『アルヴ』の長
「ヨナ、着いたよ」
「うわあああ……!」
森を抜けて現れたそこは、木漏れ日が差し込むとても綺麗な場所だった。
透き通った美しい泉を囲む木々の上に小さな家が建ち、花が咲き乱れる広場では耳の長い整った顔立ちの子供達が楽しそうに鬼ごっこをしている。
すると。
「これはティタンシア様。ようこそお越しくださいました」
「え……?」
青年の『アルヴ』が二人の前に現れ、跪く。
それに彼は、ティタンシアに対して『様』付けをした。ヨナは思わず彼女を見る。
「やめて。私はただのティタンシア。ティタンシア=フィグブローム」
「ああ、そうでしたね。ですがあなた様が、長の娘であることに変わりありませんので」
「……いい加減にして」
ティタンシアが明確に否定しているにも関わらず話を続ける青年に、普段は表情の変化に乏しい彼女が、露骨に顔を歪めた。
それは、青年の言葉が真実であることを物語っている。
「それでシア様、どうして神聖なる『アルヴ』の里に、汚らわしい人間など連れて……っ!?」
「黙れ」
青年がヨナに侮蔑の視線を向けて汚い言葉を口にしようとした瞬間、ティタンシアが弓を構えて狙いを定めた。
さすがの彼も彼女のすさまじい怒りを悟り、慌てて口を噤むが、ヨナに向ける視線だけは変わらなかった。
「……ヨナ、ごめん。『アルヴ』の者は妖精の一族であることを鼻にかけて気位が高く、人間を見下す者が多い。そのことを、先に言っておくべきだった」
「あ……ティ、ティタンシアさん謝らないでください!」
あからさまに落ち込んだ様子を見せるティタンシアを、ヨナは慌ててなんでもないとばかりに振る舞う。
「それに、ティタンシアさんがそのことを先に説明してくれていたとしても、僕はきっと信じてなかったと思います。だって、ティタンシアさんは正反対のすごく優しい人ですから」
「ヨナ……やはり君はいい子」
「わわっ!?」
感極まったティタンシアは、にこり、と微笑むヨナを抱きしめる。
いきなりのことで、ヨナは思わず声を上げた。
その時。
「外が騒がしいと思って来てみたら……あなたね」
現れたのは、二人の壮年の『アルヴ』を引き連れた、ティタンシアと同じ新緑の長い髪と瞳を持つ、どこか神々しさを感じさせるほどの美しい女性だった。
「お母さん……」
「コレッテから連絡をもらっているわ。話は屋敷でしましょう」
そう言うと女性は踵を返し、二人の従者と一緒に先に行ってしまう。
「ヨナ、わたし達も行こう」
「は、はい。だけど、僕は一緒じゃないほうが……」
「駄目。お母さんに『妖精の森』の場所を聞かないといけないし、それに、この馬鹿のような連中がヨナに悪さをしかねない」
「…………………………」
ティタンシアに睨まれ、慌てて目を伏せる『アルヴ』の青年。
どうやら彼女の懸念のとおりのことが起きることは容易に想像ができたため、ヨナは同席させてもらうことにしたのだが。
「お、大きいなあ……!」
里の中でもひときわ大きな大木に建つ、木造の立派な屋敷。
長の住まいを見て、ヨナは感嘆の声を漏らす。
「ヨナ、しっかりつかまっていて」
「え? わ、わわっ!?」
ティタンシアがヨナを横抱きにし、軽やかに木を駆け上っていった。
いきなりだったので驚いたが、風の心地よさも相まって、楽しくてすぐに笑顔になる。
「喜んでくれたから、またしてあげる」
「は、はい!」
屋敷の玄関に到着しティタンシアがそう言うと、ヨナは笑顔で頷く。
ただ、内心ではお姫様抱っこは少々恥ずかしいので、次は違う形でお願いしようと考えたヨナだった。
そして。
「じゃあ、あなた達は外に出ていてくれるかしら」
二人が部屋に入るなり、長は二人の従者に退室を促した。
「「し、しかし……」」
「あら、久しぶりの娘との語らいを邪魔するというの?」
躊躇する従者達に、長は有無を言わせないとばかりに強い口調で言い放つ。
渋々従者達は、退室しようとして。
「おい。貴様も出るんだ」
「そうだ。長とティタンシア様の邪魔を……」
「彼には別件で話があります。余計なことは言わず、早く出なさい」
「「…………………………」」
ヨナの肩を強引につかんで一緒に連れて行こうとした従者に、長は鋭い視線を向けた。
そればかりか、ヨナの隣にいたティタンシアも強烈な殺気を放つ。
二人の慄いた従者達は、そそくさと出て行った。
「ハア……本当に、嫌になってしまうわ」
ついさっきまでの厳格な態度とは打って変わり、長の雰囲気が砕けたものに変わり溜息を吐いた。
「だけど、この現状を変えていない……いや、変えようとしないのはお母さん」
「……分かっているわよ」
鋭い視線を向けるティタンシアに、長はバツの悪そうに顔を背ける。
「あ、あの……」
「さっきはごめんなさいね。その、里にも色々事情があって……」
あまりの変わりようについていけないヨナがおずおずと声をかけると、長は申し訳なさそうに謝罪した。
あまりにも困り果てた表情をしていたので、ヨナはむしろ気を遣ってしまう。
「あ、私としたことが、自己紹介がまだだったわね。私は『アルヴ』の長を務める“クィリンドラ=アルヴェリヒ”と申します」
そう名乗ると、長……クィリンドラはにこり、と微笑んだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
皆様の評価は、作者にとって作品を書き続ける原動力です!
何卒応援をよろしくお願いします!




