『渇望』のザリチュ
「……来たか、ティタンシア」
「ゼリア……」
現れたのは、甲冑を身に纏い、漆黒の木の杖を構えるゼリアだった。
「悪いが、ここから先に行かせるわけにはいかない」
「……ん、分かってる」
ザリチュとの魔の契約がある以上、ゼリアは裏切ることはできない。
そのことを誰よりも理解しているティタンシアは、悲しそうな表情で頷いた。
それは、目の前のゼリアも。
「そう……シアの元幼馴染には悪いけど、あなたには人質になってもらうわ。私達が、安全に魔の契約を解除するために」
「っ!?」
二人が会話を交わす隙を突き、いつのまにかゼリアの背後に回っていたクィリンドラは彼女の首筋に鏃の切っ先を当てる。
ティタンシアとコレッテにさえも気づかれずに。
「……さすがは『沈黙の射手』と恐れられるだけのことはありますね。だが、弓を使わずともこれだけの実力があるとは予想外でした」
「うふふ、ありがとう。でも、これくらいできないとあの中ではお話しにならないのよ」
蔦で後ろ手に拘束される中、薄く微笑みを浮かべて賛辞を並べるゼリア。
少し苦笑するクィリンドラは、確かに『アルヴ』の長に相応しい実力を兼ね備えていた。
ティタンシアやコレッテが彼女の域に達するには、まだかなりの年月が必要だろう。
「これでよし、と。シア、悪いけど彼女はあなたに任せるわ」
「ん、分かった」
クィリンドラからゼリアを渡され、ティタンシアは頷く。
それからゼリアを含めた四人は、『スヴァルトアルヴ』の集落のあるほうへと森の中を進んでいった。
「……ゼリア、待ってて。もうすぐ、全部終わるから」
「最初から期待などしていない。……いや、違うな。そもそも、私はそんなものを望んでいない」
「ん……」
拘束している蔦を強く握りしめティタンシアがささやくが、ゼリアは表情を変えずにかぶりを振る。
だが、ティタンシアは分かっていた。今の言葉は、彼女の本意などではないと。
彼女の『望んでいない』との言葉は、『いざという時は見捨てろ』と言外に告げているのだ。
「絶対に、許さない」
ティタンシアがそう呟き、唇を強く噛む。
血が流れることも、いとわないほどに。
「……馬鹿な奴だ」
そんな皮肉を言うゼリアだったが、彼女のアメジストの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
◇
「ふう……幸運にも他の『スヴァルトアルヴ』と遭遇しなくてよかったわ」
いよいよ『スヴァルトアルヴ』の集落に到着し、クィリンドラは深く息を吐いた。
彼女は『幸運にも』と言ったが、そうではない。
集落まで無理やり先導させられたゼリアの選んだ道に、『スヴァルトアルヴ』が配置されていなかったということ。
彼女に真っ先に遭遇したのも、つまりはそういうことだ。
「準備はいい? 私がゼリアを連れて彼等に姿を見せるから、シアとコレッテはその隙に集落のとこかに潜んでいるザリチュを見つけなさい」
「ん、任せて」
「分かりましたあ」
コレッテの間延びする言葉遣いは緊張感に欠けるが、それでも、表情からは悲壮感と決意が漂う。
魔の契約を強制的に断ち切るためには、ザリチュを五つの『結界石』で封じ込める必要があるから。
「さあ……行くわよ」
「「「「「っ!?」」」」」
ゼリアを連れて躍り出たクィリンドラを見て、『スヴァルトアルヴ』は一斉に息を呑んだ。
「うふふ。『スヴァルトアルヴ』の長の娘、ゼリアは私が捕らえたわ。大人しくしなければ、彼女がどうなるか分からないわよ?」
「く……っ」
鏃の切っ先を首元に当て、僅かに血が流れる。
ゼリアは苦悶の表情を浮かべ、『スヴァルトアルヴ』達は怒りに満ちた表情でクィリンドラを睨みつけた。
「くそっ! それがあの英雄『沈黙の射手』のすることか!」
一歩前に出て声を荒げるのは、アメジストの瞳と白い髪を持つ初老の男。
彼こそ、ゼリアの父である『スヴァルトアルヴ』の長だった。
「ええそうよ。ここに魔王軍の幹部が潜んでいる以上、どんな手段でも使うわ。それが私の務め……いえ、責任だから」
「むうう……っ」
さらに力を加えて鏃をゼリアの細い首筋に刺すクィリンドラに、『スヴァルトアルヴ』の長は唸ることしかできない。
「さあ、どうするの? 今すぐ『渇望』のザリチュをここに連れてきたら彼女は解放してあげるけど、このままじゃ死んでしまうわね」
「「「「「…………………………」」」」」
無言で睨みつける『スヴァルトアルヴ』の者達。
そのうちの数名は、長と集落の奥にある一軒の建物へと交互に視線を向けていた。
つまり。
「シア! コレッテ!」
「ん!」
「分かっていますよお!」
その一軒の建物を囲むように、二人は五つの『結界石』を設置した。
「世界を救いし勇者の魂よ……今こそ魔を絶つため、その力を示せッッッ!」
クィリンドラは両手で素早く印を組み、建物に……いや、結界石に向けて叫ぶ。
その時。
「っ!?」
「これ、は……」
建物を……いや、『漆黒の森』全体を覆う、聖なる青い光。
これこそが、全ての魔を退ける勇者の結界。
「さあ! これであなた達を縛っていた魔の契約は強制破棄されたわ! その上で、あなた達に尋ねる! 魔王もいないこの世界で、まだなお魔に与するのか! それとも『スヴァルトアルヴ』の誇りを取り戻し、我等とともに魔に立ち向かうのか!」
クィリンドラの言葉に、『スヴァルトアルヴ』達は戸惑いの表情を見せる。
だが。
「ああ……ああ! もうあいつの言いなりになるのはまっぴらだ! 我等は誇り高き『スヴァルトアルヴ』! 既に魔王もいない今、今度こそ『アルヴ』と……っ!?」
「「「「「っ!?」」」」」
同調した『スヴァルツアルヴ』の一人が拳を振り上げて叫んだ瞬間、口から赤い泡を噴いて倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
それを見た『スヴァルトアルヴ』の者達は一様に戦慄する。
「げふ、げふ、げふ……愚かな黒い豚どもよ」
『結界石』に囲まれた建物から、下卑た笑みを浮かべた男……魔王軍幹部の『渇望』のザリチュが、醜悪な姿を現した。
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