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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第三章 耳長の少女と『渇望』のザリチュ
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這いよる破滅の運命

「“カール”皇帝陛下、この度は貴重な『結界石』をお貸しくださり、ありがとうございました」


 エストライア帝国の謁見の間。

 『アルヴ』の(おさ)であるクィリンドラは、『中央互助会』の会長である娘のコレッテとともにエストライア皇帝“カール=フランツ=フェン=エストライア”の前で(かしず)く。


 魔王軍幹部である『渇望』のザリチュを倒すため、各国に協力を要請して借り受けた五つの『結界石』。

 そのうちの一つは、エストライア帝国の都市の南に位置する都市“グラッツ”に配備されていた。


 もちろん、グラッツのさらに南にいる魔王軍残党とその残党を指揮する魔王軍幹部、『色欲』“リリト”の脅威から帝国を守るために。


 もし『結界石』がグラッツから持ち出されていたことがリリトに知られていたら、その時は魔王軍残党の攻撃を受け、少なくない被害を受けていただろう。


 それでも帝国がクィリンドラ達『アルヴ』に貸与したのは、人間の共通の敵である『背教』の“タローマティ”を倒す絶好の機会だったから。


 そして。


「ははは、さすがにかの勇者とともに魔王を打ち倒した英雄『沈黙の射手』からの要請であれば、余も断るわけにはいくまい」


 そう……クィリンドラこそ、五百年前の魔王との戦いに勇者とともに挑んだ仲間の一人。

 その彼女がいよいよ魔王軍残党の討伐に乗り出したのだ。大国エストライア帝国も、協力しないわけにはいかない。


「はい。おかげさまで『渇望』のザリチュを打ち倒し、かつての同胞『スヴァルトアルヴ』を取り戻すことができました。エストライア帝国及び皇帝陛下におかれましては、感謝のしようもありません」


 ザリチュを倒したのはヨナであり、残念ながら『結界石』はザリチュを閉じ込めるのみに留まりあまり役には立たなかったが、それでも今後も帝国に協力を仰ぐことがあるかもしれない。クィリンドラは外交の面からも、帝国の体面を重んじることを忘れていなかった。


「ですが、さすがは『沈黙の射手』ですな。あの魔王軍幹部を五百年越しに倒したのですから。これは南部に居座る憎きタローマティを倒す日も近いというもの」


 同じく謁見の間に控えていた大臣や有力貴族の中から、そんな失礼な(・・・)発言をする者が一人。

 五大公爵家の一つ、ラングハイム公爵家当主であるフランツ=アルフレート=ラングハイム公爵だ。


「あら……まさかラングハイム閣下は、『人魔対戦』の英雄でありオーブエルン公国の支柱でもあるクィリンドラ様に、我々の失態(・・・・・)を押し付けようと考えているのですか?」

「っ! ……まさか、そのようなことは」


 くすり、と微笑んで盛大な皮肉を告げる美しい女性。

 同じく五大公爵家の一つであり、グラッツの街を拠点として『背教』のタローマティと対峙してきた“ランベルク”公爵家の若き当主、“ヘルミーナ=アウグスタ=ランベルク”だった。


 彼女からすれば、これまで帝国の南を魔王軍残党から防衛し続けてきたという自負がある。

 だからこそ、ラングハイム公爵の失礼な言動を許せるはずがなかった。


 そんな五大公爵家当主同士のやり取りを辟易(へきえき)とした表情で眺めていたのは、先の蝗害(こうがい)による帝国の被害を最小限に抑え、貢献したことにより正式に侯爵位を賜ったハーゲンベルク侯爵。


 ツヴェルクを含む南西の穀倉地域を預かる彼としては中央のことなどさして興味もないが、それでも領地で暮らす領民にとって少しでも有益になればと、こうしてここにいるにもかかわらず、こんなくだらないことに付き合わされているのだから。


「二人ともやめよ。クィリンドラ殿の活躍は称賛すべきだが、それと同様にランベルク家のこれまでの多大な功績は余も感謝しておる」

「は……」

「はい……」


 皇帝からそう言われては、黙るしかない。

 二人の公爵は、軽く頭を下げた。


「それでクィリンドラ殿、『渇望』のザリチュを倒したそなたの武勇伝、余に聞かせてはくれないか?」

「はい……と申し上げたいところですが、今回のザリチュ討伐において、私はさして活躍しておりません。全ては(たぐい)まれなる才能と、稀有(けう)で強力な魔法の使い手である、一人の少年の手によってもたらされた勝利です」

「ほう……?」


 カール皇帝が、興味深そうに身を乗り出す。

 本来であれば、古代魔法の使い手であるヨナのことを話すべきではない。もし彼の存在が明るみになれば、目の前の皇帝は……いや、西方諸国の多くの王は、彼を欲しがるだろうから。


