ただ、深い闇の底に引きずり込むだけ
「ふう……危うく間に合わなくなるところだった」
――『漆黒の森』に降り立った一人の少年が、全てを救うから。
「っ!? ヨナ、どうしてここに!?」
突如現れたヨナを見て、ティタンシアは目を見開いた。
確かに『漆黒の森』の位置は教えたものの、今ここは『結界石』の影響下にある。いくらヨナの古代魔法でも、ここに転移することは不可能のはず。
なのに……彼はここにいる。
「もちろん、ティタンシアさん達に協力するためです。幸い、古代魔法で問題なく転移できましたし」
なお、ヨナは転移ができなかった場合は、『漆黒の森』のすぐ傍に転移するつもりだった。
その後は『結界石』の効果を上回るほどの古代魔法で結界を張ればいいと、次善の策も考えた上で。
とはいえ。
「きっと僕の魔法は問題なく使えると思っていました。だって……僕の魔法は、普通の魔法とは理が違うから」
そう……通常の魔法は己の中にある魔力をもって生み出されるもの。一方で、古代魔法は魔ではなく、己の魔を捧げて世界の摂理の根源を使役する魔法。
勇者は魔を退けるため、魔にのみ反応する結界魔法を『結界石』に閉じ込めたはず。
なら、魔ではない古代魔法が遮られることはない。
「それで、あの『スヴァルトアルヴ』の皆さんが守っているあれは、一体何ですか?」
「え? ……あ、そ、そうだったわね。あの男が魔王軍幹部、『渇望』のザリチュよ」
ティタンシアと違い、ヨナが古代魔法を使えることを知らないクィリンドラはあまりのことに呆けていたが、ヨナに尋ねられて我に返り、説明した。
「つまり、『スヴァルトアルヴ』の皆さんは、あの醜い男のせいで理不尽な目に遭っているということなんですね」
「げふ、げふ、げふ。いきなり現れて面食らったが、小僧ごときが何を抜かす。魔王軍も我も、『スヴァルトアルヴ』に対して充分な便宜を図ってやった。魔王軍の侵攻にあたり、手出ししないというな」
「「「「「…………………………」」」」」
ザリチュの言葉に、『スヴァルトアルヴ』の者達は唇を噛みうつむく。
彼等は自分達を守るため、魔王に与した。これは事実だ。
だが、魔王が勇者に倒されて魔王軍が壊滅してもなお縛られる魔の契約は、果たして正当なものなのだろうか。答えは否だ。
つまり彼等は、魔王軍に……ザリチュに騙され、五百年以上にわたって搾取され続けてきた悲しい一族なのだと。
「……もういいよ」
「げふ?」
「『スヴァルトアルヴ』の皆さんがオマエを守っているってことは、その魔の契約ってもので縛っているんだよね? オマエが死ねば、皆さんが死ぬっていう理不尽な契約で」
「げふ、げふ、げふ。小僧のくせに頭は悪くない。黒い豚どもと違ってな」
ヨナの言葉に、ザリチュは下品に嗤う。
本音を言えば、よく知らない『スヴァルトアルヴ』をヨナが救う義理はない。
だけど、ヨナは許せなかった。
出逢ってからずっと気遣ってくれ、優しくしてくれた大切な女性であるティタンシアをこんなにも悲しませたことが。
何より……理不尽を強要したことが。
だから。
「あははっ」
両手を『スヴァルトアルヴ』に守られているザリチュに向けてかざし、ヨナが笑う。
飛蝗の大群を焼き尽くし海蛇の魔獣を倒した、あの時と同じように。
――自分こそが絶対の存在であると勘違いした理不尽に、それ以上の理不尽で思い知らせてやるために。
「深淵を彷徨いし闇の根源よ。我の前に顕現し、終末の果てへと誘う導き手となりて、欲望のまま貪る罪深き魔の下僕を引きずり込め」
ヨナが右手の人差し指を地面に向け、高速で描いて詠唱すると、五つの『結界石』を外周で繋ぐように漆黒に染まる魔法陣が浮かび上がった。
「【ドゥンケルハイト】」
漆黒の魔法陣はどこまでも続く深い深い穴となり、闇の中で蠢く無数の黒の手が渇望の魔族へと伸びてゆく。
「げふ、げふ、げふ、黒の手などいかほどのものか。我が全て食らい尽くして……っ!?」
ザリチュは黒の手を食らおうとするが、腹に収めるどころかその腹からも手が伸びてきた。
そう……黒の手は、闇より出しもの。ならば無限と思われる『渇望』の腹の底さえも、奴等にとっては戯れる遊び場に過ぎない。
「げふ……や、やめ……っ」
建物にしがみつき、必死に抵抗するザリチュ。
黒い豚どもと罵った『スヴァルトアルヴ』の者達に助けを求めようと視線を送るが、誰も目を合わせようとしない。……いや、あまりの恐怖で誰も目を開けることができない。
「あははっ、心配しないで。暗い暗い闇の中で、彼等はオマエと遊んでくれるよ。永遠にね」
「あ……あ……」
深い深い穴へと引きずり込まれ、ザリチュが必死に短く醜い手を伸ばす。
だが、黒い手は『渇望』の魔族の腕に、脚に、首に、頭に、胴体に、全てに絡み纏わりつき、そして。
――全てを呑み込み、穴は現世と隔絶した。
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