(かばん)からお金の入った袋を取り出すと、ギュンターが露骨に顔をしかめた。

 どうやら彼は、最初からお金を受け取るつもりはないらしい。


「ですが、それでは僕の気が収まりません」

「……なら、今回の分だけ受け取る。あくまでも対価なのだから、今後の支払いは二か月に一回の診察の都度にしてもらいたい」

「ハア……頑固ですね」


 ヨナは溜息を吐き、渋々ギュンターにいつもと同じ代金だけを渡す。

 もちろんこれも、ヨナを毎回ここに来させようとするためであることは理解しているが。


 そして。


「どうか身体に気をつけて。決して無理をするんじゃないぞ」

「はい!」


 朝を迎え、ヨナは診療所の玄関で見送るギュンターに深々とお辞儀をした。

 ただ、ギュンターと朝まで語り明かしたためかなり眠い。


(馬車に乗ったら、ゆっくり眠らせてもらおう)


「いいか、食事はしっかり摂るんだ。体力がなければ話にならない。あと、身体を冷やしてはいけないぞ」

「もう! それは何度も聞きました!」


 どうやらギュンターはかなり過保護なようだ。

 さすがのヨナも、辟易(へきえき)としていた。


「それじゃ、また二か月後」

「はい! また二か月後!」


 手を振るギュンターと別れ、ヨナは教えてもらった乗合馬車の待合所へと足を運ぶ。


 これからの一年間、どんな出会いや感動が待ち受けているのか。

 期待に胸を膨らませ、ヨナは朝日に向かって大通りをぎこちなく走った。


 ――たった一人心配してくれた優しい医者との、小さな小さな『絆のカケラ』を(のこ)して。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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