圧倒的な年齢差
「そろそろ落ち込むのはやめにしたらどうだ……?」
「…………………………」
膝を抱えてうつむくティタンシアの隣に座り、ゼリアが慰める。
妖精王オベロンの古代魔法によってヨナがどこかへと転移してから一週間経つが、ティタンシアは転移を食い止めることができなかった罪悪感と、彼を失ったことによる喪失感でこれ以上ないほど落ち込んでいた。
これは、ゼリアと袂を分かたなければならなくなったあの時に匹敵する。
だからこそゼリアは、大切な幼馴染を元気づけたかった。
彼女はいつだって……たとえ敵同士であったとしても、遠くから見守り続けてきたのだから。
闇属性魔法で、『木漏れ日亭』の女将に姿を変えてまで。
「妖精王様のことだから、きっとヨナを変な場所へ転移させたりはしていないはずだ。それに、彼も古代魔法の使い手。その気になればいつでもここに転移することはできる」
「…………………………」
この一週間、ゼリアは何度も慰めの言葉をかけているが、やはりティタンシアの心は晴れることがなく、ただヨナのことだけを想い続けていた。
親友である彼女のこんな姿を見たくはないゼリアだが、どうすることもできずに肩を落としていると。
「ハア……シアったら、まだそうやってめそめそしているのね」
「まあまあ。早く仕事に復帰してもらわないと、『中央互助会』の会長として困るんですけどお」
現れたのは、『アルヴ』の長であり彼女の母親であるクィリンドラと、姉のコレッテだった。
二人もまたヨナに救われたはずなのに、どうしてこんなにも軽いのだろうか。
そんな二人の様子に、ティタンシアも、隣にいるゼリアも気に入らない。
「いい? 妖精王様がいくら悪戯好きとはいえ、あれだけの恩恵と祝福を与えたヨナ君に対して、酷いことをするわけがないじゃない。きっと今頃は、次の場所で楽しく過ごしているわ」
「そうそう。あんまり重いと、ヨナに嫌われちゃうよお」
「っ!」
無責任な言動……いや、まるでヨナがオーブエルン公国で一緒に過ごした時間がなかったかのように振る舞っていると言いがかりをつける二人が許せず、ティタンシアは険しい表情で立ち上がる。
彼女がここまで感情を露わにするのは本当に珍しく、ゼリアは思わず息を呑んだ。
一方で、クィリンドラとコレッテは、しめしめとばかりに口の端を持ち上げる。
「だってそうじゃない? ヨナ君の目的は、あくまでも『妖精の森』に行って妖精達と出会うことであって、シアとの一週間はついでなのだし」
「まあまあ。ひょっとしてシアは、自分がヨナにとって特別だったなんて思い違いしているのかしらあ?」
「っ! お母さん! 姉さん!」
我慢できず、ティタンシアは声を荒げた。
その一方で、古代魔法で転移できるヨナが一週間経っているのに戻ってこないことから、きっと自分の存在は彼にとって小さなものに過ぎないのだと、心のどこかでずっと想い続けていたのも事実。
そんなティタンシアの考えは杞憂に過ぎず、ヨナにとってかけがえのない大切な人の一人であることは間違いないのだが、彼女にそれを知る由はない。
「なんだ、怒る元気はあるのね。だったら心配するだけ損だわ」
「うんうん。そして早く仕事に復帰してほしいのよお」
打って変わってどこか安堵した様子で微笑みを見せる二人に、ティタンシアは自分を励ますためにわざと憎まれ口を叩いたことに気づく。
とはいえ、ティタンシアにとって『スヴァルトアルヴ』を……大切な幼馴染を救ってくれたヨナにとって、自分は取るに足らない存在だと勝手に自覚している彼女は、素直にその優しさを受け入れることができない。
結局ティタンシアはうつむいてしまい、今にも泣きそうな表情を浮かべてしまう。
「ハア……これは重症ね」
「うんうん……まさかここまでとは思わなかったわあ……」
どうしたものかと二人が溜息を吐いて眉根を寄せる。
その時。
「その……そもそもシアは、ヨナ様のことをどう思っているのだ……?」
ゼリアは、おもむろにシアに尋ねた。
クィリンドラとコレッテはある程度予想がついているが、これまでザリチュとの魔の契約に縛られて生きてきたゼリアには、そういった心の機微に疎く、なおかつ空気を読むのが苦手なのだ。
