初めての男友達
「……おいら、あの騎士の姫様についていって、バルディア山に行く」
眉根を寄せるヘンリクが、重い口を開けた。
やはりヨナが予想していたとおり……いや、ひょっとしたら彼の母親も、こうなることが分かっていたからあれほど釘を刺したのだろう。
「だけど、どうして? バルディア山ってものすごく険しくて、とても人が行けるような場所じゃないと思うんだけど」
ヨナの持つ各地の伝説をまとめた本には、はっきりとそう記されている。
それに伝説どおりなら、あの山には二匹の竜が生息しているのだ。
パトリシア達が竜の討伐に向かうことも含め、どうしてヘンリクはそこまで危険を冒そうとするのか。
よくある少年が伝説に憧れて冒険に出るというのとは違うと、ヨナはそう感じていた。
「ヘンリク」
「……あの山には、ひょっとしたら父ちゃんがいるかもしれないんだ」
押し黙るヘンリクだったが、ぽつり、ぽつり、と口を開く。
今から五年前、猟師だったヘンリクの父親はバルディア山に行くと告げて出て行ったきり、未だ帰ってきていない。
元々、伝説の『二匹の竜の番』が棲む山とされており、地元の者なら誰もが険しくとても人が登れるような場所ではないと知っている。
だというのに突然そんなことを言い出した父親に、ヘンリクの母が黙っているはずがなかった。
再三にわたり止めようとし、家を出る際にはしがみついて離さなかった母親だったが、結局振りほどかれてしまい、そのまま消息を絶ってしまった。
ただ、思い当たる節がある。
猟師だった父親が、最近になってよく見たことがないような大物の魔獣を仕留め、持ち帰るようになったのだ。
それだけじゃない。中には、宝石のようなものまで見受けられ、母親が問い質すも『たまたま見つけた』と曖昧に答えるのみだった。
いずれにせよ、バルディア山には何かある。
自分達家族から父親を奪った、何かが。
「……それで、ヘンリクはバルディア山に行ってどうしたいの?」
全てを話し終えてうつむくヘンリクに、ヨナは冷たい口調で問いかける。
ヘンリクには悪いが、消息を絶ってから既に五年。彼の父親はバルディア山で危険な目に遭って最悪の事態が起きているか、あるいは家族を捨ててどこかでのうのうと生きているか、そのどちらかだろう。
おそらくヘンリクもそのことは理解しているはず。それでもなお、危険を冒してまでバルディア山に行こうとする彼の気持ちを理解しつつも、許せない部分もあった。
自分は何もしていないのにあと十か月足らずで理不尽にも命を奪われるというのに、どうしてもっと長生きすることができるヘンリクが、命を粗末にするような真似をするのだろう、と。
ヨナがこれまで出逢ってきた大切な人達は、皆が理不尽に抗い、必死に生きようとしていた。
そんな彼等を助けたくて、ヨナは古代魔法を駆使してきたのだ。
もちろんヘンリクはとても人の好い少年で、ヨナも彼のことを気に入っている。
だからこそヨナは彼にもっと命の大切さを理解してほしくて、こんな態度を取ってしまうのだ。
「おいら……おいら……父ちゃんに会ったら言ってやりたいんだ。おいらが母ちゃんを大切にするから心配するなって。だから、もうゆっくり休んでもいいんだって」
ヘンリクは一滴の涙を零し、唇を噛む。
彼にとって父に会うことは、決別を意味しているのだろう。
そう……ヘンリクはけじめをつけるために、バルディア山を目指すのだ。
そんな彼を見つめ、ヨナはかぶりを振ると。
「……分かったよ。もう止めない」
「! ほ、本当か!」
「ただし、僕も一緒についていくからね」
ヨナは最初から『二匹の竜の番』の伝説をこの目で見るためにバルディア山に行くつもりだったので、問題はない。
それより、少しでもヘンリクが危険な目に遭わないように、ちゃんと傍にいてあげないと。ヨナはそう考えた。
「ば、馬鹿! バルディア山は危ないんだぞ! ヨナはここにいろよ!」
「嫌だよ。僕にだってバルディア山に行く理由はあるし、それに、大事な友達を一人だけ行かせるわけにはいかない」
ヨナが有無を言わせないとばかりに告げると、ヘンリクは困った表情を浮かべて視線を泳がせる。
でも。
「ハア……お前もしょうがない奴だなあ。ていうか頑固すぎだろ」
「それはヘンリクもじゃないか」
「まあ、そうかもな」
「えへへ」
「ははっ」
「「あははははははは!」」
二人は顔を見合わせ、腹を抱えて笑い合う。
これでヨナとヘンリクの覚悟は決まった。二人は頷くと、それぞれ鞄を持ち、深夜のうちに部屋の窓から外に出た。
そして。
「パトリシア殿下、お願いです! どうか僕達を、バルディア山まで一緒に連れて行ってください!」
「お、おいおい……」
森の入り口でパトリシア率いる帝国軍を待ち構えていた二人は、困惑する彼女の前で平伏し、懇願した。
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