勇者が遺したもの
「あ、私としたことが、自己紹介がまだだったわね。私は『アルヴ』の里の長を務める“クィリンドラ=アルヴェリヒ”と申します」
そう名乗ると、長……クィリンドラはにこり、と微笑んだ。
「あ、ぼ、僕はヨナです!」
「ヨナ君ね。シアがお世話になってます。それにしても……うふふ、シアにはもったいないくらい可愛らしい男の子じゃない」
「わわわわわ!?」
クィリンドラがヨナの頬を撫でて、ティタンシアにそう告げる。
ただ、彼女の新緑の瞳がどこか妖しい。
「むう……お母さんはこれ以上近づいたら駄目」
危険を察知したティタンシアは、クィリンドラを押し退けた。
知り合ってからまだ一週間弱だが、分かったことはヨナが健気でとても可愛いことと、そんな彼を放っておけない女性が多いということ。
このままではヨナを奪われかねない、ティタンシアは自身の母親の様子を見てそのことをようやく理解したようだ。
その証拠に、初めて出逢った時と比べてやたらとヨナに密着している。今なんて、母親から庇うようにヨナを抱きしめている。
おかげで。
「ティ、ティタンシアさん、苦しい……」
「あ……」
ティタンシアに強く抱きしめられたせいで、ヨナは少し膨らみのある胸に押し付けられ、息ができなくなっていた。
「あら、あのシアがねえ……」
「放っておいて。と、とにかく、早く用件を済ませる。これ」
仕方なくヨナを解放したティタンシアは、鞄の中から五つの木箱を取り出し、少し強引にクィリンドラに差し出す。
「うふふ、ありがとう」
「お母さんが姉さんに預けっぱなしにせずに、里の者に取りに行かせればよかった」
「残念ながら、そういうわけにもいかないのよ。森から出たら『スヴァルトアルヴ』が待ち構えているだろうし、里の中には彼等だけでなく人間に対しても良く思っていない者達もまだ多くいるから」
「……本当に、『アルヴ』は頭が固くて古い」
「そうね、否定できないわ……」
ティタンシアは眉根を寄せ、クィリンドラは目を伏せる。
彼女達の話からすると、『アルヴ』は誇り高いだけではなくて保守的な思想を持ち、選民意識が強いようだ。
だからこそ、ヨナは気になった。
「ええと……たしか『勇者と魔王』の伝説では、『アルヴ』の一人が勇者と一緒に旅をして、魔王討伐に貢献したということになっていますが……」
「よく知っているわね。ヨナ君の言うとおり、勇者の旅に同行していたわよ」
「そうですよね。でも、勇者は僕と同じ人間ですから、逆に今も『アルヴ』が毛嫌いしている理由が……」
ここまで話して、ヨナはますます違和感を覚える。
伝説では勇者と旅を共にしていた『アルヴ』は女性で、最初の頃はあまり勇者と仲良くなかったと記されていた。
それが旅の中で信頼を築き、魔王討伐に当たっては仲間だった『アルヴ』だけでなく、全ての『アルヴ』が一丸となって人間達と協力し、戦ったとある。
では、どうして『アルヴ』達はこうも人間を下に見るのだろうか。
「……馬鹿馬鹿しいけど、『アルヴ』が人間に協力したのはあくまでも魔王という共通の敵がいたから。脅威が去れば、お互いにまた元の関係に戻ったというわけなの。『アルヴ』達も人間達も互いに人間である勇者の恩恵を受けていたのに、そんなことも忘れて」
クィリンドラはずっと失望を抱えていたのだろう。ヨナにそう告げると、眉根を寄せて肩を落とす。
「……お母さんが『アルヴ』と人間をはじめ他の種族がまた仲良くなれるように、ずっと努力してることは知ってる。でもわたしは、それを拒否する者達に嫌気がさして里を飛び出した。“アルヴェリヒ”の名を捨てて」
「そうね……だけどこうして何年かぶりに顔が見れてよかったわ」
「…………………………」
クィリンドラがそう告げると、ティタンシアはバツが悪そうにそっぽを向いた。
今の言葉から察するに、姉であるコレッテが気を利かせて、あの木箱をティタンシアに届けさせたのだろう。
それに、ティタンシア自身も“アルヴェリヒ”という名こそ捨てたものの、母親のことを嫌っているわけではなさそうだ。
そうでなければ、ヨナを『アルヴ』の里に連れてきたりはしない。
「まあでも、コレッテが集めてシアが持ってきてくれたこれがあれば、『スヴァルトアルヴ』を救うことができて、彼等とまた元通り仲良くなれるはずよ」
木箱を見つめ、クィリンドラは嬉しそうに微笑む。
だが、ヨナは彼女の『救う』という言葉に違和感を覚えた。
五百年前のことで迫害され、『漆黒の森』というところに追いやられたことは分かったが、その関係を修復することを『救う』などという言葉は普通使わない。
つまり……『アルヴ』と『スヴァルトアルヴ』が五百年経った今もなお袂を分かっていること、ティタンシアが『スヴァルトアルヴ』に襲われたことには根本的な理由があるのだ。
そして、その理由を知るための鍵は、木箱にある。
「それで、木箱の中には何が入っているんですか?」
「……ヨナ君が気にするようなことじゃないわ」
先程までの柔らかい表情から打って変わり、クィリンドラは鋭い視線を向けた。
やはり箱の中身はとても重要なもので、ヨナの質問は彼女に警戒を抱かせてしまったようだ。
すると。
「ヨナ。箱の中身は勇者が世界のために遺してくれた、『結界石』と呼ばれるもの」
なんとティタンシアが、あっさりと教えてくれた。
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