けじめ
『我が番――白き竜“リンドヴルム”を屠るために、力を貸してほしいのだ』
「「っ!?」」
ファーヴニルが放った言葉に、ヨナとパトリシアは思わず目を見開いた。
「ま、待ってください! 『二匹の竜の番』の伝説では、お互いにとってなくてはならない存在だと……!」
『……ヨナの言うことは正しい。ただしそれは、五年前までの話だがな』
ファーヴニルは、訥々と語り始める。
この世界の始まりより悠久の時を重ね続けてきた二匹の竜の間に、一体何があったのかを。
◇
これまで我とリンドヴルムは人間に関わることなく、穏やかに数え切れぬほどの長い月日を過ごしていた。
我等の棲み処はこの世界の北の果てにあり、このバルディア山はその入口といったところか。五年前からここを塒にしているが、それまでは滅多なことではここまで来ることもなく、かれこれ五百年ぶりになる。
だが……我はここに来るしかなかった。
北の果てを飛び出し、人間を捕食しようと企てるリンドヴルムを止めるために。
なぜリンドヴルムが、そのような真似をするのか。
答えは簡単。あの者は人間の味を覚えてしまったのだ。
その原因となったのは五年前。
リンドヴルムは突然、『人間と友達になった』と嬉しそうに我に話した。
どうやら我に内緒でバルディア山を訪れていたらしく、そこで人間に出会ったそうだ。
元々リンドヴルムは我よりも五千年遅く誕生したこともあり、二千歳とまだ幼い。
それに彼奴、五百年程前にたまたまバルディア山を訪れた際に初めて人間に出会ってから興味津々であったからな。五百年は耐えたが、とうとう我慢できなくなったようだ。
本来竜は、人間の棲む世界とは相容れない存在。人間と交流を持つなど、あってはならんのだ。
だが、我も甘いのだろう。リンドヴルムを諭すものの、結局は人間と会うことを黙認してしまった。
その結果。
『っ!? リンドヴルム、お主……』
『あー……ちょっとお腹が空いたから、獣をね……』
涙でくしゃくしゃになった顔と、口の周りに残っていた僅かな血の跡。
リンドヴルムは、その腹に収めたのだ。
――『友達』と呼んだ、その人間を。
我等竜にとって、人間を捕食することは禁忌。なぜなら……その甘美な味が忘れられなくなるからだ。
それこそ、理性を失ってしまうほどに。
だが彼奴は、人間を食べてしまった。
どうしてリンドヴルムが『友達』とまで呼んだ人間にそんなことをしたのかは分からぬ。
ただ我がすべきことは、人間の味を覚えてしまった彼奴を止めること。
それから我はこの北の果てと人間の世界を繋ぐ入り口であるバルディア山に移り住み、リンドヴルムがここから出て行くのを阻止している。
長く生きている我のほうが、リンドヴルムより強いのでな。彼奴もそれが分かっておるので、これまでは指を咥えて見ておった。
だというのに、我は彼奴を逃がしてしまったのだ。
弱いと思っていたはずの……いや、我より弱いはずの、リンドヴルムとの闘いに敗れて。
◇
「まさか……」
『そうだ。二週間前、我は敗れたのだ。そして……リンドヴルムを人間界で野放しにしてしまった』
そう告げると、ファーヴニルは唸った。
パトリシアがこの地に来る原因となった、白い竜によるカレリア王国の首都ヘルシングへの襲撃と半壊。それが、伝説の『二匹の竜の番』同士の争いの結果によるものだったなんて。
「だからその白い竜……リンドヴルムを倒すために、僕達の力を借りたいということなんですね」
『そのとおりだ。お主なら、それが可能だと聞いたのでな』
目の前のファーヴニルに匹敵するような、海蛇の魔獣を倒したヨナだ。白い竜が相手でも、きっと引けを取ることはない。
だが、ヨナは目頭を押さえて悩む。
本当に、それでいいのかと。
「そ、その……ファーヴニルさんは、構わないのですか?」
『……何をだ』
「もちろん、番であるリンドヴルムを倒すことについてです」
『二匹の竜の番』の伝説を知っているだけに、ヨナはあえて尋ねた。
当然、人間にとって脅威となるリンドヴルムを野放しにすることなどできない。
でも、それでもヨナは聞かずにはいられなかった。
こうなることが分かっていてもなお、目の前の黒い竜はそれまでこのバルディア山で見張り続け、リンドヴルムを倒さなくて済むような選択をしていたのだから。
『それこそ今さらである。今回のことは、全て我が招いたこと、ならばこの我が、けじめをつけるしかあるまい』
「そうですか……」
頭の中に響く、ファーヴニルの覚悟と苦悩、そして悲しみが入り混じった声。
ヨナは一つの伝説が終わりを迎えようとしていることを知り、寂しそうに呟いた。
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