同胞を縛る鎖
「ヨナ。箱の中身は勇者が世界のために遺してくれた、『結界石』と呼ばれるもの」
なんとティタンシアが、あっさりと教えてくれた。
「っ!? シア、あなた!」
「ヨナはわたし達の敵ではないし、裏切ったりするようなこともしない。他の人間とは絶対に違うことは、このわたしが保証する」
胸に手を当て、クィリンドラを見つめるティタンシア。
その新緑の瞳に、偽りの色は一切ない。
「ハア……まあ、ヨナ君はまだ子供だし、余計な心配かもしれないわね」
しばらく見つめ合っていた二人だったが、クィリンドラが溜息を吐き、かぶりを振ると。
「シアの言ったとおり、この木箱の中身はかつて勇者が作った『結界石』。これがあれば、全ての魔を退ける」
どこか自信に満ちた表情で、彼女はヨナに告げた。
「魔を退ける……」
「ええ」
クィリンドラは、ヨナにこれからの目的について語った。
同胞である『スヴァルトアルヴ』は、五百年前に魔王に与した際に契約を結んだ。
決して魔王を裏切らないこと、もし裏切った場合には、一族の全ての者に死が訪れるという誓約とともに。
その契約は、魔王との戦いから五百年が経った今も続いている。
「……このことを私に教えてくれたのは、一人の『スヴァルトアルヴ』。その事実を告げた後、彼女は命を奪われた」
「…………………………」
全てを語り終え、クィリンドラは悔しそうに唇を噛み、拳を握りしめた。
「ま、待ってください! 魔王が倒されて平和になった世界で、どうして今も『スヴァルトアルヴ』は既にいない魔王との契約が継続されているんですか!?」
クィリンドラの説明に納得ができず、ヨナは慌てて尋ねる。
そもそも魔王がいない時点で『スヴァルトアルヴ』が争う必要はなく、契約も当然無効になるはず。
だというのに、五百年経った今も契約に従い、『アルヴ』と争い続けているとはどういうことだろうか。
「……契約相手が、魔王じゃないから」
「え……?」
「『スヴァルトアルヴ』の契約相手は、当時の魔王軍幹部の一人、『渇望』の“ザリチュ”という魔族よ」
クィリンドラの説明によると、魔王には六人の最高幹部がおり、それぞれ『悪しき思考』『虚偽』『背教』『無秩序』『赤熱』『渇望』の称号が与えられている。
このうち、『虚偽』と『赤熱』については五百年前の戦いで打ち倒したが、残る四人の幹部は魔王との決戦の時にいなかった、もしくは倒される前に逃げ出したかのいずれかだった。
「……『渇望』のザリチュは勇者の目をかいくぐって逃走し、『スヴァルトアルヴ』のいる『漆黒の森』で再起を図っているわ」
「人質の『スヴァルトアルヴ』がいることで、わたし達が手出しできないことをいいことに」
「そんな……っ」
つまり『スヴァルトアルヴ』達は契約によって今も命を盾に、理不尽な目に遭わされているということ。
話を聞き終えたヨナは、拳を握りしめる。
「でも、それももう終わりよ。ザリチュとの契約は魔の誓約によって行われている。なら、その魔を退ける勇者の『結界石』があれば全てを無にできる!」
「そのとおり」
木箱を掲げ、クィリンドラとティタンシアが強く頷き合う。
伝説の勇者が遺したものなら、その効果は絶大なのかもしれない。
だけど……ヨナは、どうしても不安が拭えなかった。
◇
「明日の朝、わたし達は『スヴァルトアルヴ』達のいる『漆黒の森』に向かう。悪いけどヨナは、それまでここで待っていてほしい」
夕食を終え、今日の寝床である小さな木の部屋の中で、ティタンシアが告げる。
その声は、その新緑の瞳は、絶対に譲らないという意思が込められていた。どうやら、ついて行こうとしていたヨナの考えはお見通しだったようだ。
「で、でも、僕の古代魔法はティタンシアさんもご存知ですよね? きっと役に立てると思うんですけど……」
「駄目。それに勇者の『結界石』を使用したら、きっとヨナの古代魔法も使えなくなる。君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「…………………………」
明確に拒絶されてしまい、ヨナは押し黙る。
「……ヨナはもう、ここに用はないはず。いっそのこと、この国を出てしまうのもいいと思う」
「っ!? そんな……!」
『スヴァルトアルヴ』及び『結界石』について話し終えた後、ヨナはクィリンドラに『妖精の森』について尋ねた。
だが、残念ながら長である彼女も場所までは知らないとのこと。『妖精の森』の伝説へ至る道を絶たれた以上、ヨナがここに留まる理由はない。
でも。
「嫌です! 僕だってここまで関わったんだから、最後まで見届けさせてください!」
「……やっぱりヨナはいい子。だからこそ、連れてはいけない」
ティタンシアはヨナの身体を抱きしめ、耳元でささやく。
ヨナは悔しくて、ぎゅ、と彼女を抱きしめ返した。
「じゃ、じゃあ、せめて『漆黒の森』の場所だけでも教えてください。僕の古代魔法が『結界石』で通用しないなら、問題ないですよね?」
「…………………………」
ヨナのお願いに躊躇するティタンシアだったが、古代魔法が通用しないと言ったのは他ならぬ自分。
ティタンシアは軽く息を吐くと、『アルヴ』だけが持つオーブエルン公国の森全体の地図を鞄から取り出した。
「ヨナ、ここがわたし達のいる『アルヴ』の里、そしてここが……」
「『漆黒の森』、ですね」
「そう」
『漆黒の森』は、オーブエルン公国の西の端にある小さな森。
里からは、距離にして公都ミンガからミッテンベルクまでの距離の半分といったところ。『アルヴ』であるティタンシアなら、一日もあれば到着できる。
「ヨナ、心配しないで。きっと無事に帰ってくるから」
「はい……」
うつむくヨナを、ティタンシアは再び抱きしめた。
『大丈夫だよ』と、彼にも……自分にも言い聞かせるように。
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