秘密の共有
「ハア……ハア……や、やっぱり……」
「あ……」
相変わらず魔法の威力を抑えることができずに頭を抱えるヨナを見て、ティタンシアは安堵で膝から崩れ落ちた。
「ティ、ティタンシアさんが、どうしてこんなところに!?」
ヨナは慌ててティタンシアに駆け寄るが。
「っ!?」
「……それでヨナは、どうしてこんなところにいるの?」
ティタンシアに両肩をつかまれ、思いきり睨まれる。
彼女の新緑の瞳からは、不安と安堵、それに若干の怒りが混じっていた。
「そ、そのー……乗合馬車が休憩の間に、ちょっと魔法の練習でもと……」
「ここは街道からかなり離れている。『アルヴ』でなければ、街道からここに来るまでに半日はかかる距離」
「うっ……」
やはりつまらない言い訳は彼女に論破されてしまう。
どうしたものかと、ヨナは必死に言い訳を考えていると。
「わわっ!?」
「本当に……無事でよかった……っ」
ティタンシアに抱きしめられ、ヨナは驚きの声を上げたものの、彼女の震える身体に、どれだけ自分が心配されていたのかに気づいた。
「その……ごめんなさい……」
「ん……」
ヨナはティタンシアを抱きしめ返し、素直に謝罪する。
でも……彼女がこんなにも大切に思っていてくれたことを知り、ヨナは胸が温かくなった。
自分の秘密を……古代魔法の使い手であることを、明かそうと考えるほどに。
「それで、どうしてこんなところにいるのか、ちゃんと説明して」
「はい……」
ヨナは隠すことなく、全てを説明した。
自身が、世界で唯一の古代魔法の使い手であることを。
「……驚いた。まさかあれが、古代魔法だったなんて」
「はい。威力が強すぎてあまりにも使い勝手が悪いので、もう少し人並みにならないかと練習していたんです」
「ヨナ、あれは全然人並みなんかじゃない」
「ですよねー……」
ティタンシアに冷静に指摘され、ヨナは力なく頷く。
それ以上に、彼女は今かなり混乱していた。
失われた古代魔法の使い手など、『アルヴ』ですら聞いたことがない。
それを若干十一歳のヨナが使いこなせるばかりか、さらに改良を加えて別の魔法を生み出そうとしていたなんて。
一体この小さな身体に、どれだけの叡智が秘められているのか。
ヨナの存在価値は、『スヴァルトアルヴ』が狙っている依頼品など足元にも及ばない。
そんな宝をたかが依頼品ごときのために傷つけ、奪おうとしたのだから、どんな事情があるにせよ『スヴァルトアルヴ』を許すことはできなかった。
「内緒にしていてごめんなさい……」
「謝らなくていい。むしろ古代魔法が使えることは、絶対に隠しておくべき」
深々と頭を下げようとするヨナを、ティタンシアは慌てて止めた。
仮にヨナが古代魔法の使い手だと知られれば、それこそ彼を狙う者達が現れ、危険な目に晒されることになってしまう。ヨナの判断は正しい。
「それよりヨナ、私に教えてもよかったの……?」
自分が追及しておいて何だが、ヨナが打ち明けてくれたことを嬉しいと思う反面、ティタンシアは尋ねずにはいられなかった。
ヨナと知り合ってまだ三日。古代魔法を秘匿するほど危機感を持っている彼が、自分のことを信用してくれるにはいくらなんでも早すぎると考えて。
すると。
「その、成り行き上説明するしかなかったというのもありますけど、それでも僕のことをこんなにも心配してくれたティタンシアさんだから……」
ヨナはうつむき、頬を緩めながら恥ずかしそうに答えた。
その瞬間。
「ヨナはいい子。すごくいい子」
「わわわわわ!?」
ティタンシアに思いきり強く抱きしめられ、ヨナは胸の中でぐったりするまで解放してもらえなかった。
◇
「もう……酷いですよ」
「ごめん」
ぷい、と口を尖らせるヨナに、ティタンシアは平謝りする。
その割に、隙あらば彼を抱きしめようと身構えていることからも、あまり反省はしていないようだ。
「でもヨナの話だと、古代魔法を使えば一瞬で公都に行けるってことになる」
「はい。というか僕も一度公都で宿を取って、そこからここに転移してきましたから」
「むう……もう公都に行ってしまったのなら、ヨナを観光案内できない……」
そう言うと、ティタンシアは不満そうに口を尖らせた。
まさか彼女がそんなことを考えてくれていたとは思わず、ヨナは嬉しくなる。
「だ、大丈夫です! 僕も公都に着いてすぐここに来ましたから!」
「……本当? わたしに気を遣ってない?」
「そんなことないですよ! そ、その……僕、ティタンシアさんに公都を案内してほしいです」
「ヨナは反則、卑怯、女殺し」
「何ですかそれは……」
なぜかそんな悪口を言うティタンシアに、ヨナはじと、とした視線を送った。
だが最後の『女殺し』とはどういう意味だろうかと、ヨナは首を傾げる。
「じゃ、じゃあ、公都に行きましょうか」
ヨナは地面に人差し指を向け、高速で魔法陣を描く。
「っ!? これがヨナの転移の魔法……」
「ティタンシアさん、どうぞこの魔法陣の上に」
「うん……」
ヨナに誘われ、ティタンシアがおそるおそる光の魔法陣の上に乗ると。
「? ここは……」
「僕が公都で借りた宿屋の一室です」
「嘘……」
あの生い茂った森から一瞬で宿屋の部屋に転移し、ティタンシアは目を白黒させる。
ヨナはどこかしてやったりというような悪戯っぽい笑みを浮かべ、少し自慢げに答えた。
「……うん、とにかくヨナがすごい子だってことは分かったから、もう驚かないようにする。それじゃ、行こう……って言いたいところだけど、まず先に仕事を片付けさせてほしい」
「もちろんです」
二人は宿屋から出て、大通りを歩く。
途中、ティタンシアが目についた建物やヨナが座っていた噴水について説明してくれ、ヨナはとても楽しかった。
「あれが『中央互助会』」
「へえー」
公都の大通りで一番大きな建物を、ティタンシアが指差す。
外観は五階建てのレンガ造りの建物で、貴族の屋敷よりも立派だった。
「依頼品を運んできた。会長に会わせてほしい」
「しょ、少々お待ちください」
建物の中に入ってティタンシアがそう告げるなり、カウンターにいた職員が慌てて奥の部屋に入る。
どうやらあの部屋が、会長室のようだ。
しばらくすると職員が戻ってきた。
「どうぞ、会長室へご案内します」
「ん」
職員に連れられ、二人が会長室の扉をくぐると。
「あらあら……早かったわねえ」
そこにいたのは、大人の色香を纏うとても綺麗な耳長の女性だった。
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