 当然だ。魔王軍幹部を事もなげに一蹴するだけの実力者なのだ。彼がいるだけで、その国は魔王軍残党の脅威に怯える必要もないのだから。

 それだけではない。いずれ国同士の争いとなれば、ヨナの古代魔法を利用しようと考える不届きな(やから)も現れることだろう。


 そのような危険性を認識しながらも、クィリンドラがあえてヨナの存在に言及したのは、(ひとえ)に大切な娘のため。

 ティタンシアにはオベロンを捕まえて転移先を聞き出せと発破をかけたが、相手は伝説の妖精王。そんなことが到底不可能であることは『アルヴ』の(おさ)であり英雄である彼女が一番理解している。


 だからこそ、少しでもヨナの所在を知るきっかけになればと、(わら)にも(すが)る思いで苦渋の決断をしたのだ。


 もちろんヨナが見つかった後の、彼に対する責任と贖罪(しょくざい)を負うことも覚悟している。


「平民ではありますが、僅か十一歳の少年はとてつもない魔法でザリチュを文字どおり闇に葬りました。私はそれを、この目でしかと見ております」

「うむうむ。それで、その少年の名は?」

「彼の名は、“ヨナ”」

「「っ!?」」


 クィリンドラが告げたその名に、目を見開いた二人。

 ヨナの父であるラングハイム公爵と、ハーゲンベルク侯爵だった。


「して、そのヨナなる少年は今どこに?」

「妖精王オベロン様の祝福を受け、既にオーブエルンを去っております。今はどこにいるのか、我々も見当がつきません」


 そう言って、クィリンドラはかぶりを振る。


 だが……これで種はまいた(・・・・・)

 帝国の動きを通じてほんの僅かでもヨナの情報を得ることができれば、その時はティタンシアを彼のもとに行かせよう。


 その後は。


(かつて英雄と呼ばれた私が、ヨナ君を全力で守り抜く)


 拳を握るクィリンドラだが、自分に鋭い視線を向ける一人の男に気づく。

 それは、険しい表情のハーゲンベルク侯爵だった。


 だが、彼が怒るのも当然だ。

 この世界で最初にヨナの奇跡(・・)を目撃した一人であり、ハーゲンベルク侯爵は彼を守るためにその存在を秘匿(ひとく)して守ろうとした。


 だからこそ、クィリンドラのしたことを許せるはずがない。


 ハーゲンベルク侯爵に視線を向けられたクィリンドラも、その視線の意味を理解したのだろう。

 彼女は眉根を寄せ、目を伏せた。


 一方で。


(まさか、な……あの出来損ない(・・・・・)のヨナタンに、そのようなことができるはずがない)


 既に帝国全土に捜索の手を広げてもなお、ヨナを見つけることができていないラングハイム公爵は、現実を否定するようにかぶりを振る。

 それに、年齢こそヨナと同じではあるが、クィリンドラの話によるとその少年は平民。まがりなりにも公爵子息であるヨナとは違う。


 ラングハイム公爵が軽く息を吐き、思い直したところで。


「そういえばラングハイム閣下にも、たしか“ヨナタン”という名のご子息がいたのでは? 今は病に臥せっているそうですが、面白い偶然があるものです」


 そう告げたのは、同じく謁見の間に控えていた皇太子のレオナルド。その隣には、第二王子のヴォルフが澄ました表情で天井を見つめている。

 もう一人の皇族であり皇位継承権第三位の第一皇女パトリシアは、ここにはいない。


 一方、彼の言葉に反応したハーゲンベルク侯爵とクィリンドラは、すぐさまラングハイム公爵に視線を向ける。

 逆にそのことに触れてほしくなかったラングハイム公爵は、眉根を寄せて押し黙った。


「ほほう、それは確かにレオナルドの申すとおりだ。『沈黙の射手』も認める少年と同じ名を持つラングハイム家の子息。偶然とはいえ、期待せずにはいられんな」


 顎髭(あごひげ)をさするカール皇帝の愉快そうな笑い声が謁見の間に響きわたる中、ハーゲンベルク侯爵とクィリンドラの二人は、偶然にも(・・・・)見つけた大切な少年に繋がる細い糸を手繰(たぐ)り寄せるため、すぐに調査に乗り出すことを決めた。


 これにより、ラングハイム公爵はさらなる窮地(きゅうち)に追い込まれることとなる。


 ――『渇望』のザリチュを倒した現代の英雄を(ないがし)ろにしてきた事実が、後に全て(さら)されることによって。

お読みいただき、ありがとうございました!


これにて第三章は閉幕し、次はいよいよ第四章です!

妖精王オベロンによって強制転移させられたヨナは、今度は誰と出逢い、どんな絆を結ぶのでしょうか!

どうぞお楽しみに!


少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、

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皆様の評価は、作者にとって作品を書き続ける原動力です!

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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