だが、これ幸いと考えた二人は、ゼリアの話に乗る。
「そうよ。シアはどうして、そんなにヨナがいなくなったことを悲しむのかしら?」
「ねえねえ」
「それは、その……」
三人に指摘され、ティタンシアは思案する。
どうして自分は、こんなにもヨナが旅立ってしまったことが悲しいのかを。
ヨナとは、最大限に威力を抑えたと言い張る古代魔法を目撃したことが始まりだった。
すごい魔法を使える彼だが、その素顔は素直で愛くるしく、年上の女性としてヨナに優しくしてあげようと考えたティタンシア。
彼の目的が『妖精の森』を訪れることだと知り、そこにたどり着くまで手助けをし、色々と世話を焼いた。
でも……気づけばティタンシアは、ヨナが傍にいることが当たり前になって、これからも一緒にいるものだと勘違いしていたのだ。
幼馴染のゼリアを救ってくれたことも、心の中でヨナがさらに大きくなるきっかけとなり、今ではヨナなしには考えられないティタンシア。
『アルヴ』である彼女にとってヨナとの一週間は刹那に過ぎないが、それでも、確かにティタンシアの中にヨナが息づいていた。
「……ヨナは、わたしの大切な男の子。わたしはヨナが最期を迎えるまで……ううん、最期を迎えても、傍にいたい」
「ふうん、言うじゃない」
「あらあら」
「?」
相変わらず理解していないゼリアはさておき、娘の、妹の成長に頬を緩める二人。
こうなったら、家族として応援するしかない。
「だったら何としても妖精王様を見つけて、ヨナの転移先を問い詰めてみたらどうかしら?」
「まあまあ、それだけじゃ駄目よお。ただでさえ色気がないんだから、もっと女を磨かないとお」
「それもそうね。そうじゃないと、ヨナ君と再会した時にまた逃げられちゃうかもしれないし」
「っ!?」
本人を置いてけぼりにして好き勝手に話すクィリンドラとコレッテとは対照的に、自分の想いに気づいてしまったティタンシアは顔を真っ赤にしてしまう。
「そ、その、それはシアがヨナ様のことを好きになった、ということでしょうか……?」
ようやく状況を理解し、おずおずと尋ねるゼリア。
こうやって言葉にされてしまうともはや逃げ場のないティタンシアが、両手で顔を押さえて悶絶した。
「そのとおりよ。だからここは母として、『アルヴ』の里の長として、優秀な男の子の子種を残すことは重要なことだと思うの」
「うんうん」
「なるほど……」
口元を押さえ、納得の表情を浮かべるゼリア。
彼女もまた『スヴァルトアルヴ』の長の娘。優秀な次の世代を残すことは、ゼリアにとっても至上命題である。そう言う意味では、ヨナを伴侶に迎えるというのは悪くない……いや、素晴らしい選択肢だと彼女は思った。
ただ。
「……いかんともしがたい年の差をヨナ様が受け入れてくださるか、それが問題ですね」
「「「っ!?」」」
そう……『アルヴ』及び『スヴァルトアルヴ』は、妖精の一族だけあって長命な種族である。
見た目は十五、六歳の少女にしか見えないティタンシアも、既に二百歳を超えていた。
「だ、大丈夫よシア! ヨナ君がそんな細かいことを気にしたりしないわ!」
「そ、そうそう! ヨナはあんなにシアに懐いているし、何といっても人間と違って歳は重ねても容姿は美しいままよお! きっとヨナも、そのほうが喜ぶに決まっているわあ!」
などと必死になってシアに言い含める二人。
彼女達もまた、年齢には触れてほしくないのだということが丸わかりである。
「……ん、頑張る」
三人にここまで応援してもらっては、いつまでも落ち込んではいられない。
それに、妖精王オベロンを探し出してヨナの転移した先を聞き出し、すぐにでも追いかけないといけないのだから。
大好きな彼と、いつまでも一緒にいるために。
「ヨナ、わたしが必ず君を見つけ出して、ずっと一緒にいる。だから……それまで待ってて」
ティタンシアは拳を握りしめ、フンス、と気合いを入れた。
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