『アルヴ』の少女との『絆のカケラ』
「ヨナ様……我等『スヴァルトアルヴ』はこの御恩を決して忘れません。どのようなご命令でも、何なりとお申しつけください」
「え、ええー……」
長やゼリアをはじめ、『スヴァルトアルヴ』の全員がヨナの前に傅く。
ヨナはどうすればいいか分からず、変な声を上げながらティタンシアを見る。
だというのに、彼女は無言で親指を突き立てて頷くのみで、何の役にも立たなかった。
「ハア……『スヴァルトアルヴ』の皆さん、本当に感謝しているのなら、恩人のヨナ君を困らせては駄目よ?」
「あ……そ、そうでしたな」
見かねたクィリンドラにたしなめられ、『スヴァルトアルヴ』の長は苦笑する。
「ところでヨナ君……あなたのその魔法は一体……」
「あ……そ、その……実はこれ、古代魔法でして……」
「「「「「ええええええええええええええええ!?」」」」」
ヨナは古代魔法について明かしてよいものかどうか迷ったが、今さらなのでおずおずと告げると、ティタンシアを除く全員が驚きの声を上げた。
「こ、古代魔法って……遥か昔に神によって葬り去られた、あの……」
「そのようなものを、ヨナ様が身に付けておられるなんて……」
やはり『スヴァルトアルヴ』の面々は『様』付けで呼び、どうにも居心地が悪いヨナ。
しかも彼等の自分を見る目が、古代魔法の使い手であることを知りますます畏敬の眼差しに変わっている……。
「それよりヨナ、『スヴァルトアルヴ』もわたし達と同じ妖精の一族。ひょっとしたら『妖精の森』の場所を知っているかもしれない」
「あ! そ、そうですね!」
ヨナの本来の目的は、伝説の一つ『妖精の森』へ行くこと。
『アルヴ』の長であるクィリンドラも知らなかったことから半ば諦めていたヨナだったが、ティタンシアの言葉にパアア、と笑顔を見せた。
だが。
「ヨナ様、申し訳ありません……我等もまた、『妖精の森』の場所を知りません……」
そう言うと、『スヴァルトアルヴ』の長はかぶりを振る。
彼にとってはせっかくヨナに恩を返せる機会だったというのに、それを果たせない悔しさで唇を噛んだ。
「そ、そうですか……」
ものすごく期待してしまったが故に、ヨナは思いきり肩を落とす。
これで『妖精の森』へと至る方法は、全て閉ざされた……と思ったのだが。
「ホッホッホ。ひょっとして坊やは、『妖精の森』に行きたいのかい?」
「はい……………………………って!?」
耳元でささやく男の声に、ヨナは勢いよく振り返ると。
「ホッホッホ」
透明の羽を羽ばたかせて空に浮かぶ、卵のような体型をしたシルクハットとタキシード、それにステッキを身に着けている紳士の小人がヨナの目の前にいた。
「「よ……妖精王様……っ」」
「え……?」
「皆の者! 妖精王“オベロン”様がお越しになられたぞ!」
「「「「「偉大なる妖精王オベロン様、ようこそお越しくださいました!」」」」」
クィリンドラや『スヴァルトアルヴ』の長をはじめ、『アルヴ』も『スヴァルトアルヴ』も関係なく、皆が一斉に跪く。
でも、二人の長はいずれも『妖精の森』の場所を知らないと言っていた。
なら、どうしてこの小人が妖精王オベロンであることを知っているのか。
「ホッホッホ。では坊やの疑問に答えよう。君はもう、『妖精の森』に来ているよ」
「はい?」
オベロンの言葉の意味が分からず、ヨナは思わず聞き返した。
「楽園オーヴエルンの森の全てが、『妖精の森』なのだよ」
「え……?」
「ホッホッホ、驚いたようだね。人間達はたまたま妖精を見かけた場所を『妖精の森』だと思っているが、本当は森のどこにでも妖精はいるとも。ただ、わし達は恥ずかしがり屋だから、あまり姿を見せないがね」
そう言うと、オベロンは笑顔で片目を瞑る。
すると。
「! うわあああああああ……!」
『漆黒の森』の至るところから、青や赤、黄色などの鮮やかな光を放つ妖精達が現れ、宙を舞ってはしゃぐ。
そのあまりの幻想的な光景に、ヨナは感動の声を漏らした。
「ホッホッホ……さて坊や、今回はわし達の家族を助けてくれて、本当にありがとう。このオベロン、最大限の感謝を」
オベロンは胸に手を当て、恭しく一礼する。
「そのお礼と言っては何だが……おおいみんな、こっちに来てくれ」
「ボク?」
「ボク?」
「ワタシ?」
はしゃぐ妖精達がオベロンに呼ばれ、首を傾げながら一斉にヨナを囲んだ。
「この坊やに、『妖精の粉』を差し上げておくれ」
「『妖精の粉』? いいよー!」
「「「「「いいよー!」」」」」
妖精達はヨナの頭上をぐるぐると回り、金色の粉が降り注ぐ。
するとどうだろう。常に感じていたあの痛みと苦しみが、和らいでいくではないか。
「オ、オベロン様、これ……」
「ホッホッホ。『妖精の粉』は万病の薬。痛みも苦しみも、全て癒してくれるよ。……ただ、悪いけど壊れたものを治すことはできない」
「あ……」
どうやらオベロンは、ヨナの病状に気づいているようだ。
笑顔だった彼が、悲しそうな表情でかぶりを振った。
「んしょ、んしょ」
「これ、君にあげるね!」
二人の妖精が、小さな布袋をヨナに手渡す。
開けてみると、中には今も降り注いでいる『妖精の粉』が入っていた。
「これを薬に処方すれば、同じように坊やの痛みを和らげてくれるよ。これだけあれば、一年は充分保つから」
「あ、ありがとうございます……っ」
布袋を大事に抱え、ヨナは深々とお辞儀をする。
『魔力過多』を治すことも、寿命を延ばすこともできなかったものの、それでも、十一年の間ずっと苦しめ続けられてきた痛みや苦しみから解放されるのだ。ヨナのオニキスの瞳から一滴の涙が落ち、地面を濡らした。
「ホッホッホ。それでは坊やの、数奇な運命の旅立ちを祈って」
オベロンが地面に人差し指を向け、高速で何かを描く。
それは。
「え!? え!? これ、【テディト】……っ」
「っ!? ヨナ!」
「ホッホッホ、良き旅を」
魔法陣の光に包まれるヨナに向け、ティタンシアは駆け寄り手を伸ばす。
だが、彼女の手が触れることなく、ヨナは光の魔法陣によってどこかへと転移した。
「あ……あああああ……っ!」
膝から崩れ落ちる、ティタンシア。
その隣で。
「……これでいいかな? お節介な古き友よ」
妖精王オベロンがぽつり、と呟いた。
――小さな少年が遺した、不器用で感情を表に出すのが苦手で、だけど誰よりも世話焼きな『アルヴ』の女性との、小さな小さな『絆のカケラ』を見つめて。
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