聞き届けるは、神にあらず
「げふ、げふ、げふ……愚かな黒い豚どもよ」
『結界石』に囲まれた建物から、下卑た笑みを浮かべた者……魔王軍幹部の『渇望』のザリチュが、醜悪な姿を現した。
「ザリチュ……ッ」
「げふ……ほう、誰かと思えば勇者に与した白い豚ではないか。わざわざ我の口の中に収まりに来るとは、殊勝な心掛けよ」
「黙りなさい!」
大きな口を開け舌なめずりをするザリチュに、クィリンドラは険しい表情を向ける。
五百年前の魔王との戦いにおいて、『アルヴ』は多くの犠牲を払った。魔王軍幹部であるザリチュに対して『アルヴ』の長である彼女に思うところがあるのは当然だった。
だが、それ以上に。
「死ね」
素早く弓を構えたティタンシアが、ザリチュの醜い顔に向けて矢を放つ。
一本のみならず、次々と。
だが。
「げふ、げふ、やはり矢は不味い。食らうなら白い豚がよい」
「っ!?」
ザリチュは巨大な口を開け、全てを呑み込んでしまった。
「シア、落ち着きなさい」
「お母さん、だけど!」
「ザリチュは『結界石』に閉じ込められていて身動きは取れないわ。それに……あの男の口に射かけても、全て腹の中よ」
クィリンドラの言うとおり、『渇望』ザリチュの能力は毒を主体とした邪属性魔法と、全てを食らい尽くすあの大きな口。
その口は、剣だろうが槍だろうが弓だろうが、たとえ魔法であろうがお構いなしに。
五百年前の戦いで、かつての同胞である『アルヴ』達もあの口の中へと吸い込まれてしまった。そのことを、クィリンドラは誰よりも知っている。
「げふ、げふ、げふ。確かに貴様の言うとおり、我はこの結界の外に出ることはできない。ただし……『結界石』が無くなれば、その限りではないがな」
「な……っ!?」
いつの間にか『スヴァルトアルヴ』の者達が建物とティタンシア、コレッテを取り囲み、両手をかざしていた。
いつでも得意の闇属性魔法を発動できるように。
とはいえ、五つの『結界石』が展開されている以上、『スヴァルトアルヴ』達は集落の中で闇属性魔法を放つことはできない。
そのことは彼等も分かっているはずだが、それでも、ザリチュに『アルヴ』と争う姿勢を見せるほかないのだ。
「みんな! やめなさい!」
「仕方ない……仕方ないのだ! 我等とザリチュ様の魔の契約が続いている以上、どうすることもできないのだ!」
「長……あなたも何を考えているの……っ!」
苦渋の顔を見せる『スヴァルトアルヴ』の長は、クィリンドラだけでなく娘であるゼリアにも闇属性魔法を放とうと両手を向ける。
他の『スヴァルトアルヴ』ならともかく、長の彼であればたとえ『結界石』の影響下でも闇属性魔法を放つことができるかもしれない。
そして彼は、娘の命と引き換えに『スヴァルトアルヴ』の大勢の者を選択したようだ。
「本当にそれでいいの!? 大切な娘じゃない!」
「分かっている! だが……『スヴァルトアルヴ』を生かすには、これしかないのだ……」
長が視線を向けるその先には、怯える小さな『スヴァルトアルヴ』の子供達。
魔の契約によってこんな子供達まで苦しめるザリチュに怒りしか沸かないが、自分の娘を切り捨てる選択をした彼に、同じ長としてクィリンドラは何も言えなくなってしまった。
この最悪の状況を切り抜ける方法はないものかとクィリンドラは考えを巡らせるが、何一つ打開策は思い浮かばない。
すると。
「……クィリンドラ殿、もういい」
「っ!?」
「ゼリア!?」
諦念の表情を浮かべかぶりを振るゼリアにクィリンドラが息を呑み、ザリチュと『スヴァルトアルヴ』の者達に対峙しているティタンシアが声を上げた。
「このゼリア=グラッスブローク。『スヴァルトアルヴ』の未来のために喜んで命を捧げよう」
「まだ諦めたら駄目! なんで……なんでそんなことを言うの!」
ティタンシアは新緑の瞳から涙を零して訴える。
ゼリアは彼女から目を背け、父である『スヴァルトアルヴ』の長を見て頷いた。
――魔の契約を果たすため、自分を殺せと。
『スヴァルトアルヴ』の長も涙を零し、声にならない声で何かを呟く。
それはゼリアに伝わったようで、彼女は満足な表情を浮かべて目を瞑った。
だが。
「ふざけ……ふざけないでッッッ!」
「っ!? シア!?」
そんなことは到底納得できないシアは、ザリチュに向けて次々と矢を放つ。
たとえ通用しないことが分かっていても、それでも、この最低の魔族さえいなければゼリアが死ぬ必要はないと信じて。
「げふ、げふ、げふ。やはり白い豚の一族は頭が悪い。この我を殺せば、血の契約によって黒い豚どもも死ぬというのに」
「どういう……こと……?」
「げふ、げふ、簡単なこと。我は黒い豚との契約の際に、魔王様を裏切らぬことのほかに、もう一つ誓約を加えた。『ザリチュが死を迎える時、『スヴァルトアルヴ』もまた死ぬこと』とな」
「な……っ!?」
「げふ、げふ、げふ。だから黒い豚どもは、我を守るしかないのだ」
その言葉を聞いた瞬間、『スヴァルトアルヴ』達はティタンシアとの間に割って入り、まるでザリチュを守る盾のように立ち塞がる。
これではティタンシアも、矢を放つことができない。
それにしても、ザリチュという男のなんと卑劣なことか。
突きつけられたどうしようもない事実に、ティタンシアは膝から崩れ落ちる。
彼女は大切な幼馴染を救うために、これまでずっと頑張ってきた。
頼みの綱だった『結界石』では魔の契約を打ち破ることができず、ザリチュを倒したら『スヴァルトアルヴ』はみんな死ぬ。
もちろん、大切な幼馴染であるゼリアも。
もうどうすればいいか分からず、ティタンシアは地面を思いきり叩いた。
「誰か……誰か、お願いだから助けて……っ」
それは絶望に苦しむ、一人の少女の悲痛な叫び声。
残念ながらその願いは、神には届かない。
とはいえ、彼等の命運がここで尽きることはない。
何故なら。
「ふう……危うく間に合わなくなるところだった」
――『漆黒の森』に降り立った一人の少年が、全てを救うから。
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